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第2話 病弱令嬢の婚約破棄 そのに

 婚約破棄パート後編です。

 アノンちゃんの思いがけない告白にわたしは下唇を噛む。


 アノンちゃんの――いや、お父様の言ってることは、貴族としてはきっと正しい。


 「世継ぎを生む」という貴族の女としての最大の役割は、わたしの病弱な身体じゃ、きっと果たせない。命と引き換えに子供を一人生めたら軌跡。身籠ったとしても十中八九、親子ともども死ぬことになるだろう。


 そんな役割が果たせないわたしは、公爵家にとってお荷物なのもわかる。実際、1年のうち普通に生活しているよりもベッドの上で療養する日の方が多いわたしに、もう何年も前からお父様が嘆息していたのには気づいてた。家族も、使用人も、貴族令嬢としての役目をまともに果たせないわたしのことを、みんな腫物のように思っているんだろうな、というのは肌で感じてわかってた。でも!


 ――そう思ってるのはお父様だけだよね? アノンちゃん自身は、本当はこんなことしたくなかったんだよね……?


 そう信じたかった。家族も使用人も病弱で先の長くないわたしを見捨てても、アノンちゃんだけは最後まで病気で苦しむわたしの傍に最後までいてくれたから。そんなアノンちゃんがわたしにとっての生きる希望で、意味だったから。なのに。


 祈るようなわたしの言葉に対するアノンちゃんの答えはあまりにも残酷だった。


 わたしにだけ見えるように勝ち誇ったような笑み。それは、わたしの知らない、アノンちゃんの『女』の顔だった。


 ――冗談でしょ。あたし、最初からお姉様のことが目障りだったの。殆ど病床から出られなくて、自分のことすら1人でマトモにできない、手のかかりまくる上に貴族令嬢としての勤めも果たせないポンコツ。なのに、ただ「公爵家の長女」って言う理由だけで第一王子の婚約者になるなんて、ズルすぎでしょ。王太子妃なんて、女の子なら誰だって憧れるのに。あたしだって小さいころから憧れだったんだよ? それが、ほんの少し遅く生まれてきたって理由だけでお姉さまなんかに負けるなんて、本当は許せるわけがないじゃん。


 十数年間で初めて聞いた、アノンちゃんがずっと隠していた本音。それを聞いた瞬間、わたしの頭の中が真っ白になる。


 ――誰よりも近くにいたつもりだったのにわたし、アノンちゃんのことを全然知らなかったんだ。


 絶望がゆっくりとわたしの心をどす黒く塗りつぶし、真っ黒になって脆くなった心が、音もたてずに砕け散っていく。



 それからアノンちゃんが語ったことはまさに地獄だった。


 お父様から命じられたその日から、アノンちゃんは喜んでわたしのネガキャンを始めたこと。


 わたしが病床から立てないのをいいことに学園やお屋敷で根も葉もないわたしの噂を流し、おまけに「屋敷で自分がわたしから虐められている」とリーフフェルト様に泣きついたこと。


 そしてわたしに一切の不審を抱かせないために、家では「優しい妹」を演じ続けたこと……。



 ――リーフフェルトさまも結局、お姉様の整った顔しか愛してなかった。その点、お姉様に髪色以外はそっくりなあたしがリーフフェルトさまに取り入るのは簡単だったわ。容姿がそっくりなあたしだったら、お姉さまの代わり――いや、それ以上のことが務められる。要するにリーフフェルトさまも含めて、お姉様のことを愛してくれる人なんて、最初から、どこにもいなかったのよ。


 わたしを愛してくれる人なんて、最初から誰もいなかったんだ。婚約相手であるリーフフェルトさまも、そして誰よりも信じていた妹のアノンちゃんも。


 そう自覚しちゃうと、遂にこらえきれなくなって、大粒の涙が両瞼から零れ落ちる。みんなが見てる、こんなところで公爵令嬢が泣きじゃくるなんてみっともない。そんな、「公爵令嬢」としての最後のプライドなんてすぐに流れ去っちゃった。


 そんなみっともなく顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら嗚咽を漏らすわたしのことをもう見ようともせず、リーフフェルトさまは会場全体に厳かに宣言する。


「本日お集りの皆さん! ぼく、ミラドルチェ王国第一王太子・リーフフェルト=フォン=ミラドルチェは今この瞬間をもってパトラリカ公爵家第一令嬢・リコッタ=エン=パトラリカとの婚約を破棄し、代わりに、この哀れなパトラリカ公爵家第二令嬢・アノン=エン=パトラリカ嬢との婚約を宣言します!」


 その瞬間。会場中にリーフフェルト王太子への拍手喝采と根も葉もないうわさを基にしたわたしに対する罵倒と飲み物の入ったグラスやらが投げつけられる。仲睦まじく見つめあい、皆から祝福される王太子とアノンちゃん。それに対して他の貴族から投げつけられたジュースまみれになっていくわたし。


