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膝の上に置いていた手に殿下の大きな手が覆い被さっている。
「私の愛しい婚約者が男をとっかえひっかえしてるらしいんだが、どうしたら引き留められるかを。」
ゴクリ・・・・
自分の生唾を飲む音が聞こえる。
心臓はバクバクと高鳴りどうしようもない。
「聞いてる??」
私に向かい合った美しい顔がニッコリと歪む。
あまりの恐ろしさに乾いた愛想笑いが出たところで彼がコテンと首をかしげる。
「早く教えてくれない?エウルア、いや―――《学園のクピド様》」
あぁ。私。死ぬかも。
彼は私の右手を持ち上げて、そこに軽くキスを落とす。
「ねぇ」
片手で私の両手を軽く抑えながら反対の手で顎を持ち上げられ、うつむいた視線を直される。
「っちが、男性なんて私!!!」
「ふーん、じゃあ君が書いた恋愛小説、なんであんなにリアルなの?学園じゃ作者の実体験だって噂になってるよ?」
そう言い終わるとまた軽いキスをされ軽く下唇をわざと噛まれる。
びくっ!と体が跳ねる、い、今私の唇を噛んで…
逃げようにも顎も膝も固定されていて逃げられそうにない。
「口、軽くあけて?」
お願いのような、子犬のように甘く囁かれて反射的に軽く口をあけてしまう。
すると再び口づけをされ、今度は舌が割り込んできた。
口の中がかき回され、その音が背中にぞくぞくとした刺激を送る。
呼吸がどうしたら良いのか分からず、思わず甘えたような吐息が出てしまう。
「っ。ふぁ、っはぁ」
キスの間に必死に口呼吸をしている。
もう無理、苦しい……瞬間、すっと唇が離れていき美しい瞳が再び至近距離で私を捉えた。
「ねぇ、本当に別に男が出来たとかじゃないの?」
向かい合った彼はこてん。と私の肩におでこをのせた。
「ち、違いますわ!!!そんな不埒なこと!!家名に誓って浮気などしていません!!」
第一、普通の婚約ではなく王家との婚約だ。裏切ればわが家はただでは済まされない事だろう。
「でも、エウルア、君は一向に私を男として見てくれないじゃないか。」
そういうと彼はもう一度キスをした。
口腔をまさぐられる深いキス。くちゅくちゅという隠微な音に私はとうとう耐えられなくてちからが抜ける。
アルフレッド様に軽く肩を押されぽすんとベッドへ上半身が倒れこんだ。
あ……れ?……
「君の小説、1作目、あれは君の実体験だろ?」
「1作目……」
新聞へ載せた1作目、氷のように固く閉ざされ錆び付いてしまった少女の心を想い人が溶かす話、沢山の愛の言葉を伝えられて徐々に靡いていき最後には駆け落ちする。
基本的にこの国では男が女性へ愛を囁くことはほぼない。
男らしく、愛情表現は最低限にするのが良い男とされている。
そこに疑問を持った私がインタビューと妄想だけで書いたのがあの作品だったのだ。
しかし、あの小説は私の妄想です!などと宣える訳もない。
私は斜め下に目線をやりながら何も答えられずにいた。
「エウルア、私の他に君に囁くような男がいるなら私は許せない。」
ちゅっと耳朶にキスが降ってくる
「ひゃ、」くすぐったくて変な声が出る。
「可愛い…」と呟いて私の制止もお構いなしに次は髪の毛にキスをしていく。
キスの雨がやんで私は閉じていた瞳をゆっくりとあける
目の前の美しい瞳と視線がかち合って心臓が早鐘をならす。
「まだ結婚前なのに・・・こんな・・・!!」
絞り出すような悲鳴が出た。
「もうずっと昔から決まっているようなものだろう、私たちの結婚は。」
その言葉に目の前が暗くなる。
確かに、私たちの結婚はほぼほぼ確定しているのも事実だ、しかし恋愛関係では無い。
けれどさっきのキスは私への好意では無くて、既成事実のための牽制だったのかもしれない。
さっきまで舞い上がっていた思考は徐々に現実を掴み始めてきた。
「……あ、るふれっどさま。」
「なんだい」
「あの、その……」
まだ少し頭の奥が痺れてぼうっとしている。
伝えたい、伝えたい気持ちはこんなにもあるのにうまく紡げない。
書けば伝えられることも口に出すのは怖くて難しくてしんどかった。
私に覆い被さるようになったアルフレッド様を見つめながら黙りこくっていると、それを否定と捉えられたのかしゅんとして体を離そうとしたが、私はとっさにそれを引き留めた。
ほぼ無意識に彼の袖を引き留めてしまっていた。