第21話 開戦前夜(レイナ視点)
あの後。ミモザは【降霊】について追加で幾つか注意点を補足してくれた。
1つは降霊させた霊の持っていた定義魔法の出力調整を注意すること。降霊によって幽霊が生前持っていた定義魔法をあたしは使うことはできるけれど、初めて使う魔法だから当然出力調整や使い方に慣れているはずがない。だから使う時には出力を出しすぎて周りに大きな被害を与える可能性がある。
「私の時間遡行魔法はまだ生きてる人のいない終末世界で使ったからマシだったものの、半径数キロメートルを巻き込むような台魔法になっちゃってたんですからね。あのままこの時代で使ったら大惨事です。1つ1つが世界を滅ぼしうるポテンシャルを秘めてることを自覚してください。そうじゃないと魔王が世界を滅ぼす前にレイナさんが世界の破壊者になっちゃいます」
「……まったくもって笑えない」
そして2つ目は降霊魔法には使用制限があること。
「降霊魔法は確かに強力な魔法で【霊域侵犯】を陸冥卿と渡り合えるほどの魔法に押し上げている能力ですが、それと同時に、術者にとって宿した幽霊に体の主導権を乗っ取られる『人格汚染』のリスクを孕んでるんです」
人格汚染。その穏やかなじゃない言葉に前身の毛がよだつ。
「【降霊】を使い慣れてくればある程度耐性はつくんでしょうけど、今のレイナさまはまだまだ定義魔法に目覚めたばかりの赤ちゃんみたいなものです。レイナさまの体を乗っ取ろうとする悪意のある幽霊を降霊させちゃったら一発でレイナさまの人格は消滅し、体の主導権を奪われかねません。そんな気がさらさらない私を最初に降霊させた時だって、私にかなり意識を持っていかれかけてたでしょう?」
「確かに……」
ミモザを【降霊】させてこの時代にやってきた時。確かにあたしは体の主導権を手放し、途中からミモザが勝手に詠唱してた気がする。
「私みたいなレイナさまの力になりたいと思っている好意的な幽霊でも、人格汚染されずに使えるのはせいぜいあと2回が限度でしょうね。その他にも強力な定義魔法を持っていてこの時代に一緒にやってきちゃった幽霊の召喚コードは幾つか知ってますけど……彼女らを降霊させるのは今のレイナさまにとってはまだ危険でしょう。この時代でやり残したことのある彼女らは自由に動かせる体なんて喉から手が出るほど欲しいでしょうから。ヒフミは……いや、あいつもダメですね」
「そう思うと魔王や陸冥卿と渡り合える力と言いながらも割と使い勝手は良くないんだね」
「そうですね。だから【降霊】を使うのはなるべく最後の手段にしてください。レイナさまは一般の人に比べて魔力が多い方なんですからちゃんと工夫すれば一般魔法でもそこそこ戦えるはずなので」
それから攻撃に使える一般魔法についてもミモザは軽く教えてくれた。
そして翌日の夜明け前。昇りかけた日の光がステンドグラスから差し込み、ひっそりとした礼拝堂が微かに照らされる、そんな朝早い時間。
「この時間からもう起きてるんだね、ミモザ」
一人お祈りをしていた、この時代のミモザに声をかける。彼女はいつものように白のシスター服に身を包んでいた。ミモザはこんな時間にいきなり話しかけられて驚いたのか、ぴくっと体を震わせてからあたしの方を振り向いてくる。
「レイナさんこそ、もう起きてたんですよね。……笑っちゃいますよね。神様に中途半端に愛されたせいで罪に手を染めさせられたり殺されかけたりして神様なんて幾ら祈ったところで助けてくれないなんて知っているつもりなのに……物心つく前の習慣が抜けなくて、どうにもならないことがあると神前で手を組んで祈っちゃうんです。何とかしてください、って」
「どうにもならないことって、ママのこと?」
「はい……」
「そっか、ママのために祈ってくれてるんだ。すっごく嬉しいし、すっごくミモザらしくて素敵だと思う!」
あたしの言葉に一瞬だけミモザの頬はほんのりと朱がさす。
「……似たようなこと、リコッタさまも言ってくれました。あなた達親子はほんと、女の子を惑わせるようなことばかり言いますね。そんな優しい言葉をかけてもらう権利なんて、咎人の私にはないのに、気を抜いたら勘違いしちゃいそう」
??? ミモザが言ってることがよくわからないんだけど。ま、まあいいか。
