第19話 行動指針
ママの寿命という衝撃の事実が発覚してあたしが我を忘れて暴走しちゃった後。
ミモザを殺しかけたことについてママはすごい剣幕であたしのことを叱った。終末世界でミモザに叱られたことなんて一度もなかったから、誰かから叱られるなんて初めてだった。だから不謹慎にも叱るほどあたしのことを思ってくれてるママのことを嬉しく思うと同時に、ママに叱ってもらえるのもこれが最初で最後なのかな、なんて思うと少し物悲しさも感じちゃった。
それからこの時代のミモザとも仲直りしてからの数日間。あたしとミモザは協力して、あと少ししか時間の残されていないママがやりたいことを少しでもやり遂げてから旅立てるようにママとの時間を大切に過ごした。
もうすぐ死んじゃうママの唯一の心残り。それはこの時代に来て間もない、自称『ママの娘』であるあたしを一人残して死んじゃうこと。だからママは何よりもあたしと一緒に過ごして、あたしにこの時代のことを教えることを何よりも大事にしてくれた。何度あたしが『もっと自分のことを考えてよ!』って言っても、そこだけはどうしても譲ってくれなかった。
「今のわたしにとっては何よりもレイナちゃんが大切なの。レイナちゃんは絶望しかけたわたしを救い出してくれた、本物の王子様だから。わたしが好きでやってることだから気にしないで」
そこまで言われちゃうとあたしからはもう何も言えなかった。
ママの寿命の話を聞いてから三日が経った日の夜。いくら精霊系魔法で一時的な【奇跡】を起こしたとは言えタイムリミットが迫ってきているのか、ママは少しずつだけど目に見えて衰弱してきていた。そんなママを見るに堪えなくて、あたしはママが寝静まった後にミモザの部屋に突撃しちゃった。
「ねぇ。ママの病気って、ほんとに聖職者の魔法で何とかできないの?」
「できたらとっくにやってます。でも……相手は世界最強の魔術師である陸冥卿、しかも呪いやウイルスについてはとりわけ最高峰の能力を持つ毒牙の陸冥卿の呪詛ですよ。定義魔法すら持たない私が何とかなるような次元の話じゃないんです……」
「じゃあ元凶の毒牙の陸冥卿を真正面から倒すことはできないの? 術者が死んだら呪詛系の魔法は解除されるし、元とはいえ教会最高戦力と言われる『大聖女』だったら、世界を滅ぼしうるポテンシャルを持つ陸冥卿だって殺せるんじゃ……」
「か、簡単に言わないでください! 陸冥卿は教会の大聖女や各国騎士団・宮廷魔術師と言ったこの世界の戦闘用魔法の最高実力者よりも更に一段上の、文字通りの世界最強の6人の魔術師なんですよ? そんな相手、全世界の教会が一丸となったって敵うわけありません。私だって! リコッタさんのことを救えるなら救いたいですよ……」
そう言うミモザは、心の底から自分のしてしまったことを後悔しているように見えた。
「そっか、そうだよね。ごめんね、深夜にこんなこと聞いちゃって。――今の話はナシナシ! あたし達は最後まであたし達のやるべきことをしよ。そして、少しでもママが安らかに逝けるようにしてあげようよ」
無理に明るい声を出して言うあたし。そうでもしないと涙が零れ落ちちゃいそうだった。
そして失意のまま自室へ戻ってくるなり。あたしは何もできない自分へのやるせなさに苛まれて、すぐにベッドにダイブしちゃう。
「レイナさま。まだ起きてますか?」
ぼんやりとしかかった頭の中にミモザの声が響く。
――またミモザの幻聴?
