第18話 喧嘩(レイナ視点)
ある意味レイナという女の子がその特殊な境遇からどんな女の子に育ったのか、というのがわかる回になってたらいいな、と思います。
日が沈み切った後。事前に打ち合わせでもしていたのか、ミモザはちょうどいいタイミングで空間転移魔法であたしとママのことを迎えに来てくれた。そんなミモザの空間転移魔法で教会に戻ってきてからも。あたしとママは今日あったことについて色々話していた。話すことのネタが尽きないくらい、今日という日は新鮮なことの連続で、楽しかった。
と、そんな中。
「でも喜んでもらえたようでよかったよ。あと十数日しか時間が残されてないわたしでも、少しでもレイナちゃんに何かしてあげられた、ってことだろうから」
しみじみとした口ぶりで言うママの言葉に、すぅっと全身から熱が引いていく。
「あと十数日しか時間が残されてないって……ママ、それってどういうこと?」
驚きとかを通り越して自分でも信じられないくらいの低い声が出る。その瞬間、ママは「やっちゃった……」とでもいいそうな表情になる。それでもうほぼ答えを言っているようなものだった。
考えてみれば今日だけでも不可解なママの言動は幾つもあった。あたしの服だけ買ってママは服を買おうとしなかったり、数か月後の話をした時、妙に歯切れが悪かったり。
「あっ、えっと、これは違くてね」
「誤魔化さないで!」
あたしの剣幕にママはしゅんとする。それから。観念したようにママはあたしに全てを話してくれた。
ミモザはほんのちょっと前まで大聖女と呼ばれる、世界最強の聖職者の一人だったこと。
ママは生まれて間もなく、毒牙の陸冥卿の呪詛を受けたこと。
そしてただでさえ僅かなママの命をミモザは、教会にはめられたとはいえ、近畿の魔法によって奪ってしまったこと。
ママはあと2週間もせずに衰弱死してしまうこと。
そして、そんなママに申し訳なさを感じていたミモザはママの唯一の人生の心残り――娘であるあたしにこの世界で楽しい経験をたくさんして、この時代の素敵なものをたくさん知ってもらうこと――に時間が緩く限り全面的に協力するように約束してくれたこと。
「要するにミモザが……あの女がママの未来を奪ったってことだよね?」
話を一通り聞き終えた後。あたしは怒りで拳を震わせちゃう。
許せなかった。許せるはずがなかった。だってあたしはこれまで必死に生き延びてようやくこの時代に辿り着き、ママに出会えたんだ。そんなママは、見た目同年代の女の子のことを「ママ」呼ばわりする、自分で言うのもアレだけど電波女でしかなかったあたしのことをすぐに受けれてくれた。
そしてママは母親の愛情を知らないあたしに対して、精いっぱい『ママ』になろうとしてくれた。それだけじゃない。この世界のことをなんにも知らなかったあたしに、この世界にはいろいろな素敵なもの・素晴らしいものがあることを教えてくれた。
そんなママと一緒に過ごした時間はまだたった数日間だけで、あたしはママのことなんてほんとは何も知らないのかもしれない。でも、時間とかどれだけ彼女のことを知ってるかなんて関係なかった。ママと過ごした時間はそれだけ濃密で、鮮やかに色づいていた。そんな中であたしはママのことをママ以上として――女の子として意識するようになっちゃっていた。
たとえママの『彼女』にはなれなくともママの傍にいつまでもいたい。誰よりも近くでママの笑顔を護りたい。それが、あたしの今この時代で一番したいこと。なのに、ママがもうすぐ死んじゃうなんて……そんなこと、どうやっても許せるはずがない。
「ミモザのこと、一発ぶん殴ってくる。さすがにそうでもしないと気が済まない」
氷のように冷たいあたしの声音。それに本能的な危機感を抱いたのが、ママは
「違うの! ミモザちゃんは元々呪われてたわたしの寿命をほんのちょっと削るかわりに最後の最後に元気に過ごす時間をくれた恩人みたいなものなの」
必死であたしのことを止めようとしてくる。でも、そんなママの言葉ですら今のあたしには届かない。
「……どっちにしろ同罪だよ」
吐き捨てるように言って、あたしはママを置いてママを苦しめた罪人を探しに廊下へと飛び出した。
小さな教会だから、あたしが人殺しーーミモザを見つけるのは早かった。
「あっ、レイナさん。リコッタさんとのデートは楽しめましたか?」