「――やっぱり、ミモザもママのことを救いたい、って思ってくれてるんだね。じゃあ、一つあたしに協力してくれないかな。あたし、これからちょっと毒牙の陸冥卿を倒しに行ってくるんだけど、ミモザも一緒に来てくれないかな」
あたしのその申し出にミモザの表情が強張る。
「レイナさん、それ、本気で言ってますか? 昨日も言いましたよね。陸冥卿は私なんかじゃ勝てる相手じゃないって」
「でも! 毒牙の陸冥卿を倒さない限り、ママと、そしてあたしは未来へと進めない」
「簡単に言ってくれますけど、レイナさんは未来からやって来て陸冥卿の無茶苦茶ぶりを知らないからそんなことが言え」
「知ってるよ、こんな平和な世界に生きるみんなよりも、ずっとずっと!」
つい感情が高ぶって大きな声が出ちゃう。あたしの剣幕にひるんだかのようにミモザは口を噤む。
「陸冥卿、そして魔王がどれだけめちゃくちゃな力を持っていたかなんて、滅ぼされた後の世界しか知らなかったあたしは痛いほど知ってるよ。太陽は寿命を削られて地球はその恵みを受けられなくなって、世界全土が雪と氷に閉ざされて作物は育たなくなる。建物は破壊しつくされて窓ガラスが割れてなかったり上の階が丸々消え去った不完全な建物しか見たことない。かつての海や湖は干上がってる。逆にミモザは、そんな陸冥卿の、魔王の定義魔法によってめちゃくちゃにされた世界を知ってる?」
「……」
あたしの問いかけにミモザは言葉を失ってる。
「だから、そんな相手と戦うのなんて怖いに決まってるよ。陸冥卿の前に立っただけであたしの命なんて紙切れみたいに簡単に吹き飛んじゃうかもしれない。だから、ミモザが怖いならば無理に来てほしいなんて言えないよ。ミモザを巻き添えにして殺したいわけじゃないから。でも」
そこであたしはいったん言葉を区切り、深く深呼吸して言う。
「あたしは一人でも行くよ? 自分の命を危険にさらしたとしても、護りたい人がいるの。その人がいないとこの世界はモノクロになって、生きていく意味がなくなっちゃうって思うくらい大切に思っている人がいるの。それに陸冥卿を倒してママの病気を治さなくちゃ、いつまでも自分を責め続けて先に進むことのできないかわいい子猫ちゃんだっていることだしね。ほんとは全然悪くないのに。だから――もしあたしに何かがあったら、ママにはうまく言っといてね」
それだけ言ってあたしは踵を返して一人で礼拝堂を出ていこうとした、その時。
「ひ、一人でそんないい恰好なんてしないでください!」
いきなり背中にミモザの大声を受けて、あたしは足を止める。もう一度振り返ると。そこには強い意志を感じさせる光を両目にたたえた、凛としたミモザの姿があった。
「私達3人の中で一番責任があるのは私です。なのにレイナさんはこんな私さえも救うために勝てるはずもない相手に挑もうとしてくれてる。そんなの、ずる過ぎるじゃないですか。一人で行かせられるわけないじゃないですか。私、これでも元、教会最高戦力の一角だったんですよ? 陸冥卿には及ばないかもしれないですけど……必ずレイナさまの役に立って見せます。だから……私も一緒に行かせてください。一緒に行って、罪を償わせてください」
「ミモザ……」
その時。朝日がステンドグラスから差し込みミモザの全身を照らす。その凛とした姿はまさに、昔話に出てきた常に正しくある白聖女様そのものだった。
「ありがとう。ミモザがいてくれるとすっごく心強い」
そして。
「ま、待って!」
勢いよく大聖堂の扉が開いて。息を切らしながら飛び込んできた少女はママだった。
「な、何わたし抜きで話を進めてるの? ロクに魔法が使えないわたしが付いていったところでお荷物になるだけかもしれないけど……自分のためにレイナちゃんとミモザちゃんが体を張ってくれるって言うなら、わたしも一人で寝てられるわけないじゃん。わたしに何ができるかなんてわからないよ? でも! わたしも連れて行ってよ」
「ママ……」
ママのその言葉に、あたしの体の奥から熱いものがこみ上げてくる。
「わかった。じゃあ、あたし達3人であたし達の人生を滅茶苦茶にしてくれちゃった毒牙の陸冥卿をやっつけよう! やっつけて、理不尽な運命なんて吹き飛ばしてやろう、ね」
あたしのウインクに2人は頷いてくれる。
こうして。あたし達3人はこの時代最強の魔術師の1人、毒牙の陸冥卿に挑むことになったのでした。




