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第14話 母娘のはじめてのお風呂 前編(レイナ視点)

 お風呂回です。

 あたしとママが森の奥にある修道院でお世話になることになった、2日目の朝。


「どう? 痛くない?」


「あっ、うん。すごく、気持ちいい……」


 修道院にあるお風呂の中で、あたしは何故かママに背中を流されていた。ママには心配させないようにそう答えたけど、正直緊張で体が強張って気持ちいいかどうかなんてわからない。


 なんでこんなことになっちゃったのか。ことの発端は、今から1時間前に遡る……。


◇◇◇



 今から1時間ほど前。


 朝起きたあたしは兎にも角にもママの寝かされている部屋まで向かう。16年間生きてきてようやく出会えたママとは一分一秒でも長くしたいから。でも。


 すでに起きていたママはあたしがやってきた途端、なぜか顔を顰めた。


「そういえば昨日は疲れすぎてたのか気づかなかったけど……レイナちゃんって体臭きつくない? ちゃんとお風呂入ってる?」


 ママのぼそっと呟いた台詞に、すぅっと体中の熱が引いていく。


 ――ショック。あたし、ママにそんなこと思われてたの……?


 泣きたくなる気持ちを必死でこらえながら、あたしは自分の体臭をセルフチェックしてみる。これまでいろいろなことがありすぎたけれど、確かに今のあたしは汗だくでちょっと……いや、女の子としてかなりビミョーな熟成された臭いを放っていた。


 って、考えてみれば当たり前じゃん。殆ど汗なんて書かない極寒の世界と違って、今の季節のここは何もしなくても汗だくになる。そんな環境に、2週間くらいシャワーを浴びてないあたしが放り出されたら臭いに決まってるじゃん。そんな体臭を、ずっと会うのを楽しみにしてたママに嗅がれたとか、ほんと死にたい……。


 そうあたしがうなだれてると。


「あ、えっと、今のナシナシ! いくら外での露出に一切の抵抗がないレイナちゃんでも、さすがに臭うとかは女の子に言う台詞じゃないよね」


 慌ててフォローを入れてくれるママ。でもド直球なその台詞が、逆に心に来る……。もうレイナのMP(メンタルポイント)はゼロよ⁉


 そんなあたしに、ママはいよいよ困ったような表情になる。


「あー、ごめん、ごめんって! だから泣かないで」


「ぐすっ、じ、自分でもわかってるよ。いくら2週間シャワーにありつけなくて毎日濡れタオルで体を拭くことしかできなかったっていったって、毎日お風呂に入ることが当たり前なこの時代じゃあたしは臭い女の子なんだ、って」


「2週間もシャワーにありつけない⁉ ほんとレイナちゃん、どんな生活環境で育ってきたのよ……あっ、でも」


 そこでママは暫く思案顔になり、そして。


「あっ、でも、これはこれでレイナちゃんにこの時代のことを知ってもらうためにわたしができることかも……」


と意味ありげなことを呟いたかと思うと。ぱっとあたしの手を掴んでくる。


「ふえっ? ……って、触らないで! 今のあたし、きっと不潔だか」


「子供がママに対して自分のことを不潔だとか臭いだとか言わないっ! ミモザちゃんにお風呂を用意してもらおう。わたしも昨夜入り損ねちゃったから入りたいし。レイナちゃんのこと、体の隅々まで洗ってあげる」


「ちょっ、女の子好きのママに言われたら違う意味にしか聞こえない科白なんだけど、それ!?」


 そんなあたしの抵抗空しく。あたしはなすすべもなくママに修道院の浴場まで連行されてしまったのでした……。



◇◇◇



 あたしの再三の「自分で洗えるよ!」という主張を無視してあたしの髪や身体を洗い出したママは、ぶっちゃけ拍子抜けするくらい普通にあたしのことを洗ってくれた。


 幼い子供が親に体を洗ってもらう、ってこんな感じなのかな、なんてことがちょっと頭をよぎる。あたしには決して辿ることができなかった経験。でも、いくら経験できなかったとはいえ、16歳になってまでやりたい経験じゃなくない? しかも、相手は幾らママとはいえ、実年齢はなんだったらあたしより年下の女の子なわけだし……。こんなの、ママじゃなくたって変な気持ちになりかけちゃうよ……。


 いつもはママのことをママママ連呼するあたしだけど、この時ばかりは羞恥心の方が勝って、思わず体が強張っちゃう。それが背中を洗ってくれている彼女に気づかれちゃったのかな。


「レイナちゃん、ちょっと固くなりすぎじゃない。えいっ」


 そう言ったかと思うと。ママはすべすべとした指であたしの背中をなぞってきて、あたしは変な声を出しそうになっちゃう。


「い、いきなり何するの! ママの変態! 女好き!」


 思わず振り向いて抗議すると。ママは時たまあたしに見せるあたしを女の子として見る目でニヤついて……いるわけでもなく、単純に驚いたような表情をしていた。


 ――ってことは、今のはママが素直にあたしを揶揄ってきただけってこと……?


