第16話 母と娘の初デート そのいち(レイナ視点)
お風呂から出た後。あたしとママは修道服の女の子――ミモザが用意してくれた庶民用の服に着替えていた。
「こ、こんなのしかなくてすみません……」
ママに対して申し訳なさそうにするミモザ。そんなミモザにママは
「そんな気にしないで。むしろ服を貸してくれただけありがたいから」
と言いながら物珍しそうにくるくる回りながら自分の服装を確認するママ。出会った時のドレス姿のママも綺麗だったけれど、庶民の服装も似合うな。そんなことを思って
「ママ、可愛い……」
とぽろっと漏らしちゃうあたし。そんなあたしの言葉にママは柔らかくはにかむ。
「ありがと。レイナちゃんもかわいいよ」
そしてミモザの転移魔法で街へと連れてきてもらった後。遂にあたしとママのデートは始まる。因みにミモザは「わ、私は教会でやることがあるので!」と言って逃げるように転移魔法で教会に帰っちゃった。
「せっかくならミモザちゃんも一緒に来ればよかったのにね。人数が多い方が楽しいだろうし、そんな遠慮する必要なんてないのに」
ミモザが去った後。何気なくママは言う。ママのその言葉に深い意味はきっとなかったんだと思う。でもそんなママの何気ない一言があたしの心にはちくり、とささった。
「……ママはあたしと二人きりはイヤ?」
ふと漏らしてしまってから、自分で自分のことが嫌いになる。
――なんでだろ。お風呂から出てからもあたし、めんどくさい女のままだ。なんでママはママなのに、独り占めしたくなっちゃうんだろ。こんなんじゃまるであたし、本当にママのことを……。
そんなことを考えてると。何を思ったのか、ママの檸檬色の瞳がじぃっとあたしのことを見つめてくる。
「……な、なに?」
耐えきれなくなってあたしが聞くと。ママは口元に手を添えて小さく吹き出す。そして。
「レイナちゃんって意外と構ってちゃんだね。ちょっと子供っぽい」
「は、はぁ?」
思いもよらなかったママの言葉に大きな声が出ちゃう。そんなあたしのことが可笑しいのか、ママは笑ったまま答える。
「あはは、ごめんごめん。まあでも、幼い子は自分が親の一番じゃないとご機嫌斜めになったり親の気を引こうとするって言うもんね。妹が生まれたばかりのお姉ちゃんとか」
「そ、そんなんじゃないし! 大体、あたしは生きてきた時間はママよりもお姉さんなんだからね!?」
「はは、わかってるわかってる。でも、これまではママに甘えたりなんてできなかったりできなかったんでしょ。まあ大丈夫だよレイナちゃん。心配しなくてもわたしはレイナちゃんだけのママだし。わたしの方こそ無粋なこと言っちゃってごねんね」
どうやらママはあたしのジェラシーをあたしがママとこれまでいられなかった反動だと思ってくれたみたい。ちょっと納得できなくてあたしは軽く頬を膨らませちゃう。
でも、そう思うと同時にどこか安心している自分もいた。あたしの中にある感情は、本当はきっともっと醜くて気持ち悪いもの。そんなものをママに知られたくない。ママが知ったら最後、あたしのことを『娘』として見てくれなくなりそうな気がしたから。
「じゃ、まずはお洋服でも見に行きましょうか。全部ミモザちゃんに服を借りるわけにもいかないから、レイナちゃんも何着か持ってた方がいいだろうし」
話題を切り替えるようなママに手を引かれて、あたし達は洋品店へと向かった。
そしてあたしは何店か洋品店を回った末、ママに三着ほど夏服を見繕ってもらった。
ママって腐っても公爵令嬢だから、庶民の店での買い物なんて慣れてないんじゃないのかな、と思ったけれど、ママは意外と試着や支払いで戸惑ったりなんてしなかった。あたしがそのことをつっこむとママは少し恥ずかしそうに言う。
