第26話 別れ 後編(レイナ視点)
あたしの知ってる未来のミモザはもともと、拭えないママに対する罪悪感に苛まれ続けていた。自分の犯した罪を一生かけても償えないものだと思い込んで最後までママに尽くし、そしてその延長として、ママの忘れ形見であるあたしのこともまるで自分の子供のように育て、気にかけ続けてくれた。
でも、あたしがこの時代のママとミモザ、そしてエルザに関わったことで未来は変わった。ここから25年間にわたってミモザを縛り続けるはずだったある種の呪いを、あたしと、そしてママが解いたんだ。
そうすれば当然、過去のことを後悔し続け、ママに対する罪悪感からあたしの傍にいてくれたミモザは最初からいなかったことになる――。
そう自覚した瞬間。未来の世界でミモザと過ごした、過酷だったけれども楽しかった日々の思い出がだんだんと思い出せなくなっているのに気づいた。記憶が漂白され、あったはずのミモザとの時間がなかったことにされていく。
――なんで消えちゃうの? 忘れたくなんてないよ……!
そう思って必死に記憶をかき集めようともがく。けれど、いくら忘れたくない、いくら必死に抱え込もうと思っても、着実にミモザとのかけがえのない思い出の記憶は水泡の様に消えていく。そしてそれに比例するように未来のミモザの姿もどんどん透けていく。
「なんで、なんで? 確かにミモザは独りぼっちだったあたしのすぐそばにいて、ここまであたしを見守り、25年前の時代まで連れてきてくれたのに……なんでいなかったことにされちゃうの? そしてなんであたしもそんなミモザのことを忘れちゃうの? こんなの、あんまりすぎるよ……」
気づけばあたしは周囲を気にせずに泣きじゃくっていた。そんなあたしの頭をミモザは優しくなでてくれる。あたしが幼い頃、駄々をこねるあたしをあやしてくれた時みたいに。
「そんなに悲しまないでください、レイナさま。本意ではありませんし、私ともとの歴史のリコッタ様だけでは辿り着けませんでしたが……本当は、これこそがきっとあるべきはずだったハッピーエンドなんです。それに、私はレイナさまに感謝してるんですよ?」
「……どういう意味?」
「自分が救われることなんてとっくの昔に諦めたつもりだった。救われたいと思うこと自体許されないと思ってた。でも――諦めたはずの私だって、今の『私』のあんな笑顔を見せられたら、さすがに嬉しくなっちゃいますって。レイナさまが幸せになってくれればそれで十分とか言ってましたけど、やっぱり私だって、心の奥底ではまだ救われたかったみたいです。だから、たとえここでレイナさまと永遠のお別れになってしまっても、最後の最後にこの時代の私が救われるところを見られて私は救われたんです」
「……そんなのミモザの勝手な都合じゃん。そうやってまたあたしを独りぼっちで置いてきぼりにするの?」
「ははは、確かに勝手な都合ですよね。でも――今のレイナさまの隣にいるのは『私』だけじゃない」
そう言って視線を移すミモザにつられてあたしもミモザの見つめる先を見ちゃう。そこにはママと、そしてママに抱きしめられたミモザがいた。
「今のレイナさまにはリコッタさまがいます。過去に囚われた亡霊の私なんて、もうレイナさまの隣にいるべきじゃない。今のレイナさまにはもっと隣にいるのに相応しい人がいるんです。それに、たとえこの『私』が消えても、この時代の『私』が代わりにレイナさまの力になってくれるはずです。逆に力になれなかったら、その時こそ化けて出て、この時代の『私』を叱ってやります」
ちょっとふざけたで言うミモザ。でもそんなミモザの声もいつの間にか涙交じりになっていた。
「だから改めてレイナさま。この時代の『私』と、そして私自身のことを救ってくれてありがとうございました。それと、レイナさまがリコッタさまと幸せになるところまで見守ってあげられなくてごめんなさい。そんな中で厚かましいお願いだとはわかってますが……自分の幸せを掴むほんの合間でいいので、もしよかったらこの時代の『私』と、リコッタさま達のことを見守ってあげてください。間違え続けた果てに世界を滅ぼしたりしちゃった、私達の二の舞にならないように」
「……ミモザの言ってること、わけわかんないよ! あたしを置いてもうどっかに行ったりしないでよ、ミモザ、ミモザぁ!」
あたしの絶叫も空しく、殆ど空気と同化していたミモザの幽体はふっと吹いた響風に吹き飛ばれて霧散する。そして――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
「って、あれ? なんであたし、ミモザの名前を叫んで泣いてるんだっけ」
身に覚えのない、でも確かに自分の頬に残った涙の痕を拭いながら、あたしはそんな独り言を呟く。
「ミモザはあそこであんなに幸せそうにしてるのに。……って、さすがにママとミモザ、くっつきすぎじゃない? 許せん! エルザもママとミモザを引きはがすの手伝って! あそこは、あたしの特等席だから!」
「あ、うん。……って私?」
首を傾げながら素っ頓狂な声を上げるエルザにあたしは頷く。
「そう! だってエルザはあたしの娘なんだから! 娘はママの言うことに従うものなんだよ?」
「子供を自分の使い勝手のいい人員にするなんて、最悪な母親だ……」
「すべこべ言わない!」
エルザの不満を背中に受けながらママ達に駆け寄りながらも。あたしの頭の中にとある考えが過る。
――誰か大切な人のことを忘れてる気がするけれど……きっと気のせいだよね。だってここにはママも、ミモザも、そしてエルザだっている。未来の世界ではずっと独りぼっちだったあたしが自分の幸せと、ついでにできたら世界を魔王から救うためにこの時代にやって来て初めて出会った、大切な人たち。
そうやってあたしが自分のことをそう納得させた時だった。
【術式定立_|座標交換《コーディネイト•トレード》_対象選択_"ngp""me"_再現開始】
聞き慣れない声で聞きなれない術式が詠唱されたかと思ったら。
「えっ?」
ママが気の抜けたような声を漏らす。それも仕方ないと思う。だってさっきまでミモザのすぐ近くにいたはずのママがなぜか一瞬にしてあたしやエルザの背後にいたんだから。
そしてさっきまでママがいた位置にはーーワインレッドのローブを深く被った少女がいた。そして彼女の胸元には、ロザリオが光を放っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。もうこれがミモザ編の最終話でいいんじゃないかっていうくらい、自分の中では悩みながらも書き進めた未来のミモザとのお別れ回でした。
と、言っても現在のミモザ回りですっきりしていない部分があるので、ミモザ編はもうちょっとだけ続きます。よろしければお付き合いいただけますと幸いです。