 そう思うと言いすぎちゃったかな、という後悔の念が込みあがってきて、謝るためにあたしは再びママの方を振り向く。すると、露わになったママの胸が視界に飛び込んでくる。


 ――ママって着やせするタイプなのか、意外と大きいな。……って、今度こそ何を考えてるの、あたし! 


 反射的に目を背けると、あたしの反応が面白かったのか、ママは可愛らしく口元に手をあてて小さく噴き出す。


「レイナちゃんって意外と初心なところあるんだね。フツーの女の子のレイナちゃんはわたしと違って、女の子同士だったら全く気にしないのかと思ってた」


「どっ、同年代の女の子とお風呂に入ることがこれまでなかったの!」


「わたしはレイナちゃんのママらしいのに?」


「ママだけど今はママのことを同年代の女の子として意識しちゃってるの! そう言うママだって、内心は女の子であるあたしを見てほんとは興奮しちゃってるんじゃないの?」


「まあ正直、理性で欲望を抑えるのに必死なところはある」


「そこは否定してよ⁉︎ 不安になっちゃうよ!?」


「でも、それ以上に、わたしのことをママって呼んで必要として、慕ってくれるレイナちゃんに何かしてあげたい、って言う方が今は遥かに強いかな。お節介かもしれないけど、受け取ってくれると嬉しいな、なんて」


 いたずらっぽくはにかんでくるママ。


 ――その表情は反則だって。ママのこと、可愛いって思っちゃうじゃん。


 ママにそう思っていることがバレたくなくて、あたしは目を伏せちゃった。


「それにしても、レイナちゃんはお外で下着姿になったかと思ったらわたしとのお風呂で恥ずかしがるなんて、羞恥のポイントがわからないね」


「森の中で脱いじゃったのはあたしがこれまでにいた25年後の終末世界には殆ど人がいなかったから、当然見られる相手なんていなくてそういう感覚がよくわからなかったし、しかも暑さで頭がよく回ってなかったの! それに、下着なんて水着と変わらないじゃん。この時代には水着っていう下着同然の格好でビーチとかに言ってたんでしょ。本で読んだよ。それと変わらないじゃん」


「ほんとにそうかなー」


 穏やかな笑みを浮かべながらママが言ってくる。


「――まあ、25年も時代が違えば常識が通じないのなんて当然、か」


 お姉さんの言葉にあたしはつい目を見開いちゃう。


「ママ……」


 そんなあたしに、ママはちょっと恥ずかしそうに伏し目がちになりながら言葉を続ける。


「きっとレイナちゃんはこれからもいろんなところで常識が通じないことにぶち当たると思う。そんな時、わたしなんかでどれだけ役に立つかわからないけど……わたしがまだレイナちゃんの近くにいられる間は、もし困ったことがあったら、逐一相談してね。わたし、頑張るから」


 その言葉がお湯以上にあたしの心をじんわりと温めてくれた。


 そう話しながら、あたしの背中をお湯で流し終わったママは、今度はあたしの銀色の髪をほっそりとした指で優しく梳いてくる。


「それにしてもレイナちゃんの銀髪ってほんと綺麗だよね。」


 あたしの髪をシャンプーで泡立てながらしみじみと語るママ。そんなママの言葉にあたしはちょっと複雑な気持ちになる。


「……あたしは自分の銀髪がそこまで好きじゃないんだ。だってこの髪色、あの忌まわしき銀世界を想起させるから。あたしもママみたいな金髪がよかったな。そっちの方がママとお揃いだし、温かみがあるし」


 雪に染め上げられた一面の銀世界。それは、雪と氷に閉ざされた過酷な世界でいきてきたあたしにとっては今となってはトラウマですらある。あの過酷な環境がミモザをはじめとする多くの命を奪ってきた。


 そんなあたしのぽろっと出てしまった本音に、ママは驚いたように息を飲んだのがあたしにも聞こえてきた。


「ごめんね、また無神経なこと言っちゃった」


 申し訳なさそうに言ってくるママ。そんな態度をとられるとこっちの方が申し訳ない気持ちになってくる。だからあたしは慌てて誤魔化し笑いを浮かべる。


「そ、そんな深刻な話じゃないよ? 大体、髪色なんてあんまり気にする余裕なんてなかったし」


 うまく誤魔化せてるか、自分でも自信がなかった。


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