ウォーカー姉妹の遺産
後世の研究開発者にとって、私たち双子姉妹は道徳心の欠片もない研究開発者と言われるでしょう。
人道に反した研究をしてきた私と、停滞している人類を篩に掛けるシステムを作った妹。
それでも結構。
私たちが進む茨の道の先には、失った夢の世界が待っているから。
唯一の心残りは末の妹である貴女に私たち姉は目に見える物と、今のままでは必ず訪れるであろう決められた運命しかない世界しか与えてやれなかったこと。
どうか愛情を与えてやれなかった姉たちを赦して欲しい。
そして、その世界を否定する者が貴女の前に現れた時、その人に訊いて欲しい。
『絶対的多数が幸せになれる世界を、あなたは否定しますか』
ある研究者が末の妹に宛てた手紙の抜粋
◆◇◆◇
ウォーカーと海軍パイロット以外の皆が〈デルタ・マークII〉に驚愕。
軍のヴァンパイアといえばウォーカーアームズ社製が主。
軍事機密性の高い、軍のヴァンパイアを民間企業に委託するのは国防的にどうかと、議会でも問題になった。
だが、そんな問題は些細なことで、保守派議員のパフォーマンスに過ぎない。
幾ら巨大のパイオニア連邦といえど、鎖国的な政策ばかりで国家の資金繰りが余り良くないからだ。
柔軟な考えを持つ民間企業に委託すれば、莫大な開発費と時間を節約でき、軍はコンペディションだけやれば良質な機体が手に入る。
軍は開発時間と費用を節約でき、民間は民間で軍からの委託、それも言い値でビジネスが可能だ。
更に技術的にも飛躍的に可能になり、蜜月の関係構築が出来上がった。
その証拠にウォーカーアームズ社は軍との契約で、小さな軍需産業体から巨大な軍需産業に成長した。
以外にもウォーカーが立ち上がってクラリスに投げ掛けた。
「〈デルタ・マークII〉……こんな機体を使う気ですか、大佐」
ウォーカーの言葉と視線の訴え。
まるで禁忌に触れた様な雰囲気を言葉という衣で隠しながらクラリスに問う。
対するクラリスは悪びれもせずに答えた。
「心配いらないわよ、ウォーカー軍曹。この機体はリミッター付きのデチューン機体。あの鬼才シェリー・ウォーカー博士が開発した狂気の芸術作品とは違うわ」
「……そうですか」
それ以上は何も言わないウォーカーは席に着く。
他に質問がないと見て、クラリスは〈デルタ・マークII〉に向けて声を大きくし。
「降りて来なさい、サリー!」
その言葉に呼応する様に〈デルタ・マークII〉の前面胸部ハッチが開く。
昇降リフトに足掛けし、フライトスーツに身を包んだパイロットが降りてきた。
クラリスにサリーと呼ばれたパイロットは女性……いや、背恰好はウォーカーやシルヴィアと同じくらいの少女だろうか。
それにトップガンの特権だろう。ヘルメットは一般兵とは違い、カラーリングが施されている。
そのヘルメットを脱ぐなり、ドラグーン隊から黄色い歓声が上がった。
もちろん男性隊員のみで、女性隊員からは白い目で見られていたが。
月の光すら呑み込む、美しい闇夜の紫黒色の長髪。
ヘルメットを脱ぐと、細くて白い手の指で紫黒色の髪を払う姿が、凛とした雰囲気を纏っていた。
「サリ・クジョウ大尉、只今着任致しました」
敬礼するサリにクラリスは返礼。
「御苦労大尉。〈デルタ・マークII〉の調子はどう?」
「問題ありません。空戦能力は〈ヴァイパー〉のフライトバックパック仕様とは比較にならないくらいに良いです」
「それは結構。ウォーカー准将と他の将校にも挨拶しなさい」
「イエス、マム」
ウォーカー准将に続き、シルヴィアとリーナに敬礼。
シルヴィアは一瞬サリの視線がレイに向けられた様に思ったが、サリはそっぽを向く様に視線を外した。
先程は黄色い歓声を上げていたドラグーン隊だったが、サリのフルネームを訊いて雲行きが怪しくなった。
