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こうして執筆活動が以前よりはるかに忙しくなった。
私はマリアンヌの用意してくれた学園寮の空き部屋に籠りきりになった。
もしこんなに物書きに熱中していることを両親に悟られてしまえば、止められてしまうだろう。
私への意地悪とかではなく、純粋に私の将来的な王宮での立場を心配してくれているのだ。
王妃は王宮・国の顔である反面その座を狙うものから揚げ足を取られることも少なくない、学園のクピドとして書いている時もそうだけど恋愛ものを題材にしていると言うだけで男性経験が豊富なんじゃないかと噂されてしまうのだ。
一刻の王妃が恋愛ものの小説作者です。とバレてしまえばあっという間に不名誉な噂が流れてもおかしくない。
同じ学園へ通うアルフレッド様には「マリアンヌたちと勉強会をしておりますので。」と嘘をつき続けていた。
「…無理しすぎないようにね」微妙な表情をする殿下を残して空き部屋へ向かう。
帰宅をともにする馬車の中では大抵無言か必要事項しか話すことがない。
あの時間がなくなったのは非常に喜ばしい、思わずスキップしそうになるのを堪えながら中庭を抜ける。
木々がサラリと音を立てて心地いい風が私を撫でていった。
そんな生活が半年ほど続いた。
自分の仕事が楽しくて楽しくて仕方なくて、隔週での投稿のペースに慣れた。
その日の新聞も大好評で、お昼休みのわずかな間で執筆部屋へと向かおうとしていた。
裏庭へ出て人通りの少ない近道で寮へ向かう。
背の低い草に埋もれた石畳をたんたん踏みながら、思わず鼻歌まで歌っていた。
「エウルア」
優しい声で呼び止められてハッと我に返る。
振り向くと見目麗しい婚約者が私を呼び止めていた。
サァ。と風が吹く、アルフレッド様のターコイズの瞳が眩しそうに細められた。
私に話かける口許がゆるく微笑む。私も愛想笑を返して、一瞬見とれそうになるのを耐えて緩やかに淑女の礼をとる。
「アルフレッド様、本日もお元気そうで何よりですわ」
「エウルアも元気そうだね、今日も放課後は勉強会なのかな?」
「そう……ですわね、本日も遅くなってしまいますので先に帰っていただいたほうがよろしいかと。」
「わかったよ。ただそろそろデートはして貰いたいな。入学してからあまり側にいないと、周りから不仲を心配されているようなんだ。」
「そうでしたのね……申し訳ありません、私がせわしないばかりに……」
「大丈夫だよ、ねぇエウルア」
彼はゆっくりと私のほうへ歩いてくる。
動作は優雅で隙がなくても身長差があるぶんあっという間の事だった。
「私に隠し事、してないよね?」
こてん、と殿下の首がかしげられてグリーンの瞳が再び細められる。
すべてが見透かされているようで私はぎくっと体を強ばらせてしまったが急いで取り繕う。
「何をおっしゃっているのか分かりかねます。」
「……そう。」
ドクドクドクと心臓がうるさい。
必死に表情を作っていたもののついぞ見つめ合うのに耐えられなくなり私はパッと目を反らしてしまった。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「へ?」
「別館の255号室でしょ?」
しまった、この人は全部分かっていて――
「や、やっぱり私は食堂へ」
「行こう。」
私は殿下に手を取られ、あっという間にエスコートの姿勢をとられる。
そして別館へと向かって歩き始める。
あぁ、終わった――
こんなに笑顔の殿下がとても怖く感じて
私はついぞシラを切り通せないと観念したのだった。