44 剣真流道場 1
「こちらが道場で良かったんですかね?」
「入門希望の方ですか?」
俺の質問に質問が返ってくる。互いに探りあっている状況や。
「ちょっと見学できたらなと……」
「私はこの道場の師範の娘でカテリナと申します。こちらにどうぞ」
不審者を見る目から、お客様を見る目に変わったで! ニッコリ笑顔を向けられた…………めっちゃ美人やなあ。
カテリナさんは、黒髪のポニーテールを背中に垂らし、端正な顔立ちに黒い大きな瞳が印象的な色白美人だ。めっちゃタイプやわー。
いくら美人が相手といっても、彼女いない歴三十年のオッチャンがモテるはずないのだから、そんなの関係ない。顔が赤くならないように気をつける。
「剣術を何処かで習われた経験は?」
「いえ。ありません。この前ゴブリンに襲われて……」
めちゃめちゃゴブリンとは戦ったでー。
「なるほど。それで……こちらが道場です。今父を呼んできますからお待ち下さい」
軽く会釈をして道場を出るカテリナを見送り、道場をぐるりと見回す。
確かに小さな道場やな。でも奇麗に掃除が行き届いていて床もピカピカや。
奥から強そうな五十代位のイケメン親父が現れる。後ろにカテリナさんが控えている。
「見学希望だそうだね。ゴブリンに襲われたとか。護身術としての剣術を希望かな?」
「はい」
よく分からんが話を合わせる。
「我が剣真流はその昔ーーーー」
師範のながーい話が始まる。とにかく歴史のある流派で、王都に大きな道場がありここは支店のようなものらしい。師範はガルドといい元王都の騎士団で活躍した剣士らしいが、今はここの道場を任されているとか。
「それでは百聞は一見にしかずだ。ちょっと剣を振るからその型を見ていてくれ」
ガルドは剣を正眼に構え、真っ直ぐ上下に振り下ろす。振り上げるのはゆっくりだったが、振り下ろすのが早い。
ビュン!
剣が空を斬り鋭い音が響く。
ビュン! ビュン! ビュン!
なんかすごい。
続いて袈裟斬り。
ビュン! ビュン! ビュン!
「どうだね?」
ガルドが意見を求めるが、どうだねと言われてもよく分からん。
「すごい……ですね」
「ハハハハハ! そうかね。よく分からんか」
ガルドは豪快に笑う。
「今度は君が振ってみてくれ」
ガルドが今振っていた剣を俺に渡す。真剣だ。インテリジェントソードより奇麗な鍔がついている。
俺は剣身を眺めてからガルドのように正眼に構える。そして振る。
フュン! フュン! フュン!
振りも一定していないし聞こえる音も迫力がない。
やっぱガルド師範はすごいんだなと感じる。インテリジェントソードのやつ、俺の体が覚えている的なことを言ってたが、全然ダメやん!
「うん。なかなか良いぞ。剣を振るのは初めてかね?」
「いえ、ゴブリンと戦った時にたまたま渡された剣で戦ったので…………その後も少し振ってみたし」
ガルドが満面の笑顔で俺の方を見る。
「君、才能があるよ。始めるのは早くはないがきっと強くなれる」
本当かいなー、ちょっと素振りを見ただけで? それもひょろひょろ振りで?
たぶん煽ててやる気を出させてるんやろう。
「君の振りならちゃんと物が切れるよ。刃の向きがちゃんとしていないと剣というやつは切れないものさ」
え! そうなの。オッチャン良い振りしてたのか? 俺は気分がアゲアゲになる。
「いいね。いいね。それじゃあ入門するってことでいいかな? やあー、これは十年に一人の才能だ」
「そうですか?」
俺のことをベタ褒めするガルドの言葉に乗せられて照れながら入門しようかと思い出す。カテリナさんも美人やしなー。
何より師匠とは、気が合いそうや。
「一日稽古をつけると2000ゴールドだ。三十日分まとめて払えば五万ゴールドと割安だが、途中休んでもその日数はカウントされるぞ。今日は払わんでいい。弟子になって稽古を受けていくか?」
俺はちょっと迷ったが、この道場に入ることを決め、時間もあるので稽古をつけてもらうことにする。
「はい。お願いしますね。そういえば、他のお弟子さんが見当たりませんが……」
「じきに来るだろう。さてそれでは修行の開始だ。まず、今やったようにその剣を正眼に構えてから振り下ろせ。素振りだ」
「はい!」
「千回だ」
え! という声が出そうになるが、それは堪える。やはり剣の修行は素振りからなのだろう。それにしてもいきなり千回は多い。剣は金属製で決して軽いものではないのだ。
だがしかし、俺は毎日ピッペルを振り続け、穴を掘ってきたのである。それを思えば千回くらいは軽いものだ。
ひたすら剣を振り汗を流す。無言で振り続ける俺をガルドが無言で睨んでいる。
ちゃんと千回振りますよっと。
………九百九十九、千!
「フー、終わったでー!」
千回振り終えた俺にガルドがいった。
「次は袈裟懸けの素振りだ! 千回」
まじっすか?
「右千回、左千回だぞ」
それ二千回やないすか? ガルド師範って超スパルタだったんやねー!
その時玄関で誰かが入って来る気配がする。
「お、お前の兄弟子が来たみたいだな!」
ガルドが嬉しそうに顔をほころばせた。