もちろんサリ個人に問題というより、彼女の苗字が気掛かりだったから。
それはシルヴィアも同じで、隣に座るウォーカーに尋ねた。
無論ウォーカーが知っているとは限らないが、サリの視線や、クラリスとの会話で知り合いかと思ったのだ。
「ウォーカー軍曹。大尉の名字からして、もしかして出身は……」
「……? ああ、大尉の推察通り、彼女の家系はニッポンがルーツです。それもアステロイドベルトからベルト昇格し、メインベルトに昇格したんです」
「ッ!?」
声に出そうになるが、慌てて口を押さえる。
ニッポンといえばパイオニア連邦の同盟国だが、同盟国とは名ばかりの従属国。
それも大半がアステロイドベルトで、残りはセンターベルトが良いところ。
まずベルト昇格するには、類稀な才能か財力が無いと難しいからだ。
そんなサリはクラリスに促されてレイの隣に着席。
「久し振りだな、サリー」
いつもの口調で挨拶するレイにサリは視線すら合わせず。
「愛称で呼ぶのはやめてくれるかしら軍曹。大尉殿か、クジョウ大尉と呼びなさい」
「それは失礼、クジョウ大尉。あれから妹は元気にしてるか?」
「あなたッ!?」
癇に障ったのか、声を荒げて立ち上がるサリ。
しかしリーナの横に立っているクラリスから睨みと咳払いを受け。
「……失礼しました」
小さく呟いては席に座るサリを見てレイは付け加えた。
「俺は妹が元気にしてるかを訊いただけだ。ストリートも気にしているし、何も嫌味のつもりで言っていないぞ、クジョウ大尉」
その言い方が嫌味に聞こえるんと言いたいシルヴィア。
対するサリは平静を装った声音で答えた。
「少しづつだけど元気になってきてる。でも、あんな事件にあったら身体の傷は癒えても――」
「――心の傷は癒えない……か」
「そうよ……あなたって本当に人を苛つかせる天才ね」
「自覚はないが、周りから見るとそうらしいな」
その言葉にサリは小さく口角を上げ、それ以上は何も言わなかった。
もちろんレイもだ。
ただシルヴィアは蚊帳の外に置かれている感覚が酷くもどかしかった。
◆◇◆◇
それからはリーナの作戦説明が続いた。
オセアニアの旧首都の治安は最悪の部類らしく、武器の闇市場が数カ所あり、その闇市場周辺は民兵が多数いると聞かされた。
更にドラグーン隊は銃撃戦の素人集団なのに重要人物を幾つも確保しなければならないから憂鬱が増す。
「それとウィンチェスター大尉が指摘していた、拠点強襲部隊の件は特殊作戦軍メンバーが二人、オブザーバーとして隊員を訓練指導します」
特殊作戦軍と聞き、ドラグーン隊もざわつく。
ハンガー内に入ってきたグリーンの迷彩服を着た二人の隊員がリーナの横に立つ。
「ブライアン・シュガート二等軍曹だ。お前達の教官役をやらせてもらう」
「同じく、アイマン・グエン一等軍曹」
ブライアンとアイマン。この二人はドラグーン隊救出に来た部隊の隊員だ。
「シュガート二等軍曹とグエン一等軍曹はアステロイドベルトだけど、ドラグーン隊より数々の戦いに参戦してるから実力は確かよ」
腕組みしながら頷くブライアンとアイマン。
リーナの癪に障る説明にドラグーン隊が喧嘩を始めないかとシルヴィアは冷汗。
流石に今は不味いと思ったのか、隊員達は平然と受け流してくれた。
もちろん雰囲気は最悪に突入している。
「それと大事な話二つするわ。一つ目は、本国とオセアニア政府の取り決めにより、試験的に自律型国防システム……アドミニストレータを明日からオセアニアで試験運用が始まります」
アドミニストレータとは何だ? とドラグーン隊は顔を合わせており、海軍パイロット達も同じ素振り。
そんな隊員達にリーナは続けて説明。
