第12話 病弱公爵令嬢の真実
物心ついた時には既にわたしのことを蝕んでいた病気。わたしがベッドから出ることを長期間にわたって許してくれなかった忌まわしき病魔。
それがわたしは、生まれつきの体質だと思っていた。でも、少し考えてみればそんな可能性は限りなく低いことなんてわかるはずだった。わたしの生まれたパトラリカ家は何世代にもわたって病弱な人はおらず、わたしの病気遺伝的なものとは考えにくかった。言わばわたしだけがイレギュラーだった。
わたしを苦しめ続けてきた病気――それは、わたしが生まれた直後にわたしのことを殺そうとした隣国のエグドラシア王国王家の命令を受けたとある魔術師によってかけられた【呪詛】だった。
「エグドラシア王国……ミラドルチェ王国と長年冷戦状態にある国だね。そして次期皇子の婚約相手であるわたしが狙われた――。確かにあの国だったらやりかねないかも。でも、命を狙うなら王族じゃなきゃあまり意味がなくない? なんで替えの幾らでも効くわたしだったんだろ。実際、アノンちゃんがすぐわたしの後釜になっちゃったわけだし」
「く、詳しいことは私も聞いていません。けれど、エグドラシア王国の宮廷魔術師に【未来視】の定義魔法を使う魔術師がいて、彼女がリコッタさんがミラドルチェ王国王妃になるとエグドラシア王国にとってもたらされる最悪の未来を観測してしまったんだそうです」
わたしのふと口にした疑問にミモザちゃんは即答してくれるけど、わたしはその言葉に首を傾げざるを得ない。
うーん、定義魔法すら持たないわたしなんかが王妃になったところで何かが変わる気はしないけど……。
「最悪の未来を観測した宮廷魔術師はエグドラシア国王にリコッタさんの排除を進言しました。その宮廷魔術師の言葉を信じたエグドラシア王国は速やかに、でもミラドルチェ王国に自分たちが次期国王婚約者を暗殺していることを悟られないように慎重にリコッタさんに魔の手を伸ばしていきました。そしてエグドラシア王国が大金を積んでリコッタさんの抹殺を依頼した相手こそ【毒牙の陸冥卿】――エルザ・クラウンだったんです」
陸冥卿。その単語を聞いてわたしは息を飲んじゃう。
陸冥卿、それはただでさえ強力な定義魔法の中でもとりわけ強力な定義魔法を持った世界最強の6人のこと。その力は教会最高戦力である大聖女よりも、更に頭一つ抜けているとされ、一人でこの星を滅茶苦茶にさせてしまう力とすら言われてる。実際、数百年前の大戦で陸冥卿が参戦したせいで世界は終わりかけたという御伽噺もある。だから、数百年前の国際条約で陸冥卿がどこか特定の国の軍に属したり、ましてやどこかの国が陸冥卿を軍事保有することは固く禁じられた。
そんなどの国家の支配も受けないフリーの最強の戦力だから、陸冥卿の国家や社会との関りは人それぞれ。その強すぎる力故に山奥で隠遁生活を送り社会との関わりを絶った陸冥卿、陸冥卿の力を隠して一般人として社会に溶け込んだ陸冥卿、逆にその力を誇示し、裏社会を牛耳っている陸冥卿。
そんな中でも【毒牙の陸冥卿】――エルザ・クラウンは金さえ払えばどのような立場の人間からのどのような依頼でも、そのおぞましい定義魔法を躊躇なく使う最強最悪の傭兵として名高い。
そんな彼女が宿した定義魔法は【万病毒殿】。病気や毒・ウイルスといった概念を司る能力で、既存の病気や毒の性質を書き換えたり、全く未知のウイルスを創造し、繁殖させることができる、生物系魔法の最上位に位置する魔法。彼女の手にかかれば、きっと1週間もかからずバイオテロで人類を滅亡させられるだろう。
そんな彼女に目をつけられたら……わたしに指一本触れずに未知のウイルスで犯して十数年間かけてじっくりとわたしを死に追いやるなんて朝飯前だろう。