 ぶっかけられたジュースやお酒は、今日という日のために新調した純白のドレスに大きな染みを作り、それはわたしの心に広がる絶望と重ね合わさるように、どんどんと広がっていった。


 ――これがいわゆる、「婚約破棄」ってやつ、だね。


 涙で霞んだ目で天井のシャンデリアを見上げる。その光はパーティーなんて久しぶりだったからか、いつもより眩しく見えた。周囲の祝福の言葉も、呪詛の言葉も、もうよく聞こえない……。と、その時。




「うわぁぁぁぁぁっ!」


 女の子の悲鳴が真上から聞こえてきたかと思うと。


 鈍い音を立てて女の子が降ってくる。そんな痛そうな彼女の着地に、わたしはアノンちゃんに裏切られた絶望も一瞬忘れて泣き止んじゃう。


「いっつぅ……」


「あの、だ、大丈夫?」


 そう言って痛そうに腰をさする彼女と目が合った瞬間。わたしはつい息を飲んじゃう。銀髪のロングヘアに檸檬色の瞳。その容姿はまるで……。


「アノンちゃんが、もう一人いる?」


 思わずそう呟いちゃうわたし。でも、空から降ってきたアノンちゃんにそっくりの少女は何を思ったのかわたしの顔を見た瞬間に右手に握りしめていたロケットに一瞬視線を落とし、そして。


「ママ、だよね。こんなに早く会えると思ってなかったけど……どうやらあたし、すっごくついてるみたいだね!」


 そう言ってはにかみかけてくる目の前の銀髪少女の言葉にわたしはきょとん、としちゃう。


「ママ? わたしが? お姉ちゃんじゃなくて?」


 ふざけてるのでない限り、ほぼ同い年の少女におよそ言われることがないはずの呼び名。


 でも、目の前のアノンちゃんに酷似した少女はもう一度きっぱりと言い切る。


「そう、あたしは25年後の終末世界からママに一目会うためにやってきた、ママの娘なの。だから」


 そう言って目の前の銀髪少女は立ち上がり、床に崩れ落ちたあたしに小さな手を差し出してくる。


 そんな彼女の姿が、幼少の時に病床で臥せっていたあたしに手を差し伸べてくれた小さくてかわいい王子様アノンちゃんの姿に重なる。


 ――呼び名なんてどうでもいっか。だってこの美少女は、きっとわたしにとっての、本物の王子様(アノンちゃん)だもん。


「一緒に来て。ママには、話したいことがいっぱいあるの」


「……うんっ!」


 わたしが彼女の手を取ると。


術式二重定立(デュアライズ)_【天井爆散(エクスプロージョン)】/【浮遊(エアジェット)】】


 彼女は何の迷いもなくパーティー会場の天井を爆破し、開けた夜空に向かってわたしのことをお姫様抱っこしたままふわり、と浮かび上がる。


 そんなわたし達のことをリーフフェルトさまも、アノンちゃんも、会場にいるみんなはぽかんとして見上げている。そんなみんなの顔は彼女が高度を上げるたびに段々と小さくなる。


 ――この子には貴族も、王族も、婚約破棄も、女の子同士も関係ないのかも。何物にもとらわれない、全ての制度を吹っ飛ばしちゃう強さを持った、わたしの大好きだった王子様。


 そう思うと自然と笑みが零れちゃう。そんなわたしを見て横顔が月光に照らされた銀髪の少女は微笑み返してくれる。


 ――笑った顔も綺麗で、可愛いな。


 そんな彼女の美貌にうっとりとしていると。



「……で、これからあたし達、どこに行ったら行けばいい?」


 きょとん、と首を傾げる銀髪美少女にわたしは我に返る。


「……えっ? あなたは、こっぴどく婚約破棄されたわたしのことをどこかに救い出してくれる王子様じゃないの?」


「そんなの知らないよ。さっきも言ったけどあたし、この時代に来たばっかりなんだよ? ミモザにママのことを探せ、って言われただけで」


「???」


 ダメ、理解が全然追いつかない。


「あ、因みにあたし、浮遊魔法ってあんまり練習したことがないんだ。だからあと50秒もしたらこの魔法は解けまーす」


「ええええええ! ととと、とにかく地上! 王城の敷地外の地上に降り立って! それからどこに行くかはわたしが考えるから!」


 今日はよく空気が澄んでるみたい。


 わたしの悲痛な声が夜空によく響き渡った。


 と、いうことで婚約破棄パートでした。次話では突然空から降ってきた女の子サイドのお話になります。こちらも本日中に1話は上げられればと思ってます。


 もしこのお話が少しでも面白ければ↓の☆評価やいいね、ブクマや感想などで教えていただけると励みになります。ではでは~。

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