第20話 霊域侵犯に秘められし力(レイナ視点)
投稿遅れてすみません。土曜日分です。
あたし達が時間遡行してくる前の歴史――いわば『オリジナルの歴史』でも、ママとミモザは会っていた。ミモザがママの亡き後、血の繋がりもないあたしのことを育てて、幽霊になってまであたしのことを見守ってくれたのは偏に死ぬ前のママと面識があったから。でも、そんな2人が出会った過程はあたしが介入した今回とは微妙に違った。
オリジナルの歴史では王城でのパーティーの時、当然だけどあたしは未来からやって来てママを連れ出したりなんてしなかった。身に覚えのない罪を背負わされたママは孤立無援のままじっとパーティーを耐え、やっと苦痛でしかなくなったパーティーが終わったと思ってお屋敷に帰った瞬間。両親から王太子に婚約破棄された『要らない子』として屋敷の門をくぐることも許されずに着の身着のままで家を追い出された。
信じていた人に裏切られただけじゃなくて婚約者も帰る家も、居場所さえもなくしたママは行く宛てもなく王都を彷徨った。唯一の生きる希望を失い、自分の命すらどうでもよくなったママがぶり返してきた毒牙の陸冥卿の【呪詛】で倒れた場所。それは何の因果か、時を同じくして教会を逃げ出してきたミモザが隠れ潜む、放棄された教会の跡地だった。
ミモザがママに会った時、ミモザはすぐに自分がママにしてしまった罪に気づいた。ミモザはママに罵倒して、罰してもらいたかったんだという。自分の罪を糾弾してしかるべき罰を受けないと許されない気がしたから。
でも、ミモザに会った時のママは自分が全てを失うことに加担したミモザに怒りをぶつけたりなんてしなかった。それはママが天使みたいな性格をしていたからじゃない。あまりに深く傷ついて精神が摩耗しちゃって、恨みとかそういう感情が湧いてこなくなっちゃってただけ。当時のママは自分の命すらもどうでもよくなっちゃってた、辛うじて生きる屍も同然だった。
ここでミモザが望むようにママがミモザに怒りを真正面からぶつけて、ママから罰を与えられたらもっと違う未来もあったのかもしれない。けれど結果はそうじゃなかった。だからこそミモザのママに対する罪悪感はずっと残り続け、ミモザはママに対する『贖罪』として永遠にママに尽くし続けた。そんなこと、ママは望んでないのに。そして望んでいないのに尽くし続けたところで、永遠に罪なんて贖えないのに。
そして、そんなミモザのことをママは突き放すこともなかった。そのせいでママとミモザの不健全な関係は2人が死ぬまで続いた。
そしてそんな2人が全ての元凶である毒牙の陸冥卿に挑んだのも生き延びたいとか、そんなポジティブな理由からじゃなかった。むしろ、死に場所を求めていたママ達は一思いに毒牙の陸冥卿にさっさと自分たちの命に終止符を打ってほしかったのかもしれない。こんな世界に生きていたところでいいことなんて何一つないから。
しかし、自殺願望者の二人の少女は、結果として世界最強の魔術師の1人である陸冥卿を死に追いやって、二人は生きながらえてしまった。特にママは陸冥卿にかけられてた呪詛が解除されるという嬉しくないおまけつきで。
肉体を蝕む病魔は消えても、心に深く刻まれた傷は消えることなんてない。ママも、そしてママに対して罪悪感を抱くミモザも、毒牙の陸冥卿を殺したことで気持ちが晴れることなんてなかった。
そしてその後も、全てを失って世界に絶望しきった2人は単に似た者同士として寄り添いながら、なんの目的もなくどうしようもない世界を生き延びることになった。時々、死に場所を探して陸冥卿に喧嘩を売りつつ。
「2人が命がけでなんとか毒牙の陸冥卿とやりあえた、ってことはわかったよ。でも、あたしの定義魔法が陸冥卿を倒すことには結びつかないんだけど。あたしの魔法、ただ幽霊さんとお話しできるだけだよ?」
「いいえ」
あたしの言葉をミモザはきっぱりと否定してくる。
「例の存在を認知し、コミュニケーションをとる、それは【霊域侵犯】の第一段階にすぎません。レイナさまの定義魔法の真骨頂は全ての霊を支配し、霊の生前持っていた魔法技能・知識・身体能力を自身の身に宿して行使する【降霊】の力なんです」
【降霊】。一度だけ聞き覚えのある言葉にあたしはごくり、とつばを飲み込む。
