第37話 【時空】の覚醒
「エルザさん、ありがとうございます。――決めました。私、陸冥卿になります」
私がそう口にした時でした。
「ん。ちょっと待つべき」
【術式略式発動_風陣刃】
声とともに無軌道な風の刃が飛んできて私は反射的にその攻撃を躱しました。私がかわした風の刃はそのまま観衆の方に会った大樹を切り裂き、倒壊する大樹に幸いけが人はいなそうでしたが観衆たちはパニックに陥ってしまいます。
「なんてことを……」
風の刃が繰り出された方を見ると……そこには異端審問官のニーニャさんの姿がありました。そんな彼女は難しい表情をして私の方をまっすぐに睨みつけてきました。
「【時空】。10年後に魔王と一緒に世界を滅茶苦茶にするあなたは、ここで処刑されなくちゃいけなかった。処刑されないなんて許されない。処刑人がやらないなら――わたし自らが手を下す」
「な、何を言ってるんですか……?」
ニーニャさんは私の疑問には答えず
「【万病毒殿】•【次元】に【時空】に未覚醒とはいえ【同心虚円】。この状況はわたしにとって決定的に不利。でも、だとしても人には戦わなくてはいけない時がある。もう最悪な未来を繰り返したりなんてしない。人類最後の希望である勇者パーティーの一員として、たとえ相打ちになったとしてもここで【時空】を討つ!」
【術式略式発動_獄炎の棒槍】
獄炎の炎で槍を形成したかと思うと、ニーニャさんはそれを大きく一振りします。そして次の瞬間、公開処刑場は火の海に包まれました。さらにパニックが増す観衆。そのあまりの光景に、私は目を見張ってしまいました。
「なんてことを……。大体、私のことが気に入らないなら私一人を狙えばいいじゃないですか!」
わたしはつい声を荒げてしまいます。しかしニーニャさんは
「あなたを確実に仕留められるなら数十人の命くらいなんでもない。あなたが死ねば、数千万、数億の人命が救われる」
と相変わらず訳のわからないことを言いながら、周りの被害を考えずに炎の槍を振り回して、会場の被害は更に拡大していきます。
――これはいくら話し合いで解決しようと思っても話が通じませんね。
そう確信した私はレイナさまと無言で頷き合いながらニーニャさんに向き合います。
「よくわからないけど、よくわからないなりに異端審問官がやけくそになってることはわかった。ママとエルザは火傷した人を手当してあげて。ニーニャ自身はあたしとミモザで引き受ける」
二人の首肯を確認せずに。私とレイナさまは動き出してました。
レイナさまの双剣と私の魔法で生成した無数の氷の矢が一斉にニーニャさんに襲い掛かります。しかし、そんな私達の攻撃は灼熱の槍の人凪で全て溶かしつくされてしまいました。
「ッ! 金属の剣が一瞬にして融かされた!? いずれにしろ、ここでの戦闘は分が悪すぎる」
【概念略式発動_【次元】_種別選択_【臨界招ら】】
「ん、それは無理」
いったん体制を立て直して臨界招来を展開しようとしたレイナさまをニーニャさんはあっさりと否定したかと思うと、広場を取り囲むようにして燃え盛る炎が黒焔に変わり、さらに勢いを増します。ここまで来てはじめて、彼女が何も考えずに広場を火の海にしてたわけでないことに気づきましたら、広場を取り囲むように形成された炎の円。これはまるで……。
「見境なく火球を飛ばしていたのってまさか簡易臨界を作って他の【臨界招来】を使わせないための【簡易臨界】……?」
苦渋の表情を浮かべるレイナさま。それにニーニャさんは無表情のまま頷きます。
