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第9話 森の奥に棲む黒聖女

 新キャラ登場です。

 それから更に森の中を彷徨うこと2時間ほど。


「や、やっと着いた……」


 これまでずっと木々しか見えなかった視界が急に開けて建物の屋根が見えた途端。わたしはあまりの疲労にその場にへなへなっと座り込んじゃった。


 そんなわたしと対照的に、レイナちゃんはぴんぴんとしてる。


「ママ、この程度でダウンしちゃうの? はー、これだからゆとり世代は貧弱でいけないね~」


「はぁ、ゆとり世代だなんて、はぁ、レイナちゃん、はぁ、どういう目線で、はあ、話してるのよ……」


 息を切らしながらも抗議するわたし。


 ゆとり世代って年上から言われるような科白だと思ってたんだけど、レイナちゃんって自称「わたしの娘」じゃなかった? まあ実年齢はレイナちゃんの方が1個上だけど、いずれにしてもさすがにレイナちゃんから言われるのはちょっとむっとしちゃう。


 だからわたしは不平の念を込めてジト目でレイナちゃんのことを見るけど、レイナちゃんには全く効いてないみたい。


「ゆとり世代はゆとり世代だよ! あたしが元居た世界だと吹雪の中1日に30キロくらい歩くことなんてざらだったよ? なのに、たった一晩歩き回っただけでママ、情けなーい」


「……」


 具体的な数字をだすとぐうの音も出ないわたしでした……。



「と、いうか幽霊さんに場所を聞いていたにしてはだいぶ時間かかってない? ほんとにレイナちゃん、幽霊さんとお話しできるの?」


「できるよ。だって幽霊さんとお話しできるのはあたしの定義魔法だもん」


「えっ、マジ?」


 定義魔法。サラッと飛び出たパワーワードにわたしはつい裏返った声を出しちゃう。


 でもその単語の登場でレイナちゃんの「幽霊とお話しする」という言葉に一気に信憑性が増したのも事実。死者と話すなんてそんなオカルトなこと、確かに定義魔法でもないとできなそうだもん。でも、世界中で見たって希少な定義魔法使いにこんな形で会うなんて思ってもみなかった。しかもそんな定義魔法使いが、病弱なせいで一般魔法もほとんど使えないわたしの娘なんて……やっぱり信じられない。


 そんなわたしにレイナちゃんは少し照れたように頬をかく。


「まあ定義魔法が使えるって言っても海を干上がらせたり、ちょこころねからちょこを抜いたりすることはできないんだけどね。幽霊さんとお話できるだけで」


「そりゃまあ海を干上がらせたりとかチョココロネからチョコを抜くようなすごい魔法にくら……えっ、チョココロネからチョコを抜くことってすごいことなんだっけ……?」


「すごい魔法だよ! だって魔王が使ってた魔法だよ」


 力説してくるレイナちゃん。そんな風に主張されるとわたしの感覚もバグりかけてくるんだけど……。


 と、そんなくだらないやりとりをわたし達がしてると。


「そこにいるのは迷える子羊さんですか?」


 鈴の音のような凛とした声が耳を撫でる。


 振り向くとそこには、少し薄汚れた修道服に身を包んだ少女が立っていた。


 美しい若草色の長い髪に檸檬色の瞳。清楚な雰囲気を纏った彼女はまさに神様に仕える敬虔な修道女、って感じ。


 そんな彼女はわたし達と目が合った瞬間、なぜかちょっと困ったような表情になって、もじもじと両手の指を絡ませる。そして。


「ち、痴女さんに……隣にいるのは没落貴族ですか? し、失礼ですが、お引き取り願えませんか? あなた達みたいな醜い人達にこの場にいてほしくない、です……」


 清楚は修道女からの不意の拒絶の言葉に、わたしは驚きのあまり一瞬フリーズしちゃう。


 ーーって、教会の敷地内なのにレイナちゃんが下着に薄いカーディガンを羽織ったぐらいの服装でいたりしたから気に障っちゃったのかな? 確かに宗教の中には女性がむやみに肌を見せることを禁じる戒律を持つところもあるし……。