【術式定立_氷結_対象選択_"PGP"_再現開始】
ミモザが視界に入った瞬間、あたしは問答無用で一般魔法である凍結魔法を発動させる。
突然のあたしからの殺意のこもった襲撃にミモザは当然だけど驚いたようにはっとする。でも、驚きながらも彼女は咄嗟に発動した人工的に太陽を発生させる精霊系魔法? であたしの氷結魔法を免れる。
「ちっ」
「ちょ、ちょっとレイナさん。いきなりどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない! あなたがママにどんなに酷いことをしたのかネタは上がってるんだから。ママは優しくて物分かりがいいから自分がどんなに酷い目に遭わされてもその運命を受け入れちゃう。でも、そんなのかわいそうだよ。そんな心優しい人だからって、みんなで寄って集ってママを虐めていい理由になんてならない。少なくともあたしは……そんな理不尽をそのまま受け入れてあげられるほど、ものわかりがよくない!」
一般魔法で追撃しながらあたしは叫ぶ。戦闘経験なんてないあたしの攻撃は粗削りもいいところで、先頭のプロであるミモザなら容易くいなせるはずだった。なのに、ミモザは段々とあたしに押され気味になる。
「ママって……リコッタさんのことですよね?」
「そうだよ! あたし、諦めが悪いから死に別れたママに会うために1人きりで旅を続けて、時間まで飛び越えてやっとここまで来たの! なのに、なのに……」
ママの名前が出た瞬間。これまで押され気味と言いながらも最低限の防御はしていたはずのミモザの詠唱が止まる。そんな彼女は全てを諦めたような、それでいてどこか罰せられて自由になりたがってるように見えた。
ーー自分から殺してもらうのを望んでるみたいでムカつく。でもこれでこいつを……殺せる!
【術式定立_罪人を焼き尽くす業火_対象選択_"PGP"_再現開始】
そうやってミモザの息の根を止めようとした、まさにその時だった。
『レイナさま』
不意に慈しむような幻聴があたしの頭の中に響く。誰かが言ったわけじゃない、ミモザの幽霊が話しかけてきたわけでもない。今聞こえたのはまだミモザがちゃんと生きていた時に幾度となく聞いた、あたしの記憶の中にあるミモザの声。
その幻聴にはっとして、あたしは瞬きをしてから目の前の修道服の少女を見る。淡い緑色のロングヘア、檸檬色の瞳。そんな彼女の纏っている空気は17年前の、あたしを育ててくれたミモザの纏っている空気感とは全然違う。違うはずなのに、なぜかあたしのよく知っている17年後のミモザと今目の前の少女が重なる。
――今、確信した。やっぱり今目の前にいる女の子は、幼かったあたしの育て親代わりをしてくれたミモザになる女の子なんだ。そして今、目の前の女の子を殺しちゃったら、魔王に滅ぼされた世界でのミモザとの思い出もなかったことになっちゃう。
そう思った途端。すぅっと殺意が引いていき、あたしはその場にすとん、と座り込んじゃう。発動しかけた魔法は途中で霧散した。
「……ミモザを手にかけることなんて、やっぱあたしにはできないよ。だってこれ、ただのあてつけだし、何よりミモザは血の繋がりもないあたしを育ててくれて、8年間も一緒にいてくれた恩人だもん……」
とめどなく涙が溢れ出てくる。
最初から分かっていた。この時代のミモザはママの病気の進行を何も知らずに単に早めちゃっただけ。たとえミモザを幾ら断罪して、殺したってママにかけられた呪詛は解除されない。呪いの大本である陸冥卿を叩いたりしない限り、ママを犯している病魔を根本的な解決にならない。
そうわかっていながら、それと同時にあたしは、あたしなんかじゃ陸冥卿に敵わないことを痛いほどわかっていた。寿命が尽きかけた太陽、荒廃した大地、肌を刺すような寒さ。あんな悪夢みたいな終末世界を知らされてたら、陸冥卿に挑もうなんて考える方がバカバカしくなる。
だからこれは単なる子供の八つ当たり。せっかく出会えたママがあと数日で死んじゃうなんて言うことが我慢できなくて、むしゃくしゃして、手の届くところにいたミモザに怒りをぶつけようとしちゃっただけ。
「あはは、ほんとあたし、子供っぽくて馬鹿だなぁ」
あまりに自分が惨めすぎて自嘲が漏れ出ちゃう。そんなあたしにさっきまで一方的に殺されかけていたミモザは、ただただ呆然とあたしのことを見つめていた。




