第24話 時空を司りし黒聖女(レイナ視点)
【概念構築_【時空】_種別選択_【回帰】_対象選択_"仲間全員"_再定義開始】
次の瞬間。あたし、ママ、ミモザの時間だけが【回帰】し、これまであたし達を蝕んでた毒・細菌兵器・その他すべての状態異常が解除される。そんなあたしを見て陸冥卿は驚愕の表情を浮かべる。
「まさか、対象の時間を巻き戻した? あ、ありえない。そんなの、世界最強の私達陸冥卿の魔法以上じゃ……」
【概念略式発動_神速】
陸冥卿の言葉を最後まで聞いて上げる義理もないあたしは自分自身に加速魔法をかける。加速魔法自体は一般魔法にもある。でも、今のあたしが使っている魔法は一般魔法のそれとは原理も性能も根本的に違う。いまのあたしの加速は時間法則そのものに干渉した瞬間移動。その時間概念に直接干渉して得た超速度であたしはひたすらに陸冥卿に打撃を加える。
けれど、さすがというかなんというか、遅いながらも薬生成による治癒が追いついて決定打にはならないみたい。短時間で集中的に攻撃を加えた個所も驚異の再生能力で戻っちゃう。そんな彼女のことを、あたしはらしくもなく冷めた目で冷静に分析していた。
――不死身性がやっぱり邪魔で、力業ではどうこうならなそうだね。なら、これはどう?
【概念構築_【時空】_種別選択_【超過速】_対象選択_薬剤投与_再定義開始】
「はっ、髪を染めて覚醒したっぽい風を装っておきながら、もう万策尽きたのかしら? ざまぁない―――――――」
あたしのことを煽っていた陸冥卿の声が途中から激痛に伴う悲鳴へと変わる。
そう、毒牙の陸冥卿はすぐに気づかなかったみたいだけど、あたしが今やったのは毒牙の陸冥卿の治癒魔法自体の加速。そして術者の認識以上に加速しすぎた魔法は暴発し、術者の意図していた結果より『進みすぎる』。そして進みすぎた薬、それは容量を間違えたら『毒』に他ならなくなる。つまりあたしが狙ったのは毒牙の陸冥卿の治癒能力の暴走による自滅だった。
それからはあたしの一方的な蹂躙だった。1秒間に数千回の打撃を叩き込み、皮膚を風化させ、治癒を加速させてまた殴る。気づいたころには追い詰める側と追いつめられる側が完全に反転していた。
なんとか一命をとりとめながらもぼろぼろになって肩で息をしながら地面に座り込んだ陸冥卿のことを、あたしは冷たい視線で見下ろす。彼女は「ありえないありえないありえないありえない……」とうわごとの様に繰り返していた。
「ママにかけた呪詛を解除する気になってくれた?」
氷のように冷たいあたしの声にびくん、と彼女は体を震わせる。そして。
「はい……なんでも、しますからぁぁ」
最初の余裕たっぷりな笑みはすでにどこかに消え失せ、縋るような目であたしのことを見上げてくる。
「じゃあ今すぐここでママにかけた呪詛――ママをこれまで苦しめた病気を解除して」
あたしの言葉にうなずいた毒牙の陸冥卿はおずおずと立ち上がり、ぼろぼろの体を引きづるようにしてママのところまでやってきて呆然とあたし達の戦いーーと言うより一方的な虐待を見つめていたママに右手をかざす。そして。
【概念略式分解】
小さな声で詠唱した瞬間。カチャッ、と何がか解除される擬音が聞こえたかと思うと。一時的な【回帰】を使っても顔色が青白くてどこかやつれていたママの血色が上向き、目に見えて正気が漲る。
「……嘘。これまでの病気が嘘みたいに体の調子がいい。こんなの、生まれて初めてかも」
驚いたように呟くママ。そして。
「リコッタさまの罹患してた不治の病、完全に完治してます。リコッタさんは一命をとりとめました!」
何らかの精霊系魔法でママの余命や病状を確認していたミモザが言う。そんなミモザの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。それも無理もないかも。ミモザはこの先二十五年間ずっとママに対して引け目を感じちゃうくらい、ママの不治の病のことを気に病んでたんだから。かくいうあたしも胸を撫で下ろしちゃう。
――これでいったんは一件落着、かな。あとは……。
そう思ってあたしはうなだれたままの毒牙の陸冥卿のことを見下ろす。1人で世界をバイオテロのどん底に落しうるだけの危険な力を秘めていながら、自分よりも弱い人を人とも思っていない危険人物。そんな彼女のことをあたしは殺すしかないと思ってた。でも、彼女の生殺与奪を文字通り握ってしまってから、もう一度冷静に彼女の処遇について考える余裕が出てくる。考えてみれば当然だけど、あたしは彼女のことを何一つ知らなかった。こんな状況で彼女の生死なんか決めていいはずがない。
「――そういえばあなた、名前はなんていうんだったっけ」
「……エルザ=クラウンだけど」
あたしの質問に毒牙の陸冥卿――エルザはまだあたしに怯えたような表情をしながら答えてくる。クラウン。その苗字にあたしははっとする。
