第33話 レイナを一番苦しめていたのは、誰?
その驚愕が顔に現れていたのか、神父さんは小さくうなずいて続ける。わたしの特異体質について既に確信しているような様子で。
「そう、あなたの定義魔法、それは本当はチョココロネからチョコを抜くなんてそんな生易しい魔法じゃない。正確に言うならば、物質・概念等に任意の始点と終点を設定して、『始点と終点の間にあるもの』を跡形もなく消し去る最凶最悪の定義魔法【同心虚円】ーーそれがあなたの本当の力なんですよ。中身が入っている料理から中身が無くなっている、それはあなたの定義魔法が無自覚に発動し、パンの中身を始点と終点の間にある『中身』として定義して消し去っているだけなんですよ」
「……」
そこまで言われるともう何も言い返せなかった。わたしの不可解な体質、それはレイナちゃんの言っていた残虐で、けれども「チョココロネからチョコレートを抜く魔法」なんてポップな魔法を使っていた、奇妙な魔王の話と繋がりすぎる。
「未来のあなたは定義魔法【同心虚円】を使って、太陽の寿命に始点と終点を設定し、太陽の寿命をごっそり消し去って太陽を死の星へと一瞬で変え、太陽系共々世界を滅ぼす魔王になります。そうやってあなたが世界を滅ぼす未来を、私とつながりのある【未来予知】の定義魔法を持つエグドラシア王国の宮廷魔術師が観測しました。これが、未来の世界で魔王が「チョココロネからチョコレートを抜く魔法」とやらで太陽を、引いては太陽の恵みの下に高度に発展したこの星を滅亡させた真実です」
「……違う、わたしにはそんなおぞましい力なんて」
「だとしたら、今すぐ試してみますか。わたしの右手を始点、左手を終点と設定してその間にあるものを消そうと念じてみてください。そうするだけで私の『首』はこの世界から消失し、私は息絶えます」
そう言いながら神父さんは右手を自分の顎の下、左手を胸元あたりに置く。当然、本当に起きたら取り返しのつかないことで実験することなんてできなかった。
黙り込むわたしに、神父さんはなおも言葉を続ける。
「エグドラシア王国があなたを脅威と認定し、陸冥卿まで動員して排除しようとしたこと。それは単にエグドラシア王国一国だけの問題じゃなかったんです。だってあなたを生かしておくと、世界が滅亡してしまうから。だからあなたが定義魔法を覚醒させる前に、【万病毒殿】での暗殺が試みられたんです。
ちなみにあなたを確実に仕留めるための定義魔法として【万病毒殿】を進めたのは陸冥卿の認定・管理を行っている私達・特異監視委員会ですね。普段は各国からも、そして教会の総本山たる教皇庁からも独立性を保っている我々特異監視院会ですが、世界滅亡の危機となれば独立性とか言ってられませんから。まあ、結局はその暗殺計画は失敗に終わったんですが」
「……」
そっか、わたしにかけられた不治の病という呪詛――それは理不尽な悪意なんかじゃなくって、この世界の安寧のためだったんだ。わたしは存在そのものがこの世界の脅威で、だからエグドラシア王国も教会も、そして母国ですらわたしの暗殺に加担したんだ。
思っていたよりもはるかに救いようのない真実にわたしは絶望の底に突き落とされた様な気持ちになる。
「そうそう、今あなたと行動を共にしている娘さん――レイナさんも、あなたが世界を滅ぼさなければ生まれてこなかったんですよね」
「えっ、レイナちゃんが?」
レイナちゃんの名前が出てきてわたしは思わず反応しちゃう。
「ええ。彼女は太陽を滅ぼし、世界を滅ぼしてしまったあなたが生きるための心の拠り所を見つけるために、太陽滅亡後の地球で何とか生き残っていた男性から強制的に精子を搾り取り、人工授精して産んだ子なんですよね。そしてあなたは子供を産んだらそれで満足して、ぽっくりと逝ってしまった。とても人が生きられるような環境でなくなった終末世界に、幼子を一人残して」
「ってことはレイナちゃんが生まれたのも、レイナちゃんが未来でずっと独りぼっちだったのも、全部わたしの身勝手のせいってことなの……?」
この世界で何よりも愛おしいと思えた人を誰よりも苦しめていたのが未来の自分の我がままだった。そのことは近い未来に自分が世界を滅ぼしてしまうと言われるよりも遥かにわたしの心に堪えた。だっていつもわたしの手を引いてくれたレイナちゃんに幸せになってもらうことがわたしの何よりの願いだったんだから。
