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ゴクリ・・・・

自分の生唾を飲む音が聞こえる。

心臓はバクバクと高鳴りどうしようもない。

「それで?」

私に向かい合った美しい顔がニッコリと歪む。

あまりの恐ろしさに表情が引き攣る。

乾いた愛想笑いが出たところで彼がコテンと首をかしげる。

「早く教えてくれない?エウルア、いや―――《学園のクピド様》」

喉の奥から「ヒッ」と悲鳴が出て、なぜこんなことになったのか意識を必死に巡らせていた。


――――――――――――――――――


小さな頃から他人の恋愛話が大好きだった。

手を伸ばせば触れることの出来るキラキラした恋心やドキドキするような恋の展開が大好きだ。


幼少期からのそんな憧れを募らせてからは、いつしかいろんな人の話を日々の日記に書き留めて楽しむようになっていた。

そんな私自身はというと、この国の第1王子であるアルフレッド様と婚約している。

でもおとぎ話の中にあったような甘い雰囲気は一切なくて……

むしろ力を合わせて国を運営するため勉強中でまさに同志のような感覚が正直なところだ。


そもそもこの婚約は王家であるローグレン家と軍部のつながりを深める目的で成立したものだ。

大人の事情で物心つく前から結婚を約束されていたので恋愛的な雰囲気なんてとてもじゃ無いけど今更起こりようがないのだ。


それに…

―うちの娘はいかがですかな?―

―別に。妃の資質さえあれば、私はそれ以上求めない。―

たまたま聞いてしまった、かつての深い悲しみが胸に込み上げて、ぶんぶんと頭を振った。

そんなふうに、幼少期から持て余した恋心を恋愛小説や恋バナで満たす日々はそれなりに幸せだった。


「執筆はどうですか〜先生!」

一息ついて体をグッと伸ばす、と揶揄う声がかけられる。

マリアンヌが瞳を爛々と輝かせながら私の椅子に手をかけるように覗き込んでくる。

「ちょっと!私のいない所で読む約束でしょ!!」

まだ乾かないインクを庇うようにしながら両手で覆うと、マリアンヌは気に入らなさそうな顔をしている。

赤いメガネをくいと持ち上げて「そんなに真っ赤になって怒らなくても良いじゃないですか〜」と呟いた。


自身の殻の中に作り上げた平穏な日々は、彼女の存在によってあっけなくぶち壊された。

マリアンヌは私が小説を書いていることを知っている唯一である。

彼女は商家の一人娘で、幼なじみで、私の小説のファンで担当編集者。

まだ幼い頃、彼女に貸した恋愛本に自身の作品のプロットが挟まっていたことが運の尽き、青ざめる私を尻目に彼女は本を閉じ。

「素晴らしい!!!!!私こちらを取り扱いたいですわ!!」と目を輝かせた。

それ以降、ことあるごとに私の恋愛小説を出版させてくれ、絶対売れる!!と言ってくるようになったのだ。

 

 だが私は未来の王妃候補だ。

微妙な収益で足がつく可能性もあるから販売はできない。正体がバレたらまずい。



 しかし、何度断ろうとも彼女はめげなかった。

それならば匿名で書ける場所を!!とわざわざ生徒会に入ってまで新聞コーナーをもぎとった。

その後も何度も何度も手紙で説得され、じゃあ婚約者様からお許しを頂いたらいいのですね?ととんでもないことを言い出したので必死になって止めた。

「もし人気が出なかったら1回だけで終わらせるんだからね?」

「ぜっっっったいに売れますわよ?貴族の婦女子は恋愛沙汰が大好きですもの!」

私の気持ちとは反対に校内新聞は瞬く間に無くなるほどの人気が出た。

更にこの新聞についた小説を読むと恋愛が成就する!なんていう噂話まで出始めて恋に恋する令嬢たちは必ず手に入れる程の熱中ぶり。

学校新聞は規定の部数では足りなくなって10倍の部数が印刷されるまでになった。


そこに商機を見出したマリアンヌは『花園の会』と称して匿名の茶会を開いた。

毎月決まった人数だけが招待され、複数人がカーテン越しに恋愛についての相談や情報交換をする。

そのなかから選ばれたものの悩みをもとに小説が書かれるという仕組みだ。

さすがは商家の娘、この商売は大成功を納めた。

サロンは満員御礼、ついぞ「サロンで悩みを小説にして貰えれば必ず恋が成就する。」「学園のクピド様。」と崇め奉られる事なったのだった。


恋の神のクピドという名前を頂けるのは恥ずかしい。

でも自分の趣味が、こうして大勢の人を幸せにできることが嬉しくて仕方なかった。   

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