第7話 レイナの母親
ほんとに更新タイミングが安定しなくてすみません。第7話です。全編リコッタ視点です。
アノンちゃんにそっくりな女の子に、ぶち抜かれたパーティー会場の天井から連れ出された数分後。
「はぁ、はぁ、はぁ」
わたしは森の中に倒れこんで息を切らしていた。
あの後。アノンちゃんにそっくりな女の子の浮遊魔法は予告通り、きっちり49秒後に解除されちゃった。それまでにできる限り高度は落としていたけれど最後はギリギリで、わたしと、アノンちゃんにそっくりな女の子は、お世辞にもかっこいいと呼べない姿勢で王都の端にある森の中に不時着した。
今回は何とか間に合ったからよかったけれど、もしあの高さから地面に叩きつけられたらと思うと……。ミンチになった自分の身体を想像してぞっとしちゃう。まだ早くなった心臓の鼓動はうるさいままで収まってくれないし。
と、その時。
「ママ、そろそろ腕を解いてくれない? ちょっと苦しい……」
息苦しそうにアノンちゃんそっくりの女の子に言われてようやく気付いた。知らぬ間にわたしは彼女のことを抱き枕のようにぎゅっと抱きしめちゃっていた。
そのことを意識しだした途端、厚い服の生地越しながら伝わってくる女の子の柔らかな胸の感触が、わたしのことを誘惑してくる。そして仄かに薫る、女の子の汗の匂いが鼻孔をくすぐる。
思い返せば最愛の妹のアノンちゃんだってこんな風に抱きしめたことはなかった。つまり今のわたしは、わたし史上最も近くて女の子を感じてる……!
――わたしの大好きだった人と同じ美少女とそっくりな美少女をこんなにすぐ近くで感じる。し、至福……。
幸せすぎで脳がトロンとする。もうとっくに理性が仕事を放棄してる。もうずっとこのままでいいかも……。そうとすら思えたその時。
「ごめんママ。そろそろ、ギブ……」
アノンちゃんにそっくりの、でもアノンちゃんじゃない銀髪の女の子にもう一度言われて、わたしはギリギリのところで正気に戻される。そんな彼女は苦しそうに顔を赤らめていた。
「ごごごごごごめんね!? いやでもあなたのことを抱きしめちゃったのは不可抗力というか、わたしは決して女の子が好きだとか、あなたのことをいやらしい目で見てたとか、ちょうどいいタイミングだから柔らかい感触を確かめてたり匂いを嗅いだりだとか、断じてそんなことはしてないから!」
これまで彼女を抱きしめていた手をパッと放したかと思うとマシンガンのように言い訳が口から飛び出してくる。
……これ、自分で自分の墓穴を掘ってない?
そう思ったけれど、そんな心配は杞憂だったみたい。
わたしのがっちりとしたフォールドからようやく解放されたアノンちゃんそっくりの女の子はわたしのマシンガントークにキョトンとしたまま
「……ママって早口言葉上手なんだね」
と的外れなことを言ってくる。そんな天然な表情も抱きしめちゃいたいくらいかわいい!
って、そんなことはどうでもよくて。
「えっと、まずは謝罪とお礼だよね。さっきは怖かったからって強く抱きしめすぎちゃってごめん。それで――わたしのことを連れ出してくれてありがとう。あなたに連れ出してもらえなかったらきっとわたし、あの場で泣いちゃってた。あなたは、えっと……」
「あたしはね、レイナって言うの!」
可愛らしくくるんと一回転して名乗る銀髪の少女。回転した反動で柔らかそうな銀髪がふんわりと揺れる。
あざと可愛い。けれど、狙ってるんじゃなくてこの子はほんとに素でやってるんだろうなってわかる。そんな天然な彼女がいとおしくて、自然と頬が緩んじゃう。
でも、それと同時に、そんなアノンちゃんだったら絶対にやらないそんなあざとい仕草に、あー、この子はアノンちゃんとそっくりだけどアノンちゃんじゃないんだな、ってもう一度自覚させられて、胸に寂寥感が広がる。それと同時に、ほんとにわたしはアノンちゃんに嫌われていて、自分はアノンちゃんから、そして家族や婚約者から捨てられちゃったんだな、という動かしがたい事実が、再びわたしの心を黒く染め上げていく。
――ダメダメ、いつまでもアノンちゃんのことを考えていたら何もできなくなっちゃう。今は目の前の女の子に集中集中。
無理やりアノンちゃんのことを頭から追いやってわたしは銀髪の女の子――レイナちゃんにまっすぐ向き合う。
「えっと、じゃあレイナちゃん、って呼ばせてもらっていいかな?」
「呼び捨てでいいよ。だってママはあたしのママなんだもん!」
もう一度『ママ』って呼ばれた……。その呼び方にわたしはどんな反応をしたらいいかが分からなくなって視線を落としちゃう。
「あの、えっと……連れ出してもらった時から思ってたけど、なんでわたしがママなの? わたし、まだ15歳だよ? 見た限りレイナちゃんもわたしと同い年くらいだろうし……」
「えっ、まだ15歳なの? やった、あたし16歳だからママよりお姉さん~♪」
嬉々として言うレイナちゃん。いや、ここって喜ぶところなのか? っていうか、そういうこと以前に!
