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第15話 母娘のはじめてのお風呂 後編(レイナ視点)

 そして髪の毛を洗ってもらい終えると。


「ほら。見て、レイナちゃん」


 ママに促されてあたしは鏡を覗き込んでみる。


 さすがに魔王に滅ぼされた後の25年後の未来でも鏡という概念はある。けれど、終末世界であたしは鏡を見る機会なんて殆どなかった。自分の姿を映し出すのは氷や、魔王達との熾烈な戦いで廃墟と化した建物に散らばった硝子でこと足りてたし、別に誰に会うというわけではないから、身だしなみなんてチェックしようなんて気持ちにもなかったから。


 だから、まじまじと自分の姿を映し出すのは結構久しぶりだったりする。


 そんなあたしが鏡をのぞき込んだ瞬間。


「……誰、この銀髪美少女」


 純粋な疑問から、あたしはそう漏らしちゃう。だってそこにはママの面影のある、あたしの見覚えのない銀髪美少女が映っていたんだから。


 そんな彼女の肌には健康的な赤みがさしている。そしてその代わりに、あたしが自分でイメージしていたあたしの姿——つまりは銀髪はぼさぼさで、肌も寒さでざらつき、青白かった少女の姿なんてどこにも見られなかった。


 誰かほかの人が映り込んでるのかな、きっとそうに違いない。そう思って振り向いてみるけれど、そこにはなぜか嬉しそうに微笑むママしかいなかった。


「——ってことは、この美少女って、もしかしてあたし?」


 あたしの言葉にイチカちゃんは優しく微笑む。


「自分のこと美少女美少女連呼してるとちょっと痛い子に見えちゃうよ、レイナちゃん。まあさすがわたしの初恋相手にそっくり、とでもいうか、すっごくかわいいとは思うけど」


 ママの言葉に恥ずかしさで頬が熱を帯びる。


「だ、だって仕方ないじゃん! だってほんとにそう思っちゃったんだもん……。これ、ほんとにあたし? 信じられない」


 照れ隠しに大きな声を出すあたしにママは「嘘なんかじゃないよ」と言ってくれる。


「レイナちゃん、自分の銀髪は嫌いだって言ってたけど……こうやって改めて見て見たら、自分の髪色も好きになれるんじゃないかな、ってちょっと思って。どう?」


「それは……」


「それにさ」


 そう言ったかと思うと。ママは何を思ったのかあたしの銀髪をチョンとつまんで、ママの金髪と絡ませる。ちょっとだけくすぐったい。


「金と銀ってこの時代では並び称される、相性のいい色の組み合わせなんだ。だから金髪のわたしと銀髪のレイナちゃんって、ある意味お似合いの親子になれるんじゃないかな、って。これで少しでもレイナちゃんが自分のことを好きになってくれたら嬉しいかな、って」


 これ、ママに女の子として落とされそうになってる……? そう思ってはっとママのことを見上げるけど、ママは娘を慈しむような目で見つめているだけで、そこに下心とかは感じられない。


 ――ってことは天然であたしの髪と自分の髪を絡ませてるってこと? そっちの方がタチが悪いと思うんだけど……!


「……ママ、女の子好きの変態さんなのに時々そうやって優しくするところ、ほんとずるいと思う。そういうのに引っかかっちゃう女の子の気持ちとか考えてほしいよ……」


 ママに聞こえないようにそっと呟く。案の定、その言葉はママにはちゃんとは聞こえなかったみたい。


「え? 今なんか言った?」


「なんでもないよーだ」


 無理に明るい声を出すあたし。それは照れ隠し以外の何物でもなかった。


「そう言えば、レイナちゃんがこれまでいた時代は『お洒落』なんてする余裕なんてなかったんだっけ」


「まあね。そんな余裕もなかったし、防寒と両立させるのは難しかったし、そもそも他の人がいないから着飾っても……ってところはあったからね」


「じゃあこれからは目いっぱいお洒落も楽しまないとね。せっかくかわいいレイナちゃんがもっともっと、自分のことを好きになれるように」


 そう言ってはにかみかけてくるママはものすごく画になって、なぜかあたしの心臓はとくん、と大きく高鳴った。


 ――ママと違って女の子が好きなわけじゃないはずなのに、なんでこんな気持ちになっちゃうんだろ。しかも、寄りにもよって相手はママなのに……。これも全部、お風呂っていうシチュエーションとママが勘違いさせて来るのが悪い!


