狙撃
シルヴィアがレガシーヴァイパーを撃破してから間もなくアンドルーズ基地からの増援も到着し、地元警察と連携しながらレガシーヴァイパーのパイロット捜索が続いている。
当のシルヴィアはヴァイパーのコックピットから降りており、今はヴァイパーのつま先部分に座りながら衛生兵の手当てを受けていた。
もっとも治療が必要は低く、擦り傷等の手当てをして貰いながら衛生兵に入れてもらった珈琲を飲んでいる。
コップの水面に写る自分の顔は土埃やメイヤの血が乾いてはいる跡がしっかり残っており、水面は揺れ動いていた。
「珈琲って本当に不味いわね……」
「す、すみません」
シルヴィアの呟きに反応してしまう衛生兵。
自分の入れた珈琲が不味いと思ったからだが、直ぐにシルヴィアは訂正した。
「ご、ごめんなさい! この珈琲が不味い訳じゃないの。単に私が苦手なのよ、珈琲がね」
「すみません。珈琲以外は水くらいしかなくて」
「大丈夫。それに不味いと思えるのは幸せな事よ。生きてるって実感出来るから」
重ねて謝る衛生兵。せっかく用意してくれた物に不満を言ったら悪い。
「少尉、貴女の活躍のお陰で大統領は守られましたよ。街の被害も想定より低く抑えられたって言われてますし、噂じゃ大統領から勲章が貰えるとか」
シルヴィアは治療されながら横目でワシントンの街を見る。
至る所で黒煙が上がっており、シークレット・サービスのヴァイパーの残骸が炎上しているのだ。
実際の所。街の被害は甚大でハイウェイの一部も破壊されており、金融市場は大暴落なりかけて直ぐに取引停止になったが、取引再開したら金融市場から叫びが聞こえて来そうだ。
司令本部も攻撃され、軍人だけでも数十人の死傷者が出て、民間を合わせると数百人規模になる。
「これでも想定より少ないか……」
たった三機のレガシーヴァイパーに対して余りにも犠牲が多く、シルヴィアは自嘲気味に言ってしまう。
それと同時にこうも思った。
もっと自分が上手く立ち回れていればと、そうすればメイヤだって生きていたかも知れない。
だが直ぐにシルヴィアは危険な考え方だと思い、首を振った。
自分の能力を過信するのは危険な兆候で、それは独裁者に通じる思考でもあるから。
そんな事を思いながら不味い珈琲を飲んでいると懐かしい声が聞こえた。
「シルヴィ! 無事だった!?」
不味い珈琲の水面から懐かしい声の方に顔を向けるとリーナが走って来ては抱き付いた。
「ええ無事よ。リーナの方こそ無事で良かったわ」
互いに抱きしめながら無事だった事を分かち合うと衛生兵も手当てが終わったのか、敬礼をし、シルヴィアも返礼して場を離れていった。
「脱出したパイロット達の捜索はどうなっているの? もう誰か一人くらい捕まえた?」
シルヴィアの問いにリーナは首を振って呆れた顔で言う。
「まさか。連邦警察に地元警察、海兵隊が管轄争いしていて無理。おまけに陸軍まで出しゃばってきたから。陸軍のやつら戦闘に参加しなかったクセにね」
そう言いながらリーナは軍と警察が言い争いをしてる方を指さした。
大統領が危険に晒され、軍と警察の威信に傷がついたから挽回しようと躍起になっている大人の振りをした子供達。
「それよりもシルヴィ、今回の戦闘で勲章が大統領から貰えるらしいよ。しかも昇進もするって」
まるで自分の事の様に喜ぶリーナに水を差したくないが、シルヴィアは疑ってしまった。
「勲章に昇進って……私はただやるべき事をやっただけよ。無我夢中で戦っただけだし……それでも守れなかった人も大勢いるもの」
シルヴィアはそう言いながら手に残る……メイヤの生きたいと願った感触を確かめる様に握っていた手を擦る。
そんなシルヴィアにリーナは冷たい現実を口にする。
もっともシルヴィアが聞きたくない事を。
「あの子は残念だったけど仕方無いよ。戦場じゃ誰が死ぬなんか分からないし、下手したらシルヴィが死んでいたかも知れないんだよ」
「仕方無いって……あの子は死ぬべき人じゃないわ。ただ生きたいと願った一人の人間よ」
「そんなの皆同じだよ。あの子は運が無かっただけの話。そんなのシルヴィが気に病む必要は無いから。むしろ私はアステロイドベルトの連中が死んで嬉しいくらいだよ。奴らのテロ攻撃で私の両親が奪われたんだから」
「リーナ、あなた……」
まるでメインベルトの思想を体現した様なリーナの言葉。
大多数のメインベルトがリーナと同じ考えなのだ。
自分達さえ助かればアステロイドベルトの人間が数百人死のうが、数千人死のうが気にもとめない。
それがメインベルトの考え方で、センターベルトにまで思想か感染していってるのが連邦の現状。
その考え方は間違っていると思っているのだが、現実の荒波は容易く理想を拒絶してしまう。