「それじゃ、ますますわたしがレイナちゃんのママっていうのはありえないんじゃ……」
「そんなことないよ。だってあたし、今から25年後の世界から来たんだもん。あ、じゃああたしの方がお姉さんはないか……」
またまた信じがたいことをサラッと口にするレイナちゃん。
「未来からやってきたって……それ正気? 『時間』に干渉すること自体普通じゃありえない、定義魔法の領域の話なのに、しかも時間遡行までするなんて……」
「あたしもそう思ったよ? でも、現に今、あたしはこうしてあたしが元居た時代とは明らかに違う時代にやって来てる。あたしの元居た時代では失われてしまった服装や料理、命が沢山ある。それはこの時代にやって来てすぐにわかった。だからあたしは、やっぱり本当に25年前の、まだ魔王に滅ぼされる前の時代にやってきたんだよ!」
ちょっと興奮気味に力説するレイナちゃん。
時間遡行に、魔王。更に理解を超えたワードのオンパレードに頭が痛くなってきた。
わたしは溜息を吐いて話題を切り替える。彼女がもし本当に未来からわざわざ母親を探しに来たのだとしたら、伝えておかないといけない思い当りがわたしにはあったから。
「とりあえずレイナちゃんが未来からやってきたって話が本当だと仮定したとして」
「『仮定』じゃなくて事実なんだけど―」
「わかった、わかったから。それはそれとして、ここまで着いてきておきながらアレだけど――やっぱりレイナちゃんがわたしの娘って言うのは違うと思うんだよね。わたし、体が弱いからとても子供を産める体力あると思わないし、婚約相手にフラれたばっかりで相手がいないし、そもそも相手がいたとしても男の子とえっちなことをするなんて考えただけで吐き気が催するし、かといって女の子とえっちなことをしても子供は産め……い、今のはナシナシ!」
つい本音が漏れて勝手に赤面するわたしだけど、またレイナちゃんはわたしの失言に気づいていないのか、きょとんとして小さく首を傾げただけだった。なんかさっきからわたしが勝手に自爆して一人で首を傾げることが多い気がするな……。
「ともかく! レイナちゃんってその……」
言わなくちゃ。そう思っていた最後の一言が喉につかえて、なかなか口の外に出てくれない。それはきっと、その思い当りを口にしちゃったら、わたしのことを『ママ』だと勘違いしてくれているレイナちゃんとの関係はきっとここで終わっちゃうから。だけど。
「……わたしよりももっとアノンちゃんとかの方が似ているような気がするんだ。そのふわふわした銀髪も。だから、レイナちゃんはわたしの娘なんかじゃなくて、その……アノンちゃんの子供なんじゃないのかな、って」
つっかえながらもなんとかその仮説を口にした途端。毛穴という毛穴からイヤな汗が噴き出すのを感じた。だって、このことを口にすると『ママ』じゃないレイナちゃんはあっさりわたしのことを捨てて、またわたしはひとりぼっちになっちゃうかもしれない。なんだったら、わたしのことを邪魔ものだと思って嫌ってたアノンちゃんの娘なんだから、レイナちゃんまでわたしのことを嫌いになるかも。そんなことを想像すると怖くて怖くて仕方なかった。でも。
わたしがレイナちゃんを失いたくないっていう我が儘でレイナちゃんに隠し事をするのはフェアじゃない気がした。そんなことじゃ、自称「ママに会うためにはるばる未来からやってきた」レイナちゃんが報われなさすぎるから。
わたしの口にした仮説に対するレイナちゃんの反応が怖くてわたしはつい目をぎゅっと瞑っちゃう。
――今のレイナちゃん、どんなこと考えてるんだろ。わたしを間違えて連れ出しちゃったことを後悔してるかな。きっと後悔してるよね。もしかしたら、レイナちゃんに連れ出される資格もないわたしがレイナちゃんの手を取っちゃったことを怒ってるかも。
悪い想像ばかりが頭の中に浮かんでくる。そんな時だった。
「……間違いなんかじゃないよ。あたしのママはママで間違いない。会った瞬間、ビビッときたし、なによりミモザーーあたしの育ての親が、この写真の人があたしのママだって言ってくれたもん」
穏やかな声音でそう言ってレイナちゃんがわたしに銀色のロケットを開いて見せてくれる。そこに映っていたのは今のわたしよりもちょっと大人びているけれど、他ならないわたし自身だった。おまけに写真の下にわたしのイニシャルまで小さく書かれている。
「だから、ママの手を取ったのは間違いなんかじゃないよ。ママはあたしのママとして胸を張っていいの。だって、他ならない娘のあたしが、あなたのことをママって思えたんだもん! だから、ママはママとしてあたしの傍にいる権利があるんだよ」
よくわからないことを得意げに口にして胸を張るレイナちゃん。そんなレイナちゃんがおかしくて
「何それ……」
両目にうっすらと浮かんだ笑い泣きをわたしは小指で拭う。
ほんと、レイナちゃんが言っていることはよくわかんない。でも、誰かに「一緒にいていい」とはっきりと口にしてもらえたことは、今のわたしにとって何よりも安心できる言葉だった。
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