「アドミニストレータシステムは完全自律型国防システムで、試験運用のオセアニアでは通信端末などによる、あらゆる電子通信を傍受。街中にある監視カメラや偵察機映像、それにSNSアップされた画像、個人の通信端末やラップトップのカメラ及びマイクを遠隔起動並びに操作による顔認証システムと声帯認証システムで国家の敵を捜しだす。もちろん本国で起動する場合、我が国が登録している個人の生体データと防衛ネットワークにフリーアクセス出来る。脅威判定をランク付けし、的確に処理してくれるわ。もちろんヴァンパイアの操縦補佐もね――」
ヴァンパイアの操縦補佐と聞き、ウォーカーは〈センチュリオン〉で抱いた違和感に合点がいった。
自分で操縦してるのに明らかに違和感があるからだ。
しかもリーナが言うには、アドミニストレータは学習していくらしく、ヴァンパイアとドローンが無人でも操縦出来ると付け加えた。
「二つ目はロスロワ連邦共和国の第五世代ヴァンパイアが、少数だけど敵側組織に存在します」
そう言ってリーナはモニターに敵新型ヴァンパイアを映し出した。
その機体にドラグーン隊は息を呑む。
エックスを描くような四眼のカメラアイ、一目で東欧製と分かる曲線を基調の機体。
間違いなくドラグーン隊を半壊させたヴァンパイア。
「機体名は〈ターミネーター〉。ロスロワ第五世代だけど、一番厄介なのは武器よ」
次の映像では〈ターミネーター〉がドラグーン隊と交戦し、ハンドガンを放つシーン。
しかもマズルフラッシュは通常とは違い、閃光みたいに光が放たれている。
「中央情報局によると、この武器は新型のリニア兵器。それも、極々小型化に成功したやつよ。私たちの使うヴァンパイア、〈センチュリオン〉と〈デルタ・マークII〉でもリニアライフルとリニアランチャーがあるけど、我が国の技術力をもってしてもハンドガンはケースレス弾で、リニア化にこぎつけていません。要するに――」
相手の技術力はパイオニア連邦を超えていると。
敵の真実に静まりかえるドラグーン隊。
サリを除く意気揚々としていたパイロット達も険しい顔。
そんな中、シルヴィアが手を上げる。
「確定情報ではない話ですが、オセアニア政府とパイオニア政府は反政府側と和平なり、停戦すると聞きました。今回の作戦は交渉の妨げになると思います。その辺、統合参謀本部なり現地司令部は、どうお考えでありますか? それと帝国側の人間と交戦すれば外交問題になり、最悪はパイオニアと帝国が戦争になるかも知れません」
シルヴィアの質問にリーナが答えようとするが、隣に立つウォーカー准将が静止させて答える。
「大尉の懸念は最もだ。統合参謀本部と現地司令部は当然考慮している。現在、反政府軍も二分状態で、徹底抗戦派と和平派と分かれている。そして今回確保する人物は徹底抗戦派の連中で、今後の戦争継続を話し合うらしい。いわば、今回の作戦は和平への障害を取り除くことになる」
聴いていた人達全員が思っただろう。
これは情報部の手柄ではなく、言わば用意された手柄。
敵側の、それも和平派にとって邪魔な存在を消して欲しいと言っているようなもの。
「それと帝国側との問題だが、可能な限り無傷で確保しろ。確保次第、秘密裏に帝国側に送還する。これは帝国側の外務省と国務省との取決めだ」
「……取決めですか。それは出来レースと言う事では?」
「物は言いようだ、ウィンチェスター大尉。外交問題になるから奴らも正面から戦争する気はない。だから裏でコソコソと戦闘訓練をしているんだ。それと交戦規定は相手が撃ってきたら撃て。民兵だろうと反政府軍だろうとな。もちろん帝国もだ」
「……了解です」
総員解散の号令がかかり、集まった隊員達が散り散りになる中、サミエルが一人だけ名指しで呼び止める。
「ウィンチェスター大尉! お前には話があるから残れ!」
何事かと思うシルヴィア。
サミエルの横にいたリーナは、サミエルに気付かれないよう、自分の首筋を指して意味を教えてくれた。




