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ガチャ……
扉を開けるとそこはいつもの執筆部屋だった。
もとは学生寮なので簡素な一人用ベッドと机、椅子、本棚の備え付けがあって来客用の椅子があるだけの質素な部屋。
きちんとした椅子は1脚しかないため殿下へ譲る、私はその正面のベッドのふちへ腰かけた。
怖くて顔が見られない……入学から堂々と避けるようになったからお怒りなんだわ。
私たちは国を守る同志で、将来の家族。
たとえ恋愛感情が無かったとしても……だ。
それなのに、自身の趣味の一端で殿下を不安にさせていしまったのだ。
いったいどんなお叱りを受けるのか…そもそもお叱りで済むレベルなのか…
沈黙が気まずくて、思わず座り直す。
静かな部屋にキシッとベッドが軋んで、それがまた何となく緊張感を誘った。
座って何かを考えていた殿下は、ため息をつくとゆっくり立ち上がると椅子を持って近づいてきた。
私の真正面、めちゃくちゃ近くに椅子を置くとそこに腰かける。ち、、、近い。あまりにも近い。
私の膝と膝を殿下の膝が左右から膝で挟まれた、あっという間に絶対逃げられそうにない空間が出来上がっていた。
――終わった、めちゃくちゃ怒ってる。
私は泣きそうになりながら殿下に謝ろうとした
「お、お許しください。」
制服ごしに絡められた足元から体温が伝わってくる。
息さえも届きそうなその空間に閉じ込められて、私はいっぱいいっぱいになった。
恐々と覗き込んだエメラルドの瞳が一瞬不安に揺れているように感じて、私の鼓動が早まった。
「ねぇ?」
「ッはいっ」
「ちょっと相談に乗ってくれないかな?」
「わ……私がですか?」
「うん、そう。どうやら君に相談すると恋が実るらしいからね?」
『恋』
その言葉を殿下から聞くなんて思いもよらなかった。
殿下からは嫌われて居ないとは思うが、反対に今まで甘い雰囲気になんてなったことは無かった。
私が彼を放っている間にどこかのご令嬢へ恋をしてしまったのか
それであれば、私は妃の座を辞退すべきか
凄い速度で脳が回転するが殿下への返事はうまく出てこない。
殿下は私の沈黙を肯定と捉えたのか、ポツポツと話し出した。
「私の好きな子がね、他に男が居るかも知れないんだよね。」
「そう……なんですね」
殿下は本当に他に好きな子が出来てしまったのか。
なんだか無性に悲しくなって、同時に腹立たしさもあった。
自分は今まで殿下の事を放置してしまっていたのにも関わらず、だ。
自分勝手なのはよく分かっている。
それでも心にぽっかり穴が空いたような、いきなり宇宙へと放り出されたような……なんとも言えない気持ちになる。
「その上、私はその子に避けられていてね。しばらく会っていない間に何人もの男を攻略した百戦錬磨になっていると噂なんだよ。」
「それはお辛いですね。」
「うん、とても。」
「元気を出してください、殿下ほどのお方であればきっといつかその片想いのかたも振り向いてくれるはずです―」
精一杯の明るい声を出そうとするが泣きそうになって思わず 語尾が小さくなる。
何だかいたたまれなくなり視線を殿下の瞳から逸らした。
はぁ。と大きくため息をつかれた。
あぁ、また失礼なことをしてしまったのかもしれない。
まだ見ぬ殿下の想い女と腕を組んで歩く殿下を妄想する。
あぁ、その彼女はきっと完璧な淑女で――――――
現実から目を背けるため妄想を膨らませようとしていると。
唐突に唇に柔らかいものが触れた。
「あ、え!?は!?」
動揺してベッドから転げ落ちそうになった私を片手で支えて殿下はにっこり微笑んだ。