「そう。今のあなたの【次元】の真価は幾つもの『異次元』と名付けられた臨界――魔法空間を作り出して、その空間から武器や魔法を引き出して戦う能力。でも一度他の魔法空間が形成された空間で新たな臨界を上書きして生み出すには、大きな魔力的な反発が生じる。
わたしは【臨界招来】が使えない。けれど、自分の魔法で生み出した空間を囲んでしまえば、擬似的な臨界を作り出し、その空間内で【臨界将来】を使わせるのを躊躇わせることができる。あなたがもし、魔法適正の低い民間人のいるこの場所で臨界を無理に上書きしようとしたら――少なくとも何人かは、魔力の反発に巻き込まれて死ぬ」
「ッ……」
思い返してみるとニーニャさんは最初から誰かを人質にとることに躊躇いがありませんでした。ここにいる全員を人質にとるという戦法は、ある意味最も彼女らしい戦法でした。
「【次元】を封じたから降参しろってこと? でも、定義魔法がなくたってあなたを倒すことぐらい」
「それだけじゃない」
そう言ったかと思うと。鈍い音を立てて観衆の人が倒れる。そして一人、また一人と。
「確かに私には臨界招来が使えない。魔法で亜空間を生み出して、あらゆるパラメーターを自在に設定した空間を生み出すことなんてできない。でも、自分の魔法で取り囲んだエリア内の、魔法適性の低い人間の命を自在に刈り取るくらいのことはできる。
彼らを酸欠にさせたり、炎の勢いを強くして骨も残らないほど燃やし尽くすことだってできる。今、優位に立ってるのは私。あなた達に決定権はない。だから、もしこれ以上誰かを巻き込みたくないんだったら、今すぐこの場で自害するべき。元大聖女にして未来の大罪人•ミモザ」
ぞっとするような冷たい声でニーニャさんは言い放ちます。それに私は、下唇を噛むことしかできません。それはレイナさまも同じようです。私達の状況は圧倒的に不利。私達に選択権なんてそもそもなかったのです。それでも。
――せっかく生きていていいって、みんながハッピーエンドになれると思ったのに、やっぱり諦めなくちゃいけないんですか……。
そう思ってしまって回答を数秒間躊躇っていると。
ニーニャさんの炎がいきなり暴発して、女の子だったはずの何かが一瞬にして骨の髄まで消し炭と化す光景が目に入って、私は息の根がとまるかと思いました。犠牲になった彼女は、誰よりも先に私を庇おうと声を上げてくれた女の子でした。
「すぐに死なないからこうなる。これから十秒ごとに殺していく。時間が経てばたつほど、魔王軍幹部になるあなたのせいで罪もなき人が死んでいく。そろそろそれを自覚するべき」
ニーニャさんの突き放すような声はらもう私の耳に入っていませんでした。
「嘘。いや、いやぁぁぁぁ―――――――――――――」
自分に優しくしてくれた人の死を理解した瞬間。私は絶叫を上げて、これまで頭の中になかったはずの見知らぬ術式を無意識に発動させていました。
【概念発動_【時空】_種別選択_【回帰】_対象選択_"広場一体"_再定義開始】
唱えた瞬間。紫色の眩い魔力光が広場全体を包みます。そして――。
さっきまで広場を包んでいた獄炎が一瞬にして消えます。それだけではありません。風の刃による倒木も、酸欠で気を失っていた人も、焼死してしまったはずの人も、全部悪い夢だったかのように元通りになります。まるで、ニーニャさんが乱入する前の時間に戻ったかのように。そんな光景に誰よりも驚いていたのは手から炎の槍を失ったニーニャさんと、そして他ならない私でした。
「そんな、あり得ないあり得ないあり得ない、覚醒が早すぎる……」
譫言のように呟きながらその場に崩れ落ちるニーニャさん。
――いったい何が起こったのでしょう?