ここでリーナと議論した所で彼女が容易く考えを改める訳でもなく、そんな事が出来るならアナポリス時代に出来ている。
言いたい事をぐっと堪えて不味い珈琲を飲もうとした瞬間、リーナの腰に着けていた無線機が急に騒がしくなった。
「パイロットの一人を見つけたってよ、シルヴィ。地元警察と銃撃戦になってるみたい」
「銃撃戦!? 場所は!?」
「ケンタッキー・アベニュー・サウスイースト通り」
シルヴィアは不味い珈琲のカップを投げ捨てては車に向かう。
そしてすぐさま軍用車トランクを開けて装備を出した。
「ちょっと、シルヴィ!? 何してるの!?」
「何ってパイロットを確保しに行くのよ。地元警察に任せてたら射殺されちゃうわ。背後関係を調べるにしても証人は生きていた方が助かるじゃない」
「助かるって、シルヴィはもう役目を果たしたんだよ。そんなのほっとけばいいじゃん!」
リーナの言葉にシルヴィは拳銃のグリップを向けて差し出した。
まるで、この世界に蔓延る理不尽に一緒に戦おうと言っている様に。
「一緒に来て、リーナ。私はパイロットを救いたいの。彼らにだって言い分はあるし、裁判を受ける権利くらいあるわ」
穢れなき瞳はリーナの瞳を見つめて離さない。
まるで聖女の様な瞳にリーナは諦めたのか、薄ら笑いしながらグリップを掴んだ。
「この世界はシルヴィの思っているよりも残酷だよ」
******
ケンタッキー・アベニュー・サウスイースト通りは戦場と化していた。
盗難車の車に停止を促したら銃撃戦の始まり。
パイロットと思われる犯人は軽機関銃とアサルトライフルに手榴弾や防弾ベストを着用しており、地元警察のパトカーが蜂の巣にされていた。
警官達もトランクからアサルトライフルにショットガンを取り出しては応戦し、激しい銃撃戦が展開している。
現場に着くなりシルヴィはパトカーの陰に隠れながら反撃している制服警官に叫んだ。
「状況は!?」
「パイロットと思われる犯人から激しい銃撃を受けています! 軽機関銃を持っていて歯が立たない状況で、SWATチームが急行中です!」
SWATチームと聞いてシルヴィアは急いで解決しないと思った。
連邦警察の人質救出チームと違い、SWATチームは制圧が任務。
下手したら犯人を殺されてしまう。
「リーナは側面から援護! 私は正面から行くわ!」
「正面って!?」
リーナの問いに答える間もなく、シルヴィアの車のギアをドライブに入れた。
ゆっくりと動き出す車のトランクに隠れてはライフルを撃ち続け、リーナは通りにある家を伝いながら援護した。
犯人も気づいたのか、車に集中攻撃を加え、軽機関銃の弾が切れるとアサルトライフルに持ち変えて射撃を続ける。
タイヤがパンクしても接近を止めない車。
周りの車は銃撃戦の影響なのか、車のクラクションが鳴り響く。
シルヴィアはトランクの陰に隠れながらライフルを撃ち続け、周りの警官達に叫ぶ。
「Push!back!」
シルヴィアの号令に呼応するように警官達が反撃しては距離を詰めていく。
すると犯人が何かを投げつけたのが見え、球体状の何かがシルヴィアの隠れている車の下に入り込む。
次の瞬間。車が空に持ち上がる程の爆発が起き、シルヴィアは後方のパトカーまで吹き飛ばされた。
耳鳴りが起きては視界がゆっくりと揺れ動く。
すかさずリーナが駆け寄っては声をかけた。
「シル――! きこ――る!?」
軽く脳震盪を起こしたみたいに体が言う事が聞かず、リーナと警官に引き摺られてパトカー裏に隠れた。
リーナがシルヴィアの体を触って傷がないか調べると顔を両手で挟んでは伝える。
「シルヴィ! 手足はちゃんとくっついているよ!」
「ええ……よ、良かったわ……」
ライフルの銃床を杖代わりにして立ち上がると犯人は発煙弾を四方に投げて、辺りを煙に包ませる。
シルヴィアはライフルのチャージングハンドルを引こうとしたが、ライフルの銃身は爆発の影響で曲がっていた。
ライフルを捨て、腰のホルスターからリボルバーを引き抜き叫ぶ。
「逃げる気よ! 各員距離を詰めて確保しなさい!」
灰色の霧の中に進んで行くと犯人が使っていた車があった。
慎重に近づきながら車の中を見る。
後部座席にはアサルトライフルの予備弾倉に空薬莢の束に防弾ベストがあった。
しかもただのベストではなく、改造されて爆弾が取り付けられている。
「シルヴィ、こっち来て!」
リーナの方に駆け寄ると眼下には一人の死体があった。
ただの死体ならさして問題はないが、この死体は服を着ていない。
すると一緒にいた警官から出た言葉にシルヴィとリーナは驚愕する。
「スコット……こいつも警官ですよ」
シルヴィアは直ぐに警官の無線機を借りて連絡した。
「犯人は逃亡。繰り返す、犯人は逃亡。なお犯人は警官の服を奪って着ています! 付近の緊急車輌は半径1〇ブロック、並びに橋を緊急封鎖して下さい!」