第23話 毒牙の陸冥卿 そのに(レイナ視点)
と、その時。隣にいたミモザが急にすくっと立ち上がると。
「――大聖女なんて敵じゃないって? 言ってくれますね」
きつく毒牙の陸冥卿を睨みつけるミモザ。そんなミモザの目つきはこの時代のミモザでは……うんうん、終末世界を一緒に過ごしたミモザでだって見たことのないきつい目つきだった。
「そもそも、邪悪すぎるあなたのことは大聖女で、取り返しのつかない過ちを犯してしまった私自身が浄化すべきだったんです。どんなに重い罪を犯してしまったとしても、大聖女として、神に仕えるものとして!」
「あら。ただの見習いシスターかと思ったら……騙されてることも知らずに純真無垢に教会に盲従し、最後は聖職者としては持ってはならない力を持ってることが判明しちゃったから、公爵令嬢呪殺の片棒を担がされて教会にポイされた大聖女のメスガキじゃない。でもそんなあなただって知ってるでしょ。大聖女如き、教会最強戦力如きじゃ、『世界』最強の6人の1人である私には勝てないわよ」
「そんなことわかってます。わかりすぎてるから、あなたと戦うことなんて最初から諦めてた。でも……居場所を失った私の生き方を肯定して、進むべき道を照らしてくれた恩人2人をこんな風に痛めつけられて、黙ってられるわけがない! 勝てる勝てないじゃない、あなたはは元大聖女として、私が倒さないといけなかったんです」
【術式略式発動_|闇を焼き尽くす聖なる光】
「聖女のくせに随分と力押しね! いいわ、真正面から叩き潰してあげる」
【概念略式発動_猛毒汚染】
見るからに禍々しい毒の汚染と精霊系魔法によって疑似的に生み出された聖なる太陽の光。その両社は直接ぶつかりあったかと思うと、最終的に対消滅する。
――これが大聖女の浄化の力。
そう思ってミモザの方を見ると、今の魔法でだいぶ魔力を持っていかれたのか肩で息をしていた。それに対して毒牙の陸冥卿は「やるじゃん」とニヤリと笑ってぴんぴんとしていた。そして。
――この状況、かなりまずいのでは?
「やっぱ禍々しいもの全てを浄化する精霊系魔法――それも私達陸冥卿とは違う意味で神に愛されすぎた大聖女の使う精霊系魔法に毒で対抗するのは無謀、か。……ちょっと面倒くさくなってきたな。新しく生み出したウイルスで一掃するか」
今日が覚めたかのようにふっと笑顔が消えたかと思うと。
【概念構築_【臨界招来】_種別選択_【万病毒殿】_再定義開始】
毒牙の陸冥卿が詠唱した瞬間。赤色の半透明な魔力にあたし達の周りが取り囲まれたかと思うと。目の前が一変して、さっきまで森の中にいたはずのあたし達は薄暗い地下室のような密閉された空間にいた。壁や床のコンクリはむき出しで、こんなのまるで毒ガス室みたい……。
「! まさかあなた、臨界招来が使えるんですか?」
驚愕した表情になるミモザ。臨界招来。それは小さいながらも魔法で1つの「世界」を作り出す、定義魔法一般魔法関係なく最上級の魔法技術。そのように創り出された空間はあらゆるパラメーターが術者の意のままで、臨界招来に巻き込まれたら最後、ほぼその空間の神に等しい魔術師の一方的な虐殺が始まるーー。
それに対して毒牙の陸冥卿は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「私がウイルスの効きにくい開放された空間での戦いの対策をとってないとでも思った? 当然、自分に有利な空間で戦えるように準備くらいしてるわよ。そしてここに今から流されるのは私が新開発したじわじわと体の自由を奪っていく細菌兵器。あなた達は一体いつまでもつかしら」
陸冥卿の言葉が終わるか終わらないかのうちに。空気とともに吸い込んだ細菌兵器に早速、肺が犯されて呼吸が苦しくなる。回り切った毒で手足も痺れて使い物にならず、あたしはかっこ悪くその場に這いつくばっちゃう。
――く、苦しい。こんな相手に、一体オリジナルの歴史のミモザとママはどうやって勝ったっていうの……。
薄れゆく意識の中、あたしがそう諦めかけた時だった。
【術式定立_負荷転嫁_始点選択_"レイナ""ミモザ"_終点選択_me_再現開始】
誰かの詠唱が聞こえたかと思った瞬間、手足のしびれや呼吸器の苦しさが嘘のように消える。
――いったい何が起きたの?