そう思いながらもあたしがごろんと体を転がして声のした方を見た瞬間。あたしはあまりの衝撃に思わず叫んじゃう。
「み、ミモザ! なんでここに……」
そう、そこにはミモザーーそれもこの時代のミモザじゃなくって、あたしのよく知っている未来のミモザがいた。少し体が透けて見えるところから、今のミモザはこの時代にあたしを導いた時と同じように幽霊みたい。
「なんでって……あれだけ大規模な時空転移を自分で発生させておきながら言わないでくださいよ。あの時空転移でこの時代にやってきたのはレイナさまだけじゃなかったってことです。それ以外にも私や、私の知り合いの幽霊も何人もこの時代に来てるんです」
「そうだったんだ、知らなかった……。でも! ミモザもこの時代に来てるならなんで話しかけてくれなかったの?」
久しぶりに育ての親に再会できたことであたしの気持ちはちょっと紛れる。
「だってレイナさまがリコッタさまとよろしくやってるところに私が顔を出したりなんてしたら、絶対にお2人の邪魔をしてしまうでしょう。だからなるべく私は、この時代にやって来てからはレイナさまになるべく干渉せずに見守ることに決めたんです。レイナさまのことが気がかりでいまだに成仏できないながらも、既に死んでいて、しかも未来のことを大体把握している私が干渉するのはレイナさまのためにならないでしょうから」
「うぐっ、確かに……」
ミモザの正論にあたしは何も言い返せない……。
「で、でも! じゃあなんで今更になってあたしに話しかけてくれたの? なるべく不干渉を貫いていたミモザが直接あたしに語り掛けてくれるってことは、それをしなくちゃいけないほどのイレギュラーが起きたってことだよね」
あたしの疑問にミモザは神妙な表情で頷く。
「その通りです。このまま時代が進むと世界は私達が辿りついた未来とは違ったバッドエンド、もっというと私達が辿り着いた以上に最悪な結末になる可能性があります。それはさすがに回避しなくてはいけない。その一心でいま、レイナさまに直接干渉してます。と、その前に」
そこでミモザは一呼吸置く。
「レイナさまは今現在予想されている未来の展開とご自身の間で矛盾が生じていると思いませんか?」
「えっ、それってどういう……あ」
そこまで言われて気づいた。逆にそこまで言われるまで気づかなかった。
今の状況だとこのままいくとママはあと1週間ちょっとで死んじゃう。でもそれは根本的におかしかったんだ。だってそうだとしたら、ママはあたしを産む前に命を落とすことになる。つまり、今この時点で|あたしが存在していること《、、、、、、、、、、、、》自体がありえないことになる。
「……ってことは、あたし達がやってきた元の時代の歴史では、ママは毒牙の陸冥卿の呪詛を克服したってこと?」
「ええ。元々の歴史で私とリコッタさまは命を投げ捨てる覚悟で毒牙の陸冥卿に挑み、多大な犠牲を払いながらも毒牙の陸冥卿を打倒すことに成功しました。そしてその時にリコッタさまは呪詛から解放され、リコッタさまが最終的に亡くなられたのは今から10年後。魔王によって世界が滅ぼされ、レイナさまを出産した後のことです」
「って、ことは毒牙の陸冥卿を倒すことは不可能じゃないの?」
あたしの言葉にミモザは頷く。
「多大な犠牲を払ったとはいえ、私とリコッタ様だけでも倒せたんです。しかもレイナさまには【霊域侵犯】もある。理論上は不可能ではないはずです。本当は私としてはレイナさまにはそんな危険なことをさせたくなかった。レイナさまにはせっかく辿り着いた魔王に滅ぼされる前の世界で、限られた時間を平穏に暮らしてほしかったのですが……そもそも毒牙の陸冥卿を乗り越えないと、レイナさまは生まれてくることすらままならないんですよね。これは完全に私の落ち度です」
苦渋に顔を歪めるミモザ。そんなミモザにあたしは
「違うよ!」
ときっぱりと言う。
「ミモザは悪くないよ。それに、毒牙の陸冥卿を倒せない、なんて決めつけちゃってたあたしなんてそもそもあたしらしくなかったよね。足掻きもせずに諦めちゃうなんて、1%もない希望に縋り続けてここまで人類最後の生き残りとして生きてきて、時代まで超えちゃったあたしらしくなかった。だから毒牙の陸冥卿との戦いは、ミモザに言われるまでもなくあたしが自分の意志で決めなくちゃいけないことだったんだよ。だから――もし知ってるなら教えて。毒牙の陸冥卿の攻略方法を」
「レイナさま――そうですね、レイナさまはそういう人でしたね」
少しだけ目を潤ませるミモザ。それから。
ミモザは昔話を始めた。