エグドラシア王国がわたしを直接的に手を下さずに呪い殺すなんて回りくどい手段をとった理由。それは、疑いの目をエグドラシア王国に向けさせないようにするためだろう。直接的な抹殺だと確実に事件性に気づかれて、仮想敵国であるエグドラシア王国が真っ先に容疑者に上がる可能性が高い。だからあくまでわたしを『病死』させようと画策した……。
「不可解なところがゼロではないけど……まあなぜかわたしが他国からやたら目をつけてて陸冥卿まで持ち出されて生まれた直後から呪詛を受けたことはわかったよ。でも、これまでのミモザちゃんの話じゃ悪いのはエグドラシア王国と毒牙の陸冥卿じゃん。なのに、なんでミモザちゃんが責任を感じる必要があるの?」
わたしの問いかけにミモザちゃんっは言いづらそうに身を縮こまらせる。
「それは……私がただでさえ限られたリコッタさんの寿命を精霊系魔法で更に縮めてしまったからです」
それからミモザちゃんが告白してくれた話によると、ミモザちゃんがわたしの件に関わり始めたのは今からたった1か月前のことだったみたい。
教会、引いては大聖女だったミモザちゃんのところにミラドルチェ王家とパトラリカ公爵家からとある依頼があった。今から1か月後。ミラドルチェ王国では重要なパーティーがある。それに現在はたまたま病床に臥せっている第1皇子の婚約相手が出席できるように、たとえ一時的でもいいから第一皇子の婚約相手――つまりわたしの病気の症状を抑えてほしい。そのためならどんな手段を使っても構わない――それが、王家と公爵家からの依頼だった。
その時、大聖女のミモザちゃんはエグドラシア王国と毒牙の陸冥卿の間でそんな陰謀が動いているということなど露ほども思っていなかった。
重要なパーティーのためにここでわたしの症状を緩和させればミラドルチェ王国のためになる。ミラドルチェ王国の民衆の幸せにつながる。ここで力を使わないのは慈悲深い大聖女としてふさわしくないことだ。教会は伝えるべき他国の情報をあえて伏せ、甘い言葉でミモザちゃんに精霊系魔法を使わせたのだという。それが単にわたしを厄介払いするためにリーフフェルトさま達が仕組んだこととも知らず。
「大聖女なんて大層な名前がついてても私、結局は教会の言いなりになって一人じゃ何にも決められない、ただの人形だったんです。幼い時から教会に出され、司教さまや教皇の言葉に従ってればそれで良かった。教会を疑うなんて考えたこともなかった」
「ミモザさんがわたしにかけた魔法って……」
「はい、ただの症状緩和魔法なんかじゃありません。通常の鎮静魔法じゃもうベッドから出られないほどリコッタさんは弱ってました。だから私は時間という概念そのものにすら踏み込む、禁断の精霊系魔法に手を伸ばしました。術式対象のその先の人生の健康に過ごしている『寿命』を少し『前借り』して、現在罹患している病気を瞬時に直す、そういう時間交換の魔法を」
「それって、まるで時間に干渉する定義魔法じゃ……」
「あはは、そんな便利なものじゃありませんよ。そんなことができるなら【回帰】でもなんでもして根本からリコッタさんのことを治してます」
掠れた笑いを漏らすミモザちゃん。
「私はリコッタさんの状況がどんなに深刻かも知らずに、ただ教会の言いなりになってしまったんです。リコッタさんの病気はすぐに治るただの風邪でだから遥か未来の健康な時間を、ほんの少しずつ前借りしたってなんの問題もない、って。でも、そもそもの前提が間違っていたんです。
本当は毒牙の陸冥卿の呪いを受けたリコッタさんに残された時間はせいぜいあとから一年間ほど。その一年間だってもう2度とベッドの外を出ることなんてとてもじゃないけどできず、ただただ最期の時に向かって体が動かなくなり、衰弱していくだけ。そんなリコッタさんがほんの数週間でも夢のような元気な時間を過ごせるとしたら――それは、残り僅かな余命すべてと引き換えにでもしない限りありえないんです。だから私は、あと一年は生きられるはずだったリコッタさんの寿命を奪い去った、人殺しなんです」