驚いて周囲を見回して気づいた。そこにはいつの間にかママが、いつもよりもちょっと苦しそうに顔を歪めながら地面に這いつくばっていた。
「ママ、まさか……」
「あはは、攻撃手段を持たないわたしにできるのは戦うチカラを持ってるレイナちゃんとミモザちゃんにかけられたあらゆる毒・状態異常・病気感染を引き受けることくらいだからね」
無理に笑ってこちらにピースしてくるママ。でも、それがどれだけきついことかは容易に想像がついた。
「自分の分だけでもあんなに苦しかったのに……今のママは3人分の苦しみを1人で引き受けてるってこと? そんなのダメだよ、ママの感覚器官が壊れちゃ」
「ダメじゃない!」
叱責するように言うママにあたしは思わず口を噤んじゃう。そんなあたしに、ママは優しい口調で語りかける。
「病人歴イコール年齢を舐めないでよね。わたし、痛みとか苦しみに我慢強い……というかそこら辺の感覚が他の人より摩耗しきってるのよ。だからわたしは痛覚や身体に対する過重負荷ですぐに死んだり、狂ったりはしない。だから――わたしを信じて、レイナちゃん達はレイナちゃんにしかできないことをして。それで、3人で生き残ろ?」
ママの強い言葉にあたしは手の甲で涙を拭い、再び毒牙の陸冥卿のことをまっすぐ見つめる。
「ミモザ、まだ戦える?」
「は、はい!」
大きな魔法の杖を支えに何とか立ち上がるミモザ。そんなミモザは毒牙の魔女の細菌兵器の影響がなくてももうふらふらだった。
――最悪あたし一人で何とかするしかない。でも、ミモザがいてくれているうちは!
「炎魔法と浄化魔法を畳みかけるよ。あたしは全身に炎を纏わせて接近戦を仕掛けるから、ミモザは無理しない範囲で精霊系魔法の浄化で後方射撃して」
「わかりました」
【術式略式発動_炎鎧着装備】
ミモザにそう指示を出しつつ、あたしは中級炎魔法を纏わせた拳で直接陸冥卿を殴る。確かにダメージはある。でも彼女が追った火傷は瞬時に治癒されちゃう。そんなあたしの攻撃を、最早陸冥卿は鬱陶しそうにしている。
「頭に熱が籠って馬鹿になってるんじゃない? いくら私が距離に関係なく細菌感染や毒で汚染できるといっても、近距離なら近距離なりの攻撃の仕方があるんだけど」
そう言った直後だった。ちくっと何かが刺さった感覚があったかと思うと。再び気だるさが全身を襲ってきてあたしはまたその場に倒れちゃう。
――くそ、また毒を食らっちゃった……。
「レイナちゃん!」
「くふふ、ゼロ距離から物理的に刺した毒の効果までは死にぞこないの公爵令嬢に【転嫁】されないのね」
地面を舐めるあたしを楽しそうに見下ろす陸冥卿。そんな彼女の手にはいつの間にか大きな注射器があった。彼女はそれを、まるで二刀流のように構えてみせる。
「久しぶりに『刺激』になったわ。でも――もう飽きてきたからここであなた達のことは殺すわね」
見るからに怪しげな紫色の液体の入った注射器が毒が回って動けずにいるあたしに迫る。ミモザも魔力切れを起こしたのか助けは期待できなさそう。
――ああ、これ、本気でヤバいかも。となったら……『アレ』を使うしかないよね。
覚悟を決めたあたしは苦しいながらもやっとのことで詠唱をする。
【概念構築_降霊_種別選択_"時空を司りし黒聖女"_再定義開始】
唱え始めた瞬間。あたしの頭の中にこれまで知らなかったはずの知識が植えつけられる。銀色だった紙がミモザのような美しい緑色に変わる。そしてすぐそばにミモザの温もりを感じる。これが、ミモザの力をあたしの体に宿した状態。そして、こういう場合、ミモザの定義魔法をどう使うのが一番効果的か、今のあたしは知っていた。