 そう思ってあたしは頭に過った思いを振り払うように無理やり話題を変える。


「そうだ! ママに洗ってもらったし、あたしもママの背中と頭洗ってあげるね」


 頭に過った変な思いをはねのけるようにあたしは声を上げる。


「じゃあお願いしよっかな」


「ついでにおっぱいも洗ってあげようか? ママの胸、洗いごたえありそうだし」


「そ、そんなことするくらいなら自分で全部洗うから!」


 それから。あたしとイチカちゃんはワイワイ騒ぎながら、お互いの身体を洗いあったり、洗いあわなかったりしたのでした。



 そして。一通り身体を洗い終えたあたし達は一緒に湯船につかることになる。


 湯舟の中に入るなんて習慣はあたしが元いた時代では全滅していた。魔王によって壊滅させられた世界ではお湯は貴重で、人ひとりが入るだけのお湯を用意するなんて贅沢以外の何物でもなかった。当然、プールなんて入ったらカチコチに凍結しちゃうからあたしは水の中に身体を沈めたことすらなかった。


 だからあたしがおっかなびっくり湯舟に足を入れていると、さっき揶揄った仕返しか、イチカちゃんが挑戦的な笑みを浮かべてくる。


「お姉ちゃん、湯舟に入るのが怖いの?」


「し、仕方がないじゃん! あたしが元居た時代には湯舟なんてなかったの!」


「そんなに怖がらなくてもいいのに。さ、早く」


「あ、ちょ、心の準備が……って、きもぢぃぃぃ」


 半ば強引にイチカちゃんに手を引かれて湯舟に浸かった途端。


 あたしはふやけた声を出しちゃった。でも、それも許してほしい。だって、人生で初めてつかった湯舟ってやつは、ものすごく気持ちよかったから。


 ベタな言い方かもしれないけれど、これまでの人生の疲れが一気にお湯の中に溶け込んでいくような気がする。


「ねっ、入ってみてよかったでしょ。と、言ってもお湯を沸かしてくれたのはミモザさんで、わたしは何もやってないんだけど」


「ミモザさんって?」


 ミモザと同じ名前が出てきてお湯にふやけながら聞くと、ママもまたふやけたような声で答えてくれる。


「わたし達のことを助けてくれた、あの修道女の女の子のこと」


 へえっ。彼女ってミモザと同じ名前だったんだ。そういえば髪と目の色も生きてた頃のミモザに似てたかも。もしかして、あの修道女さんってこの時代のミモザなんじゃ……。


 そんな考えが一瞬頭を掠めるけど、すぐに「ないな」って思っちゃう。だって彼女とあたしの知ってるミモザは纏っている雰囲気が全然違う。あたしを育ててくれたミモザはあたしを時折いじってくる、ちょっと意地悪だけど優しい年上の友達みたいな存在。


 それに対してこの教会にいるミモザは誰に対しても控えめで、むしろこの世のすべての者に委縮しているようなところがある。そんなミモザとミモザは、どうやってもイメージが重ならない。だからあたしは、それ以上そのことについて考えるのはやめた。


 

 それから。あたしとママは湯船に浸かりながらまた色々なことを話した。


 ミモザを8年前に喪ってこの時代に来るまで、文字通り一人で、ただ生き延びるためだけに孤独な旅をしていたこと。そして幽霊が見えるようになって、幽霊のミモザに手を引かれるようにしてこの時代にやってきたこと。


 逆にママはこれまでどれだけ妹のアノンさんに優しくしてもらったか、だからこそ裏切られたのがどれだけ辛かったのかを話してくれた。


「でもーー多分わたしは一生、アノンちゃんのことを忘れられないし、嫌いにはなれないんだろうな。だってアノンちゃんにはいっぱい優しくしてもらって好きになっちゃったから」


 遠いところを見つめるように目を細めるママ。棄てられてからちょっと時間が経って心の整理がついたらしいママからは、ほんとにアノンさんのことを大切に思って、大好きだったんだな、というのが伝わってくる。


 ーー今目の前にいるのはあたしなのに、あたしを見ずに他の女のことを考えてるのはなんかイヤだな。


 一瞬だけそんな考えが頭をかすめる。


 ――って、あれ、あたし、なんでママにこんな気持ちになってるんだろ。あくまでママはママで、ママが誰をこれまで好きで、これから誰を好きになるかなんて関係ないはずなのに。母親であるママがあたしの恋愛対象には当然ならないのと同じで。


 自分の心が自分で分からなくなる。と、その時。


「そう言えばレイナちゃんは今日の午後とか、何かやりたいことある? せっかくこの時代に来れたんだから色々やりたいことあるでしょ?」


 全く違う話題を振ってくるママ。そんな全く違う話題のはずなのに。


「デート」


 口をついて出てしまった単語に、更に自分のことが自分で分からなくなる。ママにデートなんて、何言ってんのよ、あたし……。


 そんなあたしの言葉にママはちょっと驚いたように眉を動かしたけど、すぐに優しく微笑む。


「……お出かけってこと?」


「そ、そう! それで、そのついでに来るべき時に備えて恋人とのデートの予行演習もできたらいいかなー、なんて。ママはあくまであたしのママだし、ママと本物の恋人になるなんてありえないから! ご、誤解しないでよねっ!」


 思ってもいないことがぺらぺらと出てしまう。そんなあたしを見てママは小さく吹き出しながら


「うん、それもいいかもね。じゃあしよっか、模擬デート」


なんて言ってくる。


 ……って、ほんとにそれでいいの???

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