「クラウンって……どこかの王族?」
「察しがいいわね。そう、私は元々とある小国の第二王女だった。まあ10歳の時にこの力――定義魔法【
万病毒殿】に目覚めちゃってから、私は祖国にはいられなくなったけれど。私が定義魔法【万病毒殿】を発現した直後。私は国内で最も権威のある神父さまに私は当代の6人目の陸冥卿だって神託を受けちゃったの。陸冥卿と判定を受けちゃった王女がどうなるか、そんなこと火を見るよりも明らかでしょう?」
「? それってどういう……」
「王族なのに国籍を剥奪され、流浪の民にならざるを得なくなる、ですよね」
あたしの疑問はいつのまにか泣き止んでたミモザの答えにかき消される。そんなミモザの言葉にエルザは頷く。
「数百年前に結ばれた国際条約で国家は陸冥卿を保有しちゃいけないことになっていたから。王家に陸冥卿が生まれちゃったら、追放する以外の選択肢はないのよ」
エルザのその話に私は息を飲む。
それからエルザは未来からやってきたあたしの知らなかった衝撃的な事実を話してくれた。
数百年前に結ばれたという陸冥卿を各国が軍事保有してはいけないという国際条約。それは、大国間戦争で陸冥卿を再全面に押し出してこの星を滅ぼしかけた先人達の人類存続のために絞り出した知恵だった。でも、そのおかげで『陸冥卿』と呼ばれた強すぎる力を持ってしまった人々はどの国家にも定住できない流浪と民と貸すことを強いられることになった。
そして、そんなどの国籍にも属さない『世界最強の6人』には各国のコントロールがあらゆる国家から独立した陸冥卿に全く及ばず、世界は滅ぼされちゃったんだけど……そのはるか前にこの欠陥しかない国際条約の歪みは生じてたんだ。
「父上も――国王陛下もひとでなしじゃなかったから私一人で国外に放り出された訳じゃないわ。新しい生活を始めるための十分な資金と、最も信用してた優秀な従者を一人つけてくれた。でも運悪く盗賊に襲われてその従者は私達が放浪の旅が始まってすぐ、呆気なく死んじゃった。それからは頼れる大人がいない中で、自分の中に宿った慣れない禁忌の魔法だけ頼って生きていくしかなかった。何が正しくて何が間違いなのか、教えてくれる人なんてもう誰もいなかったから、感性がズレちゃってたのかもね」
エルザの話はとても他人事とは思えなかった。なぜならあたしだって、未来のミモザやこの時代で導いてくれたママがいなかったらエルザと同じようになっていたかもしれないから。今目の前にいる女性は身体と定義魔法だけが分不相応に肥大化しちゃった、まだ子供のままなんだ。今目の前にいるのは、ありえたかもしれない未来のあたしなのかも。そう思ったら。
「いつしか私のことを誰も名前で呼ぶことがなくなったのも、何に対しても感動できなくなっちゃったのも、自業自得と言えば自業自得だったのかもしれないね。私の魔法で誰かが必死に命をかけてるところとか、命の危険を感じるとか、そういう歪んだものでしか感動を得られなくなっちゃった。――憐れむなら、いくらでもすればいいじゃない」
「そんなことできないよ。だって今のあなたのことはとても他人事だと思えない。あたしだって2人の「お母さん」に出会えていなければあなたみたいになっちゃってただろうから。だからさ……今度はあたしが、あなたのママ代わりになってあげる」
思わず口から飛び出ちゃった台詞。それに、エルザは目を点にする。
「は?」
そんなエルザに構わずあたしは言葉を続ける。
「だってエルザがこんなになっちゃったのは、何が正しいかとか、この世界の楽しいものとか、誰も教えてくれなかったからなんでしょ。この世界の素敵なものとか尊いものとか、誰も教えてくれなかったからなんでしょ。だから、『死』や『苦痛』なんて極端な刺激でしか心が躍らなくなっちゃった。――そんなの絶対おかしいし、勿体ないよ。だからあたしが、そういうことをエルザに教えるはずだったママの代わりになってあげる。あたしがこれまで、そうしてもらってきたように」
私の言ってることがすぐには飲み込めなかったのか何度も瞬きするエルザ。そして。
くふふ、とエルザは笑みを漏らす。
「へんなの。私達、さっきまで本気で殺し合ってたのに、いきなりママになるだなんて。しかも、年齢的に逆でしょ」
「うぐっ」
痛いところを付かれてあたしは言葉を詰まらせちゃう。
「でも――ほんとに久しぶりに『陸冥卿』じゃなくって私をエルザとして見てくれる人に出会えた気がする」
「えっ」
思いもよらないエルザの言葉に今度はあたしがぽかんとする番。そんなあたしをよそに、エルザはくるんと身を翻してあたしの方を翻り、ニヤリ、と笑ってくる。
「せいぜいこれからよろしくね、お母さん。少しでも私を退屈させたら、世界を滅茶苦茶にしちゃうかもしれないから覚悟してね?」
いたずらっぽく笑う彼女の表情は、幼女の様にあどけなくて、愛おしかった。




