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第11話 立場を追われた大聖女さま

 今回から本格的にミモザ編に入っていきます。

 それから数時間レイナちゃんとおしゃべりして、流石にしゃべり疲れたのかレイナちゃんが部屋に戻った後。


「リコッタさん、まだ起きてますか?」


 ドアをノックする音と共に朝に会ったっきりになっていた修道服の少女の声が聞こえてくる。彼女の声は相変わらず控えめ。でも、その声に会ったばかりの時のようなわたしに対する怯えや敵意は感じられなかった。


「あっ、はい、どうぞ。えっと……」


 そこではじめてわたしは、彼女の名前をまだ聞いていなかったことに気づく。口ごもっちゃうわたしに、部屋に入ってきた彼女は慌てたように答える。


「な、名乗るのが遅れましたね。わたしはミモザといいます。いろいろあって教会を追放されちゃった、元大聖女の一人です」


「えっ、大聖女!?」


 裏返った声を出しちゃうわたしに修道服の少女――ミモザちゃんは驚いたようにびくん、と体を震わせる。でもそれも許してほしい。だって、彼女の口から出た言葉があの『大聖女』なんだから。


 そもそも、『教会』に所属する神官は一般の人たちが使う、定義魔法を頂点とする魔法体系とは別系統の独特な魔法【精霊系魔法】を使う。教会内部で秘匿されたその術式はそのどれもが通常の一般魔法とは一線を画すほどの奇跡を起こせる力を持っていて、そんな精霊系魔法の使い手である聖職者は、教会の最下層の地位にいる者でさえ、各国の抱える宮廷魔術師レベルの力を持つとされている。そんな、ただでさえ魔法に秀でた『教会』が擁する軍事力の中でもとりわけ『教会』最強と呼ばれるのが大聖女。


 わたしもよくわからないんだけれど、神官が使う精霊系魔法は適正というものがあって、神官になったからと言っても誰もがすべての種類の精霊系魔法を使ったり、また同じだけの威力を出せるわけじゃない。精霊系魔法の使い手として神から加護をどれだけ受けられたか、という『適正』によって教会内の魔術師としての序列を決める。そんな中でも「神から祝福されすぎた」とでもいうべき高い精霊系魔法の適性を示す聖職者が、ほんの一握りだけ存在する。


 それが大聖女。そんな大聖女の力は定義魔法にすら匹敵するとさえ言われ、世界にたった3人しかいないと言われているけど……。


「その大聖女の一人がミモザちゃん……じゃない、ミモザさんなの? 正直、自信なさげでおどおどしてるし、この教会を運営している聖女や神官の下で働く修道女の女の子かと……。これまで失礼な態度をとっちゃってごめんなさい!」


「いっ、いえいえ! よく勘違いされるんですけど、大聖女って実際はそんなに偉くないので! 大聖女なんて、たまたま神に分不相応な力を押し付けられたところを悪い大人に拐かされた、自分で善悪の判断すらできない愚か者なので。大聖女なんてただの教皇のおもちゃ、人間以下ですよ」


 自嘲したかのように語るミモザちゃん。彼女の語る聖女像はこれまで私のイメージしてた輝かしいものとはあまりにかけ離れていて、わたしは言葉を失っちゃう。


「そして今の私は、そんな道具としての役目も失って使い捨てられた産業廃棄物。教会にとって目障りになりすぎて、濡れ衣を着せられて大聖女の座どころか聖職者としての地位もはく奪されても、それ以外の生き方を知らなくて今も過去の生き方に縋ってるどうしようもない存在なんです。


 こうして廃墟と化した教会を根城に慈善事業の真似事をしているのも滑稽ですよね。神をいくら信じたところで救ってくれる神なんていない。神がいるとしても忌まわしい力を勝手に押し付けるだけ押し付ける存在でしかないことを、誰よりも私は知ってるのに」


 聞いてるだけでこっちが辛くなるところはいくらでもあった。でも何より引っかかったのは。


「聖職者の地位をはく奪された……?」


 ミモザちゃんの言葉を反復しちゃうわたしに彼女は頷く。


「はい。だから――謝るのは私の方です。リコッタさんだって信じてた人に裏切られてたった1つの居場所を失って深く傷つけられていて、同じ境遇にある私は誰よりもその心の痛みを理解してあげなくちゃいけないはずだったのに――リコッタさんのことを最低な貴族と一緒くたにしてしまってあなたのことを見捨てようとしてしまって、ごめんなさい」


 体を小刻みに震わせながら深々と頭を下げてくるミモザちゃん。そんなミモザちゃんに今度はわたしが慌てる番。


「そ、そんなミモザちゃんこそ、そんな風に頭を下げるのはやめてよ。だってミモザちゃんは貴族に酷いことをされたんでしょ? 確かにわたし自身に身に覚えのないことで敵意を向けられるのは辛いし、泣き出しそうになっちゃったけど……でもそれは貴族として生まれてきてしまったわたしが背負わなくちゃいけないところもあると」


「それだけじゃないんです!」


 これまでのミモザちゃんからは考えられないくらいの大きな声で言われてわたしは一瞬口を噤んじゃう。


「リコッタさんに対しては単に勘違いして見捨てようとしちゃっただけじゃないんです。はめられたとはいえ、他ならない私は公爵令嬢だったリコッタさんに取り返しのつかないことをした。一生かけても償いきれないことを、私はあなたにしてしまったんです! そして自分がしていることが取り返しのつかないことだと気づいた時には、私を嵌めた人は全ての責任を私に押し付けて、私を大聖女から追放しました。だから私は! どんなに謝っても謝り切れないし、間違っても頼られたらあなたを見捨てようなんてしちゃ、いけなかった人間なんです……」


 嗚咽交じりに訴えるミモザちゃん。そんなミモザちゃんが何のことを言っているのかわたしにはわからなくて、目をぱちくりさせちゃう。でも、今目の前の女の子が自分のことを強く責めて、泣き出しそうなほど苦しんでいるっていることだけはわかる。そんな女の子にしてあげること――そんなのは決まっている。


 わたしはポケットからハンカチを取り出して(着替えさせる時に入れてくれたみたい)、ミモザちゃんの目元の涙をそっと拭いて、ハンカチを持っていない方の手を指し伸ばす。ちょうど絶望のどん底にいたわたしにレイナちゃんが手を差し伸べてくれたように。


「そんなに自分のことを責めないで。ミモザちゃんが何に責任を感じているのかわたしにはわからないけれど……それだって、レイナちゃんが進んでやったことじゃなくって嵌められてやらされたことでしょ。だったら、ミモザちゃんは悪くない」


「……り、リコッタさんは、わ、私がしたことを知らないからそんなことが言えるんです。わ、私がリコッタさんにしたことを知ったら、き、きっとリコッタさんは私のことを恨みます。憎んで、軽蔑します」


「それは聞いてみなくちゃわからないよ。だからーー怒らないから言ってごらん、なんて無責任なことを言うことはわたしは言えないけど――それでもよければ、やっぱりちゃんと話してほしいよ。だって一人で抱え込んでいる今のミモザちゃん、すっごく苦しそうだもん。目の前で女の子が苦しそうにしている方が、わたしはイヤだな」


 わたしの指摘にミモザちゃんははっとしたような表情になる。それから。


 ぽつり、ぽつりとミモザちゃんは話し始めた。大聖女だったはずの彼女がなぜ教会を追われるようになったのか、そしてわたしの病弱な体に隠された真実について。

 

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