「なんでレイナさまの定義魔法で時間遡行ができたかレイナさまは疑問に思ってましたよね? それも、正確に言えばレイナさまだけの能力じゃないんです。私の定義魔法は、最盛期には世界単位の時間の巻き戻しや早戻しすら可能にするほどの時間と空間を掌握する【時空】の力でした。そんな私のことをレイナさまはその身に【降霊】させて、私の定義魔法を自由自在に使ったんです」
「……」
「つまり、レイナさまは使おうと思えば最盛期の私の【時空】の力を行使できるんです。それは25年前に毒牙の陸冥卿を倒した時の私が使えた【時空】の力の一端なんて比べ物にならないくらい強力な。そしてレイナさまは私だけじゃなくて、その他の世界最強クラスの――もっというと現代の陸冥卿なんて軽く凌駕してしまえる――魔術師の力も呼び出して、一人で世界改変レベルの定義魔法を幾つも使うことができるんです」
そこであたしははじめて自分が定義魔法を使えるようになって幽霊になっちゃったミモザの声を聴けるようになった時のことを思い出す。思い返せばその時から確かにミモザは言ってたんだ。あたしに宿った定義魔法は世界さえも救える力だ、って。
「……なんでこれまで教えてくれなかったの?」
ちょっと恨みがましく言うあたし。そんなあたしに、ミモザは遠い在りし日を見るように目を細める。
「理論上1つでも世界を滅ぼせる定義魔法を1人で幾つも使えるなんて、そんなのまるでレイナさまが魔王みたいじゃないですか。そんな真相、定義魔法に覚醒したばかりで力に溺れることをあんなに恐れてたレイナさまに言えるわけないじゃないですか」
そこまで言われてあたしはようやく気付いた。
そっか、ミモザはあたしに気を遣って、あたしに真実を伏せてくれてたんだ。あたしが無駄に自分の力を畏れないで済むように。
「それに――私は本当に、レイナさまに魔王だとか陸冥卿だとか、そんな大事に関わってほしくなかったんです。生まれてきた時期が悪かった分できなかった、フツーの女の子として幸せな生活を送ってほしかった。そんな女の子に、魔王さえ打倒せる魔法なんて知識はいりません。
――まあ結局、誰かが『魔王』を倒さなければこの世界はレイナさまがいるまま、あと8年もすれば滅んでしまうのですが……。そうだとしても、その限られた時間だったとしても、レイナさまにはレイナさまがあんなに渇望してた、『普通の女の子らしい』人との触れ合いをさせてあげたかった。なのに――結局私は、レイナさまのごく平凡な願いを叶えてあげることすらできない」
悔しそうに下唇を噛むミモザ。そんなミモザのことが見てられなくて、あたしはつい
「そんなことないよ」
と言ってしまう。あたしのその言葉に俯きかけていたミモザははっと顔を上げる。
「ミモザが何も叶えてくれなかったなんて、あたしはそんなこと思わないよ。確かにミモザがあたしを育ててくれて、あたしに優しくしてくれるのはママに対する負い目からだったのかもしれない。でも、ミモザはあたしに生き抜くすべを教えてくれたじゃん。幽霊になってまであたしのことを心配してくれたじゃん。そしてこの時代にやってくるときだって、今だって、あたしが悩んでいる時は進むべき道を照らしてくれたじゃん。あたしはもう十分すぎるほどミモザからもらってるんだよ。
だから――魔王だとか陸冥卿だとかに関わるかどうかを決めるのは、他ならないあたし自身が決める問題。それには、ミモザにだって口出しなんてさせてあげないんだから」
ぽかんとした表情になるミモザ。暫くして。なにがおかしかったのかミモザはぷっと吹き出す。
「ほんと、レイナさまは強引で我が儘ですね」
そんなミモザに対してあたしはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「うん、そうかも。でもあたしがこんな子に育っちゃったのって、ミモザのせいなんだからね」
「それはあまりにも理不尽!」
「でも」
そこであたしは一呼吸おいて、改めてまっすぐミモザのことを見つめる。
「ミモザのおかげかな。あたしは自分の定義魔法をもう怖がったりしないで使える気がする。この力でママの、そして引いてはあたしの理不尽な人生をぶっ壊せるならぶっ壊してやる。だからミモザも最後まで見守ってて。どこまでも諦めが悪く育っちゃったあたしのことを」




