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第30話 幸せになれない星の下に生まれた少女

 昨日は落としてしまってすみません。

 わたしはこれまでの人生で、幾度となくいろんなものを諦めてきた。子供の頃からいつ治るかもわからない病気に冒され、小さい時から、他の子なら普通にできていたはずのイベントや人間関係を諦めてきた。だから、心のどこかで諦め癖がついちゃっていた。


 今から思えば妹のアノンちゃんにあれだけ依存しちゃってたのはその反動もあったのかも。そしてそんなアノンちゃんとだって、いろんな理由で恋人同士になっていつまでも一緒にいて、何十年も一緒に添い遂げることなんて最初から諦めてた。


 だからミモザちゃんの口から、あたしの余命があと数週間しかないことを告げられた時。あたしはその運命をあっさりと受け入れられた。そして、「レイナちゃんと一緒に歳を重ねて、この女の子のことをずっと見守っていたい」という、はじめて芽生えたかもしれない夢を一度は簡単に手放した。


 好きな人と一緒に歳をとって最後まで添い遂げるなんて、わたしには抱くことさえ許されない高尚な望みだったんだ。そんなことよりも大好きな人に死を惜しまれながら行ける幸せを喜ぼう。そう自分を無理やり納得させて。なのに。


 当のわたしも諦めてるのに、レイナちゃんはわたしのことを諦めたりなんてしなかった。そしてそんなレイナちゃんに引っ張られて、わたし達は挑むこと自体が無謀以外の何物でもない、世界最強の陸冥卿の一人・エルザさんと対峙して、勝った。勝って、治るはずのなかった病から解放された時。わたしは、もうレイナちゃんとミモザちゃんと幸せになることを諦めなくていいのかな。そう思った矢先のことだった。



 わたしの淡い希望は突如わたし達を襲ってきた異端審問官・二―ニャさんにいともたやすく毀されちゃった。そんな冷たい殺意をむき出しにする二―ニャさんを前にした時。わたしは本当は、恐怖で足がすくんじゃって何もできなかった。これまでずっと自分を蝕み続けてきた病気が嘘みたいに消えて、生きてていい、幸せになっていいと言われた気がした。そうすると途端に死ぬことが怖くなって、下手に動いて彼女の刃が自分に向くのが怖くなっちゃった。


 あの時の自分のことを思い出すと、自分が最悪な女すぎて自分で自分に反吐が出そうになる。だってあの時、友達が殺されかけそうになってたのに助けようとも思わず自分の身の安全を第一に考えちゃったんだから。そしてそんな最低なことを考えちゃったツケが回ってきたんだろうね。ミモザちゃんのことを魔法で昏睡させた二―ニャさんの凶刃は、次の瞬間にはわたしに向いていた。


 ――あ、これ死んじゃうかも。せっかくこれからは長生きできると思ったんだけどな。


 わたしがそうやってもう何度目かもわからない諦念を抱いた、その直後。


 レイナちゃんが何事か早口で口走ったかと思うと。さっきまでレイナちゃんだった女の子は一瞬にして見知らぬ女の子に姿を変えていた。ふわふわの銀髪はオレンジ色のショートヘアに変わり、淡い檸檬色だった瞳はハイライトの消えた空色に変わってる。おまけにどこから取りだしたのか、両手には細身の双剣を構えていて、その姿はまるで女騎士のよう。


 そんな彼女を見たとき、死の危険から解放された安堵感というよりも言葉にできない不安が先にこみ上げてくる。


 ――レイナちゃんは、わたしのレイナちゃんは何処に行っちゃったの……。


 そんなレイナちゃんの変化にわたしは自分が今殺されかけてることすらどうでもよくなっちゃった。


 突然のレイナちゃんの消失にわたしが唖然としているうちに。さっきまでレイナちゃんだったはずのオレンジ髪の少女は目にも見えぬ剣さばきで二―ニャさんの短剣を弾き飛ばす。そんなオレンジ髪の少女を警戒したかのように二―ニャさんは方へ飛びはねたかと思うと、魔法でその場から消えてしまった――ミモザちゃんを連れたまま。


 そして二―ニャさんが消え去った直後。オレンジ髪のショートカットだった髪が元の銀色のふわふわヘアに戻ったかと思うと。すっかり元の姿にもどったレイナちゃんは力尽きたかのようにその場に崩れ落ちて、そこでわたしはようやく我に返る。


「はっ、今のは幻覚……? って、レイナちゃん、レイナちゃん、しっかりして! レイナちゃんが死んじゃったらわたし、わたし……」


 いきなり倒れたレイナちゃんを前にして取り乱しちゃうわたし。なんか自然と目から涙が溢れてくる。そんなわたしを叱責してくれたのはエルザさんだった。


「リコッタ=エン=パトラリカ! しっかりしなさい!」


 エルザさんの厳しい声にびくっとして、わたしは少し心の落ち着きを取り戻す。


「レイナ母さんは疲れすぎてぶっ倒れちゃっただけでしょうから、きっと命に別状はないわ。それよりもレイナ母さんをベッドに運ぶのをあなたも手伝いなさい。わたしだってどこかの誰かさんにぼこぼこにされた直後に異端審問官とやらの前で気を張り詰めなくちゃいけなくって、もうくったくたで一人で女の子なんて運べないんだから」


 ぶっきらぼうに言うエルザさん。でもそんなぶっきらぼうな口調はむしろわたしが冷静になるためにわざとしてくれてるようにも思えた。わたしは目元をごしごしとこすってから顔を上げて頷いた。



◇◇◇



 エルザさんと協力してなんとかレイナちゃんを古教会内部のベッドに運んだ後。わたしはいてもたってもいられなくなって古教会の大聖堂へと赴き、一心に神様に向かって祈りを捧げた。レイナちゃんが無事に目を覚ましますようにって。エルザさんは過労による一時的な昏睡だろう、って言ってくれたけれど、誰かの目の前で自分が倒れることこそあっても目の前で誰かが倒れたのははじめてだったわたしは、レイナちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって不安で、こうでもしていないと落ち着けなかった。


 そんなわたしのことをエルザさんはしばらく見つめてから、長い溜息を吐いたかと思うと。


「思いつめすぎだと思うけど、あなたをこんな風に心配性な性格にさせちゃったのは他ならない私自身だろうから何も言えないわね。ま、私はテキトーに部屋借りて休ませてもらうわよ」


と言って、手をひらひらさせて大聖堂から立ち去ってしまった。


 わたし一人しかいない大聖堂。ミモザちゃんという主人を喪った大聖堂はいやにがらんとしている気がした。それはまるで今のわたしの心象風景を映し出してるみたい。そんなところに一人でいると、否が応でも考えなくていいことが頭をよぎっちゃう。


 ――わたしってやっぱり幸せを諦めなくちゃいけない星の下に生まれてきたのかな? だとしたら欲張りは言いません。他のことは犠牲にしてもいい。だからせめて、わたしをレイナちゃんといさせてもらえませんか……。


 そんな考えが頭を一瞬過っちゃって、わたしは必死で頭を振る。


 ーーそんなこと考えちゃダメ。今はレイナちゃんが元気に起きてくること、そしてミモザの問題が何とかなることを祈ろう。神様なんて、これまで全然信じてなかったけど。


 そう思いなおして、わたしは体の前で組んだ両手にぎゅっと力を込めた。

一応最終話まで完成したので推敲時間さえ確保できれば来週くらいにはミモザ編完結できる……はずです。最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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