第5話 降霊と時間遡行(レイナside)
「ミモザ……」
ミモザは優しくあたしの胸に手を当ててくる。
「だから、レイナさまはレイナさまの中にある能力をもっとポジティブに捉えていいんです。定義魔法でレイナさまはしたくてもこれまでできなかったことができるようになったんですから。例えば……レイナさまは、自分のお母様に会ってみたいですか?」
藪から棒に聞いてくるミモザに、あたしはきょとんとしちゃう。
「……それはまあ、もちろん会えるものだったら会いたいよ。でも……あたし、ママの顔すら知らないし、そもそもママはもうこの世界にいないんじゃ……」
「ええ。確かにレイナさまのお母様は、今の時代にはもうどこにもいません。魂も完全に消滅してるから幽霊としてさえ、この世界にはいない。でも――それがもし、二十五年前の世界にいけたらどうでしょう。世界がこうなる前の時代ならば」
ミモザの言葉にあたしはごくり、とつばを飲み込む。
世界がこうなる前の時代、もっと言うとあたしが生まれる前の時代。それなら確かに、ママは普通にいきているはず。あたしだってママに会える、はず。だけど……。
「でもあたしの使える定義魔法って、幽霊さんとお話できる魔法で、時間遡行ができる定義魔法じゃないんでしょ。時間遡行なんて、それこそ定義魔法の世界の話じゃん」
ちょっと不貞腐れたようにあたしが言うとミモザはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「それができるんです。レイナさまの目覚めた定義魔法と、私の力をかけ合わせれば。だってレイナさまの定義魔法はあのお方に匹敵するくらいのポテンシャルを秘めてるのですから。――だから、レイナさまの覚醒した力は、怖い力ってだけじゃないんです。レイナさまの本当に叶えたいことを叶えたり、もしかしたら世界さえも救える力なんですよ」
世界さえも救える。それが何を意図しているのかあたしにもすぐに見当がついた。時間遡行できるということ。それはあたしが生前のママに会えることを意味するだけじゃない。一度滅んでしまったこの世界をやり直し、魔王を止めることだってもしかしたらできるかもしれない力なんだ。
「……ってことは、ミモザはあたしに、この力で世界を救って来い、って言うの? あたしに魔王達と戦ってきてほしいの?」
あたしの質問に、ミモザは一瞬、はっとしたような表情になって、それから目を閉じてゆっくりと首を横に振る。
そしてあたしのことを慈しむような目で見てくる。それは、血の繋がりもない赤の他人であるあたしのことを時折いじりながらも、血の繋がった娘のように大切に育てててくれた、ミモザの目だった。
「いいえ。そもそもこんな未来のない世界で独りぼっちにさせちゃった私が、レイナさまにお願い事できる資格なんてありませんよ。ただ私は、レイナさまのその力をレイナさまが幸せになるために使ってくれれば、それで十分嬉しいです。過去に遡ってお母様に会って言いたいことを言って、お友達を作って、素敵な人に出会って家庭を築いて。レイナさまは自分の魔法を、自分のために使っていいんです。この定義魔法はこれまで独りぼっちで頑張ってきたレイナさまに対する、神様からのがんばったで賞です。でも」
そこでミモザはいったん言葉を切り、芝居かかった調子で人差し指を口に添えて言う。
「そのついでに、私みたいな成仏できない幽霊の心残りを解決してくれたらーー育ての親として鼻が高いですけどね。だから、もしレイナさまがそれを望むなら、レイナさまの夢を叶えるために二十五年前の世界に行ってみませんか」
あたしの夢。ママに会って、文句の一つや二つ言ってやること。友達を作ること。好きだと思える相手と出会い、恋に落ちて、結婚すること。
それがこの、終わりかけて殆ど人が生き残っていない世界では到底叶わない夢だということは8年間の孤独な旅路でいい加減に分かっていた。だけど。
25年前、世界が滅びる前の世界ならば、あたしのほしいものも全部手に入るかもしれない。それはこれまで一人で必死に旅を続けてきたあたしにとって、喉から手が出るほど魅力的な提案だった。
「もし、もしもだよ。あたしのこの能力で本当に25年前の世界にいけるなら、その方法を教えて」
あたしの言葉にミモザは嬉しそうに目を細めながら頷く。
そして無詠唱で念動力魔法であたしのバックを勝手に開けたかと思うと、バックの奥底から銀色のロケットをあたしの手元まで飛ばしてくる。そんなのが入ってるなんてこれまで気づかなかった。
「これは?」
手のひらにずっしりと重みのあるロケット。開くとそこには、どこかあたしの面影のある美少女が映っていた。あたしと違うところといえば、あたしがぼさぼさの銀髪なのに対して彼女の髪が美しい金髪のストレートなところくらい。
そんな彼女の表情はお腹でも痛いのか、どこか曇っていた。
「それはレイナさまのお母様の写真です。これから知り合いの誰もいない25年前の世界に行ったらまず、この人を探して頼ってください。目に映るもの全てが初めて尽くしの世界で、きっと助けてくれるでしょうから」
「うん……って、あたしのママとミモザって知り合いだったの⁉︎」
あまりの衝撃に裏返った声であたしが聞くとミモザはすっとぼけたように首を傾げる。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「初耳だよ! それだったらもっと早く教えてよ!」
抗議の意味を込めてミモザのおなかをぽこぽこ殴るあたし。でも悲しいかな、ミモザは幽霊だからすり抜けちゃって全然効果がない。そんなあたしの抗議を無視してミモザは続ける。
「では、これから私の唱える詠唱を復唱してください」
「わ、わかった!」
「じゃあ行きますよ。
【概念定立_【降霊】_種別選択_”時空を司りし黒聖女”_再定義開始】」
「なんか中二病みたいでちょっと恥ずかしいな」
「中二病なんて言葉どこで覚えてきたんですか? そんな言葉、私は教えた覚えありませんよ。それに恥ずかしがるような相手なんてこの終末世界にはいやしませんよ。いいから早く!」
「わ、わかったよ。
【あらいず_いんすとーらー_たいぷ_時空を司りし大聖女_りでぃふぁいん】」
たどたどしいながらもあたしが唱えた瞬間。
ふわっとした感覚に襲われたかと思うと、くせっ毛の銀髪が見る見るうちにストレートの深い緑色に変わっていく。
――あれ、この髪色って生前のミモザの髪にそっくりじゃ……。
そんなことが頭をよぎった次の瞬間。
カチッ、と何かのスイッチが入るような音がして、あたしじゃない他の誰かがあたしの中に入り込んでくる感覚がある。あたしの身体の主導権を奪っていく。段々と朦朧になってくるあたし自身の意識。そして。
【概念定立_【時空】_種別選択_【時間間転送】_対象選択_”レイナ・パトラリカ”_行先選択_"二十五年前"_再定義開始】
あたしであってあたしじゃない誰かの声とミモザの詠唱が重なる。
——あれ、あたし、なんでこんな知らない魔法の詠唱をしてるんだろう。
いい加減に薄れかけた頭でそんなことを考えたのが最後だった。強力な魔力光を放つ複雑な魔法陣がレイナの足元に形成されたかと思うと。
「えっ? ええええええ!」
情けない声を上げながら、あたしの身体は魔法陣によって開かれた穴の中に真っ逆さまに落ちていった。