自分自身もそう戸惑っている時に口を開いたのは神父さんでした。
「遂に【時空】が覚醒してしまいましたか。空間ごと数分前に時間を戻すなんて、やはりあなたは陸冥卿に指定して監視をする必要がありそうですね」
この状況を喜んでいいのかどうかわからない、とでも言いたげな複雑な表情で神父さんに言われてようやく、この定義魔法でしかなしえない時間の巻き戻しという【奇跡】を起こしたのがほからない自分であることを私は理解します。そんな神父さんに続けてエルザさんも小さく微笑みながら口を開きます。
「完全に負けたよ。私の【万病毒殿】では全員を救うことなんてできなかった。あなたの魔法は正真正銘、わたしなんかよりも陸冥卿に相応しい魔法だよ。今から思うとわたしをボコった魔法も、未来のあなたの力をレイナ母さんが身に纏って使ってたのかもね。ーーで、この異端審問官はどうしようか?」
急に厳しくなったエルザさんの視線がニーニャさんに向きます。ニーニャさんはまだ
「理解不能。【時空】は人々から畏れられる、忌むべき存在のはず……」
とよくわからない譫言を呟いていましたが、その目から戦意や敵意は完全に消滅していました。
「『忌むべき存在』この状況だとむしろ、あなたの方だと思うけど? 陸冥卿として人々を苦しめてきた私が言えることじゃないけど。で、どうオトシマエつけてもらおうか」
そう言ってエルザさんが呆然としたまま動けずにいるニーニャさんの方につかみかかろうと手を伸ばした、その時。
【術式略式発動_小嵐】
いきなり疾風が巻き起こって、思わず私も目を瞑ってしまいます。そして目を開けたときには。
「悪いけどニーニャは回収させてもらうよ。未来の魔王討伐のために、ボク達としてもここで彼女を喪うわけにはいかないんだ」
空を見上げるとそこには、ニーニャさんをお姫様抱っこした見知らぬ青年が浮遊してました。白のタキシードに白色のシルクハット。そんないやでも目立つ姿をした彼は、私達がなにか言う暇もなく魔法でワームホールを形成し、ニーニャさんを連れてどこかに飛んで行ってしまいました。
「逃げられちゃった」
悔しそうに零すレイナさま。そんなレイナさまに頷きつつもレイナさまの隣にやってきたリコッタさまは穏やかな表情で言います。
「うん。でも、それは今はいいとしようよ。 ミモザの力が多くの人に認めてもらえた。ミモザがこんなに多くの人から尊敬されて、感謝してもらえてる。ミモザはようやく、本当に自分のなりたい『大聖女』へお一歩を踏み出せたんだから、わたし達の大勝利だよ。見てよ」
リコッタさまの言葉に再び会場に目を移すと。
「奇跡だ、本物の軌跡だ……」
「やっぱりミモザ様は本物の大聖女様だったんだ。俺たちを死の淵から救ってくれたんだ!」
「いや、大聖女さまどころの騒ぎじゃない、陸冥卿さまじゃないかい」
「細かいことはどうでもいい。ミモザ様は他の人には到底なしえない奇跡を起こして慈悲深くも我々のことをお救いくださった。彼女こそが大聖女の中の大聖女様、白聖女様とでもいうべき御方だよ」
さっきまでの誹謗中傷は何だったのかっていうくらいに、掌返しでみんな私のことを褒めたり、感謝する声でその場が湧いていました。そんなみんなの目はきらきらと輝いていました。
そんな光景に、自然と私の頬に一筋の温かいものが伝います。これこそが、大聖女として私が見たかった光景でした。
「こんなに多くの人がミモザのことを認めて、必要としてくれてる。だから、夢を諦めたりなんてしないでよ。ミモザの夢は今、ようやくスタートラインに立てたんだから」
「……はいっ!」
慈しむような目で見つめてくるレイナさまとそしてリコッタさま親子の言葉に、私ははじめて素直に頷くことができた気がしました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。これにて時空の大聖女であるミモザに関するお話(ミモザ編)の本編はおしまいです。至らないところも多くあったかとは思いますが、まずはミモザの話を一通り着地させられてほっとしてます。
本日中にエピローグを2本ほど上げる予定なので、よろしければそちらもお立ち寄りいただきますと幸いです。




