第34話 大聖女に救われた少女たち(レイナ視点)
久々のレイナ視点です。
ママにミモザの母国へ特異監視委員会の神父さんを説得しに行ってもらっている間。あたしとエルザは聖都中心部にある大きな広場に来ていた。
聖都プティリルド。ここはどこの国家にも属さない宗教都市で、この世界全土を覆っている最大の宗教勢力"教会"の総本山。ミモザを連れ去った異端審問官もこのプティリルドにある教皇庁に所属する特殊部隊で、公開処刑はあと二十七時間後にこの広場で行われる――そんな情報を、あたし達は幽霊さんや町ゆく人に聞いて突き止めていた。
「明日行うなんて随分早急だね。昨日捕まえたばっかりなのに」
「むしろあの元大聖女が逃げちゃったから処刑が遅延してるわけで、教会としてはすぐにでも消してしまいたいんじゃない? それに、公開処刑で一番アピールしたい信者は特に信仰心の厚いこの聖都にいる人たちだろうし、観衆を集めるために引っ張りすぎる必要もないのよ」
聖職者らしい神官服に身を包んだ人たちが公開処刑場の準備をしているのを脇目で見ながら。エルザとそんな会話をしながら歩いていると。
「いてっ」
背中に固いものを部つけられた感触があって振り向くと、そこにはまだ7歳くらいの女の子が両手で小石を抱えたまま、こちらを睨みつけていた。見ず知らずの子供に睨みつけられるようなことなんてした憶えないんだけど……そうあたしが戸惑っていると。
「お姉ちゃんたち、ミモザさま――大聖女さまがころされちゃうのをおもしろがりにきたんでしょ! そんな人は今すぐ出てって!」
と言ってまたあたしめがけて精一杯小石を投げつけてくる。相変わらず地味に痛い。けれどそれを避ける気は起きなかった。だってこの子はこの子なりに大切な人を守るために必死に戦ってるんだな、って思ったから。
――きっとこの子、大聖女としてのミモザに救われた女の子なんだ。そしてあたし達のことをミモザの公開処刑を見物に来た観光客だと思ったんだろうな。
無抵抗に石を投げつけられるあたしに、あたしよりもむしろエルザの方が眉を顰める
「ちょっとそこのメスガキ、レイナ母さんに何してくれちゃってるのよ。」
そう言って今にも女の子に突っかかろうとしたエルザをあたしは手で制す。
「あたしは別に大丈夫だから」
「でも」
「いいから」
そこまで耳打ちすると、エルザは渋々といった調子だったけれど怒りの矛先を収めてくれた。
そして女の子の小石のストックはすぐになくなった。女の子が投げつけるものが無くなっておろおろしだしたタイミングで。あたしは女の子を怖がらせないように静かに近づいて、しゃがみこんで彼女と視線を合わせる。
「突然この街に来ちゃってごめんね。大切な人が死んじゃうかもしれない前の日なのに、見知らぬ人がこんなところにいたら勘違いさせちゃうよね」
「かんちがい……?」
「そう。あたし達はミモザーー大聖女さまを救い出すための下見に来たの。あたし達は大聖女さまの味方だよ。ミモザに死んでほしくないっていう気持ちはきっと君と同じ」
そこでようやく気付いたのか女の子ははっとして、それからしおらしい表情になる。
「な、何も知らずに石をぶつけちゃってごめんなさい……」
「別にいいよ。それよりも――君はミモザのことが好き?」
あたしの問いかけに女の子は小さくうなずく。
「大聖女さまはあたしのママの病気をなおしてくれたの。それだけじゃない、大聖女さまはあらしがせまっている時に自分の危険をかえりみずに、ギリギリまで逃げるのが大変なお年寄りがひなんするのを手伝ってくれたし、孤児院にいる友達はお金がなかった孤児院に個人的に寄付をして一日三食ご飯が食べられるようにしてもらった、ってよろこんでた! 大聖女さまに救われた人はこの街にたくさんいるの。ミモザさまはお高くとまってあたし達の平民を気遣ってくれることなんてない他の大聖女や聖女とは違う。この世界で一番の大聖女さまなの」
気づくと女の子のめからはぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちていた。そんな女の子の頭をあたしは優しく撫でる。
「ミモザはほんと立派な聖女だったんだね」
あたしの言葉に女の子は何度も何度も頷く。
「そんな大聖女さまに、居なくなってほしくなんてないよぉ……」
嗚咽交じりに漏らす女の子。そんな彼女を見ていて、あたしはふととあることを思い出す。
「ねぇ。明日、ミモザに救われた人をなるべく多くこの場に集めることはできる?」
「へっ?」
突然のあたしの質問に女の子は一瞬泣き止んで驚いたようにあたしのことを見つめてくる。
「あたし達にはミモザを教会から救い出す作戦がある。でも――最後はミモザ自身の気持ちの問題だと思うんだ。でも、あたし達だけがいくら声をかけてもきっとミモザの心は靡かないと思う。だから――ミモザに生きていてほしい人がこんなにいるんだよ、っていうのを君たちにはちゃんと伝えたいの。そうしないと、ミモザは自ら死を受け入れちゃいそうだから。お願いできるかな?」
あたしの言葉に女の子は目元をごしごしと手の甲でこすってから大きくうなずいてくれた。
女の子と別れた後。
「レイナ母さんって幼い子の扱いも上手いんだね。精神年齢が近いからかな」
「うん……って遠回しにディスられてる⁉︎」
ぽろっとこぼしたエルザの言葉に一瞬頷きかけてあたしは慌てて賛同を撤回する。
「あはは、冗談冗談。でも、やっぱり母さんはすごいなって思うよ。そうだよね。私達がいくらあの元大聖女に生きてほしいと思っても、最後に決めるのは彼女自身、か」
しみじみとした口調で言うエルザに今度はあたしもちゃんと頷く。
「うん。生きることを押し付けられるのもそれはそれで苦しいことだから。でも――本当は生きてまだやりたいことがあるのにその気持ちを偽って死を受け入れることを強要されるのは、もっと苦しいことだと思うから。だから、ミモザが気持ちに蓋をしちゃってるなら、それを開けるための手助けをしてあげたいな、って思うな」
人が生きるにはあまりに過酷な世界で生きてきたから、生きたいと思わなければ人は簡単に死んでしまうことはあたしが一番よく知ってるつもり。でも、そんな中でも生にしがみついてきたあたしだからこそ、人はそんな簡単に生きることを諦められないんじゃないかとも思っていた。




