29 初めての依頼 3
「タケオさんって、まったく……」
不満そうにメアリーアンがブツブツ呟く。オッチャンどうしてメアリーアンが怒っているのか分からない。
とにかく早いところこの森を抜け出して安全なだ所まで戻りたい。こんな森の中ではいつゴブリンが現れても不思議はないのだ。
俺はビクビクしながら道を急ぐ。やっと目の前に平原が広がった。銀貨や銅貨を多量に掘り出した丘が見えてきた。
ここまで来れば周囲が見渡せる。ゴブリンがいればかなり遠くから見つけられるだろう。メアリーアンはまだご機嫌斜めのようだ。
「これからどうする?」
俺はメアリーアンにお伺いを立てた。街に戻って解散でも問題はない。
「そうですね。タケオさん、街に戻ってお昼でも食べましょう。それから……私もしばらくこの街に留まってダンジョン探索をしなくてはならないようですし、食べた後はトルネコの街を歩いてみませんか?」
「それは、構わんけどな」
「それに、さっきの人達の話だと、ダンジョンの中はかなり広そうで、野営の準備をした方が良さそうですね」
「テントあったやろ?」
「ですがタケオさんはマント的な物が必要になりませんか? 私は持ってますけど」
そういう物が必要なら、今日のうちに購入しておいた方が良さそうだ。
「アンちゃんって、ダンジョンの中で野営したことあるの?」
「はい。このマジックバッグを見つけた時に潜ったダンジョンがかなり深かったので、その時に」
「マジックバッグなしで深くまで潜るって、相当荷物が必要になるやろ?」
「そうですね。本当は水が一番重いのですが魔法で出せた分荷物は少なかったはずなのですが、それでも食料と予備の武器やテント、毛布、ランタン、回復薬など、荷物持ちは二人雇いましたよ」
今はマジックバッグがあるから荷物持ちはいらない。マジックバッグのありがたさを再認識する。
「ふーん。アンちゃんって、何度もダンジョンに潜ったことあるんやね」
「いえ、その時が最初で最後ですけどーー今度が二度目?」
そうかー、二度目なのか? それじゃあ俺とたいして変わらんやんか。別にメアリーアンを頼りにしているわけじゃないからいいんやが。
「やっぱりダンジョンの中って、魔物がたくさんでるんやろ?」
「そうですけど、それは護衛の冒険者が倒してくれたので!」
力強く言い放つメアリーアンは、なぜか自慢げで嬉しそうな笑顔になっている。機嫌が良くなったのは、冒険者に話が及んだからか? もしかするとその冒険者とかなり親しい中なのかもしれない。
そういえば、メアリーアンの父親はビリーゲルマイヤーというSランク冒険者だ。父親に連れられてダンジョンに潜ったのか? いや、ないな。巨大商社マイヤー商会の創始者で会長のビリーゲルマイヤーがダンジョンに潜るなど、そんな危険なことを彼の周りの人間が許すはずがない。
俺は難しい顔で「うーん」と唸る。
「何か気になることを言いましたか?」
俺の表情を見てメアリーアンが心配そうに疑問をぶつける。
「いや、なんでもないよ。アンちゃんが冒険者のことを嬉しそうに話したので、お父さんのことかなと思ったんやが、そんなはずないなと思い直しただけや」
「そうなんですか。私、嬉しそうに話してました」
またメアリーアンの表情が明るくなった。
「その冒険者は、実は私の腹違いの姉さんなんです。明日も一緒に潜ってくれるんですよ」
「え! お姉さん一人で大丈夫なの?」
またメアリーアンが嬉しそうに笑う。
「姉はSランク冒険者なんですよ。だから大抵のダンジョンくらい問題ないです!」
俺の驚きの表情を楽しそうに眺めるメアリーアン。
「Sランク冒険者の子供は、Sランク冒険者ということなんやね!」
「あの人は、特別なんですよね……」
確かにSランク冒険者は、言われるまでもなく全員特別な存在なのだが、メアリーアン的には兄弟姉妹の中で彼女は特別だと言いたいのだろう。
「兄弟にはやっぱりお父さんの影響で冒険者をしている人が多いの?」
「そうですね。半分くらいは冒険者経験があるんじゃないかな? 今でもやっているのはその中の一部ですけれど……でもみんな、勝手に好きなことをやってるんじゃないかな。発明家とか芸術家とか、旅人とか、ブリーダーとか?」
大金持ちの子供達はどうやら自由に生きているようだ。親の事業を助けている? 跡を継いでいる者も、かなりいるようだが、メアリーアンのように変わった仕事をしている者も多いらしい。
「ふーん。会うのが楽しみやなあ……」
「姉はエリザベスって名前なんですけど、ベスって呼ばれてます。強いけど優しい人ですよ。それにとても奇麗」
なんやて! すごい美人で優しい女性やて! いったい何歳の方なんやろう? 彼女の年齢を聞きたいところやが、女性の歳を聞いてはいかんかと思いグッと堪える。
彼女いない歴三十年のこの俺、モテない自信は満々だ。
「タケオさんとは、きっと仲良くなれるタイプだと思いますよ。……て言うか、姉はタケオさんみたいな人、タイプだと思うんですよね」
なんだか嬉しいんだけど、あまり期待しないでおこうと思う。なにせ三十年間モテたことなんかないのだから。
「はは! Sランク冒険者様と、知り合いになれるだけで光栄というもんやで。あ! この店結構美味いんや。ここ入ろうや」
「良いですよ」
俺は入ったこともない店にメアリーアンを誘って入店することで話を変えた。




