第38話 エピローグⅠ とある親子の話(エルザの場合)
今回、全編エルザ視点です。
聖都での大聖女処刑騒動から数日後。
私、エルザ=クラウンは実に十数年ぶりに母国の王都を取り囲む城壁の前に立っていた。もう二度と踏むことはできないと思っていた母国の土。王族なのに国外追放されて、もう二度と吸うことのできないと諦めていた、母国の空気。そんな国内の雰囲気に最初はちょっと興奮気味だった私だけど、いざ母国の首都にして私がこの国での10年間のほぼ全てを過ごした都市が近づいてくると、緊張の方が勝ってくる。
――王都だと顔見知りに会う、というかむしろお父様やお母様に会いに来たまであるけれど……陸冥卿でなくなった私のことを、二人はどう思うのかしら。定義魔法は消えたわけじゃないし怖がられるかな。また出ていけとか言われるかな。いや、それ以上に誰だか気づいてもらえないのが、怖い……。
摩耗していた心に長いこと忘れていた恐怖心や躊躇いが宿る。そして顔を隠すためのフードを深く被ったまま、なかなか市門を潜る勇気が出ずに足踏みしている時だった。
馬車の音が聞こえてきたと思うと、貴族を載せた馬車かな、豪奢な装飾の施された馬車が門の前までやってくる。一般人だったら即座に道を開けないとその場で切り捨てられても文句は言えない。だけど私はこれまでの人生で王侯か、王侯貴族でさえひれ伏す『陸冥卿』だったから、なんでもない身分の人が当たり前にすべきことが咄嗟にできずにまごついてしまう。
案の定、そんな私を諫めようと馬車を護衛していた近衛騎士団らしき男私のところに走り寄ってくる。
「平民風情が道を塞ぐなど何事だ!」
面倒くさいことになったな。【万病毒殿】で黙らせちゃおうかな。って、いけないいけない! もうそんな暴力的な解決は辞めなくちゃ。
頭によぎってしまったイケナイ考えを払おうと私が首を振ったその時だった。
「いや、ちょっと待て」
厳かな声が聞こえたかと思うと、慌てたように馬車から飛び出してくる初老の男性がいた。臣下らしき人たちに止められながらもそれを振り切って私に走り寄ってくるその人の深い青の瞳をを見た瞬間。私は一瞬言葉を失う。
「エルザ……だよな?」
「父、上?」
私が自信なくそう口にした瞬間。初老の男性は答える代わりに、私のことをぎゅっと抱きしめてくる。
「ずっとずっと、お前に会いたかった!」
嗚咽交じりに訴えるお父様の言葉に私は正直戸惑っていた。私から名乗ってまともに話を聞いてくれれば御の字。最悪、私があなたの娘だと言っても気付かれないか、怖がられて即刻国外追放されることも覚悟してたから。だから涙を流した父上に抱きしめられるなんていう想定外の出来事に、私の脳はパンクして理解が追いついていなかった。
「父上、私のことがわかるの?」
「娘のことを忘れる親がいるものかっ!」
「だとしても父上は、私のことが、【万病毒殿】が怖くないの? 怖いから、私のことを捨てたんじゃないの?」
「そんなことないっ! 17年前のあの日、周辺諸国が陸冥卿であるお前のことを警戒して我が国にかけてくる圧力に私は屈してしまった。屈して、お前のことを突き放して国外追放するしか私に選択肢はないと思ってしまっていた。私はこの国の君主だから。でも、17年間ずっと後悔していた。ずっとずっと、成長したお前の姿が見たかった……」
私の口にした疑問に、お父さんは怒ったかのように声のトーンを上げる。
「なのに、お前の方から姿を見せてくれるなんて。これまで一人で苦しい思いをさせてすまなかった。お前のことを護ってやれない頼りない父親ですまなかった。父親として謝っても許されないことをしてしまったのはわかってる。でも!
お前と再会できた今、もう二度と私は間違えない! 数百年前の国際条約が、他国がなんだ。お前さえ望んでくれるなら、エルザはこれからはずっとこの国にいてくれていい。エルザのことは父親である私が護る。だからーーもし少しでも私のことを許してくれる気があるなら、もう一度お前の父親にならせてもらえないか? 私にできることはなんだってするから」
そう言うお父様の体は小刻みに震えていた。それを見て初めて気づいた。17年前に私を国外追放した時。それはお父様としても苦渋の決断だったんだろう、と今では思う。父親としてはもちろん、まだ年端も行かない娘を家から、国から追い出すなんて耐えられるわけがない。
でも、お父様は一国の王だから国のことを優先しなくてはいけない。国王として国に陸冥卿を定住させてはいけないという国際条約も守らなくちゃいけないし、それ以上に小国であるうちの国には陸冥卿である【万病毒殿】の魔法を警戒して、それを手放すように強い圧力がかかったんだろう。お父様は父親としての気持ちと君主としての使命に板挟みになりながらも、私を追放せざるを得なかった。
そして、今でも君主として国民を危険に晒すかもしれないという恐怖を抱えながらも、今度は父親としての気持ちを優先させようとしてくれてる。それが知れただけで国外追放されたことにされたことなんてチャラになるくらい、私は嬉しかった。勢い余って、お父様のことを優しく抱きしめ返してしまう。
「ありがとう、父上。でも、なんでもしてくれなくても大丈夫だよ。私は父上のことを恨んだり嫌ったりなんてしてないから。あの時の父上の立場だったらああせざるを得なかったと思うし」
「……」
「それに『陸冥卿』っていうところも解決したから大丈夫。今の私は、もう陸冥卿じゃないの」
「えっ?」
目が点になるお父様に、私は少しでもお父様の気持ちを和らげたくて、大袈裟に頬を膨らませながら言う。
「私よりも強い定義魔法を持った子が出てきたから私はお払い箱なんだってさ。だから今の私が国にいても、国際条約違反なんかじゃないよ」
私の提案にお父様は暫く呆然としていた。でも、暫くしてほっと胸を撫で下ろしたような表情になってくれた。うん、お父様は安心したような表情をしてるのが一番。
「そうだったんだな……。だとしたら尚更、何かさせてくれ。購っても贖いきれない罪を私は犯してしまったのだから」
「だから別にいいって」
「よくはない! 何もしないでエルザの父親に戻るのは、自分で自分を許せない」
一歩も引いてくれないお父様にたじろぎつつも私はこんな頑固なお父様の一面がちょっと懐かしくて笑みを溢してしまう。
ーーお父様にしてほしいこと、してほしいこと……あ。
そこで私は一つの思いつきを得て、ゆっくりと口を開く。
「だったら、父上の子として色々、何が正しくて何が間違ってるのかを教えてよ。10歳でひとりぼっちになっちゃったからそんな当たり前のことを誰も教えてくれないまま体だけ大きくなっちゃったからさ」
私の提案にお父様は一瞬目が点になる。でも最終的に。お父様は優しい目になって頷いてくれた。
こうして。私は17年の時を経てようやく、小国の王女として、そしてお父様の娘を再開させて、やり直すことができた。