――ってことはそもそもレイナちゃんは生まれてこなかった方が幸せだったってことなの? いや、それは考える余地もなくそうだよね。だってレイナちゃんはわたしの身勝手でこの世界に産み落とされて、わたしの身勝手で棄てられたんだもん。そもそもそこら辺で拾ったどこの馬の骨とも知れない男の人がお父さんだなんてかわいそうすぎる。だとしたらわたしはこの先、そもそも世界を滅ぼしたり、その先でレイナちゃんを産んだりして、レイナちゃんと出会わない方が良かったのかな……。
そんな考えが頭をよぎった瞬間。ぎゅっと胸が締め付けられたように痛くなる。理性はそれが正しい、と言っているのに、本能がそれを拒絶している。レイナちゃんを産まない、それはアノンちゃんに捨て石にされて以降わたしの手を引き続けて、わたしを変えてくれたレイナちゃんの存在をいなかったことにしてしまうことになる。何より、あんなに愛おしいレイナちゃんにいなくなってなんてほしくない。レイナちゃんにはわたしのすぐそばに、ずっといてほしい。わたしの本能は、そう叫んでいた。でもわかってる。これこそが、未来の世界でレイナちゃんを縛り続け、苦しめ続けてきた『わたしの我が儘』だ、ってことくらい。
――あたし、どうしたらいいのかな……。
そうわたしが思い悩んでいる時だった。
「で、あなたがここに来た要件は何です? 【万病毒殿】の呪いが解けた今、陸冥卿を遥かに凌ぐ化け物のなりうる力を秘めたあなたを刺激することは私達にとって得策じゃないんです。へんにあなたの機嫌を損ねたことで【同心虚円】が誤作動して惑星の半分が消し飛ばされるとかなったら困りますから。だから、要件を言ってください。私にできる範囲で協力させてもらいますよ。まことに不本意ではありますけど」
投げやりな調子で言う神父さんに、わたしは忘れかけていた本来の目的を思い出す。
――そうだ、わたしは別に魔王の話を聞きに来たんじゃない。この神父さんに、ミモザを助けるための協力をしてもらいに来たんだ。今は余計なことを悩んでいる暇じゃない。もたもたしてるとミモザちゃんが死んじゃう。
そう無理やりに頭を切りかえる。
「そういえばそうでした。――神父さん、あなたにお願いしたいことはただ一つです。陸冥卿の代替わりをあなたの権限を持って宣言してほしいんです。エルザさんからミモザちゃんへの代替わりを」
「なるほど、陸冥卿になれば処刑が決定しているあなたの友達といえども教会は手出しできなくなり、【万病毒殿】は陸冥卿をやめることで晴れて母国に戻ることができる、と。考えましたね。それに、元大聖女の持つ定義魔法【時空】は陸冥卿に数えるに値する、魔王軍最強の定義魔法の一つですからね。【同心虚円】には及びませんが」
「えっ、それってどういうことですか……? ミモザちゃんにだって定義魔法はもってないはずじゃ」
予想していなかった神父さんの言葉に聞き返してしまうわたし。そんなわたしに神父さんは「そんなことも知らずに私のところに来たんですか」とため息交じりに言ってくる。
「私達の観測した未来で元大聖女――ミモザは教会の処刑から逃げ延びた後、どういう経緯か同じように国と公爵令嬢という立場を追われたあなたに拾われて、あなたと行動を共にすることになるんです。それはあなたに対する負い目があったんでしょう。そしてその旅の中で、彼女はこれまで教皇庁によって封印されていた定義魔法【時空】を覚醒させるんです。時間と空間を司る、世界を滅ぼす魔王の右腕に相応しいだけの力を」
この時になって知らなければよかったって後悔した。でも、もう遅い。だとしたら。
「ということはミモザちゃんを陸冥卿に推薦してくれるってことですね?」
脅すようにちょっと睨むようにして神父さんをみるわたし。そんなわたしに神父さんは肩を竦めた。
「そうせざるを得ないでしょうね。それに、特異監視委員会としてもいつまでも陸冥卿に相応しくない人を陸冥卿に据えておくのは好ましくはない。陸冥卿はこの世界で最も脅威となりうる魔術師をラベリングし、世界を護るための制度なのですから」