 そう一人で勝手に納得したわたしは、修道服の少女に頭を下げる。


「あっ、すみません! ほら、レイナちゃんも早く服着て。ここではそういうふしだらな格好はNGなの」


「えー、服着ると暑いよー」


「暑くても我慢して。そうじゃないと入れてもらえるのも入れてもらえないから」


「……で、出ていってほしいって、主にあなたのことなんですけど」


 ほんの少しだけ低くなったトーンで修道服の少女は言う。おどおどとした彼女のひとさし指の先にいたのは……なんとわたしの方だった。


 ーーえっ、なんで。


 理解が追いつかずに頭が真っ白になる。そんなわたしにお構いなく、修道服の少女はびくつきながらも、でも確実にわたしの心を抉ってくる。


「け、権力を持った人は苦手なんです。国王とか貴族とか教皇とか司祭とか、権力を持って権力に溺れた人は神様や神様に仕える私達のことを権力闘争の道具としか見ていない。そんな醜い心を持った人に、す、全てを喪った私が辿り着いた最後の砦に、あ、足を踏み入れないでください! あ、あなた達はわたしに残された最後の心の拠り所も奪うんですか?」


 修道服の少女がわたしを見つめる目はいつの間にかに恐怖と警戒とほんの少しの敵意が入り混じったものになっていた。


 自分に直接身に覚えがないのに向けられる悪意。それが、パーティー会場で『アノンちゃんを虐めた』というほら話でリーフフェルトさまから糾弾された時の記憶と重なる。段々と心臓の鼓動が早くなって、息苦しくなってくる。


 ――わ、わたしは何も知らないよ。そんな怖い目でわたしのことを見ないでよ……。


 トラウマが蘇ってきてわたしが頭を抱えて目をぎゅっと瞑っちゃった、その時。


 不意に右手が誰かにぎゅっと握りしめられる。その手越しに人の温もりが伝わってくる。


 恐る恐る目を開くと、レイナちゃんがわたしの右手をぎゅっと握りしめてくれていた。まるでわたしのことを勇気づけようとするように。


 そしてレイナちゃんはわたしのことを振り向かずに、まっすぐに修道服の少女を見据える。


「なんで君が貴族のことをそんな目の敵にしてるか、あたしにはわからないよ? でも、ママはきっと無実だよ。だってママはあなたに何もしてないでしょ。ママは貴族である以前にママだもん。貴族でも公爵令嬢でもない、ママ自身を見てよ」


 レイナちゃんの言葉に、さっきまでの胸の痛みがだんだんと引いていく。


 生まれてこの方、わたしはわたし個人として見られたことなんて一度もなかった。生まれたその瞬間からパトラリカ公爵家の長女として、王国第一皇子の婚約者として、もっと言うと世継ぎを生むための装置としてしか見られてこなかった。


 そのように見たとき、病弱なわたしはどこに行っても「欠陥品」で、落胆され続けてきた。持病を抱えた一人の女の子として、わたし自身を見てくれる人なんていなかった。唯一信じてたアノンちゃんだって、わたしのことをリーフフェルトさまの婚約者・恋敵としか見てなかった。なのに。


 レイナちゃんはわたしのことをわたし自身として見て、と言ってくれた。その言葉に胸がじわり、と熱くなる。


「それにママはきっと普通の貴族とは違う。あたしもママに会ったばかりだったから詳しいことはわからないけれど、あたしがママに出会った時、ママは王子様や他の貴族令嬢に虐められてて、それに必死に耐えてるように見えた。ドレスをもっとちゃんと見てよ! ドレスがこんなになるまで汚されたのが何よりの証拠だよ。そんな、放っておくと脆く崩れちゃいそうな女の子を、『貴族』一般とママを一緒くたにするのはやっぱりママに対する冒涜だよ。だから、今すぐママに謝って!」


 わたしの心を救ってくれたレイナちゃんに今すぐお礼を言いたい。この温かい気持ちにさせてくれた感謝の気持ちを伝えたい。そう強く思って息を吸い込んだ瞬間。


「こほっ、ごほっ」


 数日ぶりに強く咳き込んだわたしの口から、血液が漏れる。


 それは他ならないいつもの持病の症状だった。そして大量に吐血したせいか、段々と頭もくらくらしてくる。


 ――最近はパーティーに出られるくらい調子がいいと思ったんだけどなぁ。いや、あれだけ精神的に追い詰められた直後に何時間も森の中を歩くなんて無茶をしたら限界が来るのは当たり前、か。むしろ今まで体がもっていたのが奇跡かも……。


 急にふらつき出したわたしを支えながらレイナちゃんは焦った表情になる。


「えっ、ちょっと、ママ、ママ! しっかりしてよ、死んじゃいやだよ……」


「この症状はあなた、まさか……そこの痴女、彼女を教会の中に搬送するのを手伝ってください。早く!」


「あたしは痴女じゃなくてレイナっていう立派な名前が……いや、そんなことどうでもいいね。うん、わかった!」


 レイナちゃんと修道服の少女の緊迫した声がもう遠い。


 そこで……わたしは完全に意識を手放した。

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