「良くも悪くもベッドの外になかなか出られなかったから本を読む時間も多かったの。だから、一般市民の生活とかも小説とかで読んでたのよ。王太子妃としてもあんまり期待されてなかったから、ガチガチに花嫁修業とかさせられたわけじゃないし。それにしても――」
そこで言葉をいったん切ったかと思うと。
ママは全身を眺めた後、はあーっ、と長い溜息を吐く。
「レイナちゃんって、思った以上に服とかお洒落に対する執着がないんだね。素材はすっごくいいのにもったいない」
洋品店を回っていた3時間ほどの間。あたしはただただこの時代の服の多様さにあっとうされちゃってぽかんとしている間に、散々ママに着せ替え人形にされちゃった。そしてファッションの好みを聞かれても何も答えられなかったから、結局選んだのは全部ママだった。因みに今あたしが着てるのはその中の一着でピンクのブラウスと黒のショートパンツ。
「し、仕方ないじゃん。あたしがこれまでいた時代は着替えるとかって言う発想がそもそもなくて、ファッションとかよくわからないんだもん……。わかるのは寒さを防げるかどうかの機能性くらいで」
「こんなクソ暑い時期に防寒なんてしてどうするの!? これは冬服選ぶ時もちゃんと見張ってないと、防寒だけに特化したクソダサコーデにする未来が見えるわ……」
「失礼な。……って、えっ? 冬服選ぶ時も一緒にデートしてくれるの⁉ 嬉しい!」
思わぬママの言質にあたしが顔を綻ばせると、ママはちょっと歯切れ悪く答える。
「あー、えっと。まあ、その時までわたし達が一緒にいられたらね。一人で放っておくととんでもないことになりそうだし」
それが何を意図しているのか、その時のあたしには理解できなくって、ママなりの照れ隠しかな、なんて思っちゃった。
「そういえばママは全然自分の服を買ってなくない? ママに選んでもらった分、今度はあたしが選んであげるよ。自分のお洒落には無頓着なあたしだけど、ママに似合うかどうかはきっとわかるから!」
「うーん、自分の分は今度一人で買いにくればいいかな。レイナちゃんのセンス、だいぶ怪しいし」
「な、なんですとぉ」
と、その時だった。あたしの腹の虫が大きな音を立てて、あたしは顔から火が出そうになる。
「そっか。もうお昼時か。じゃあそろそろお昼にしようか。何か食べたいものある? どんな店があるかはミモザちゃんにちょっとは聞いてきてるけど」
「あっ、ええっと……」
ママにそう尋ねられてあたしは答えに窮しちゃう。
あたしのこれまで生きてきた時代は食糧生産もストップしていたから、荒廃した街に残されている食べ物――大体は世界が完全に終わる直前に魔術師が量産した人造魔導食糧――を好き嫌い言ってられずにお腹に収める以外の選択肢なんてなかった。あたしにとって食事って言うのは生命維持のために必要なもの以上でも、それ以下でもなかった。だから当然、好きな食べ物なんて聞かれても正直困る。
――でも、せっかくママが聞いてくれてるのに何も答えないのは感じが悪いよね……。
そう思ってあたしは必死に通りにひしめく店の看板に目を走らせて、少しでも興味が引かれるものがないか探す。そんなあたしの目はとある店の看板に止まる。そこには美味しそうな茶色い焦げ目のついた、あまり見覚えのない食べ物のイラストが描かれていた。
「あれ……」
「パン屋さんがいいの?」
「パンッ!」
ママの言葉にあたしはついそう叫んで目を輝かせちゃう。世界が終わる前。世の中の主食はパンだったっていう話はミモザからも散々聞いていた。でもそういえば、この世界にやってきてからパンを食べてみたことはなかった。
「あんまりデートのお昼ごはんっぽくないけど……パン屋さんで好きなものを買って、川辺でお昼ごはんにしよっか。川辺でピクニックも今日は気持ちよさそうだし」
「う、うんっ!」
ママの言葉にあたしは大きくうなずいた。




