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凜風

 ジャングルで離ればなれになりながらも再開したシルヴィアとウォーカー。

 パラシュートの紐が木に引っ掛かりぶら下がっていたシルヴィア。

 ウォーカーがぶら下がっるシルヴィアにナイフを投げた。


「あの、これは?」

「見て分かりませんか? ナイフです」


 当惑するシルヴィアに、いつもの冷めた声音で答えるウォーカー。


「見れば分かります。あの……降ろしてくれないのですか?」


 シルヴィアだってれっきとした女の子。

 兵士の心情は心得ているつもりだが、その前に女の子としての心情もある。

 当のウォーカーは意味がわからないのか。


「自分で降りてください。俺が降ろしてもいいですが、その場合は最悪折れますよ。足が」

「足? ……っ!?」


 今シルヴィアは高さ数メートルの木に引っ掛かっている。

 仮にウォーカーが降ろした場合、シルヴィアは真下に落ちていく。

 しかも足から着地すると悪ければ骨折。良くても足が負傷する。


「分かったら早くしてください。敵が来るかも知れません」

「……はい」


 正論過ぎて何も言えずにナイフの刃を紐に当てる。

 最後の紐を切っていてはシルヴィアは思った。


「あの、ウォーカー軍曹。私が落ちる時、ウォーカー軍曹が――ッ!?」


 最後の言葉を言い切る前に紐が切れてしまった。

 突然襲いかかる無重力感覚。

 体勢を立て直そうにもパニック状態で身体が動かない。

 覚悟を決めて痛みに備えたが、無重力感覚の次に感じた感覚は誰かの温もり。

 恐る恐る目を開けると、ウォーカーの顔が至近距離にある。


「え? ……あれ?」

「落ちる時は言ってください大尉。じゃないと受け止められませんから」

「は、はい……すみませんでした」

「いえ」


 二の腕辺りから感じるウォーカーの鼓動。

 対する自分の鼓動は乱高下状態で心停止しかねない。

 しかも今のシルヴィアはウォーカーにお姫様抱っこの様に抱えられている。


「あ、あの、降ろしてください! もう大丈夫ですから!!」

「……了解です」


 シルヴィアの声に驚きながらも、ウォーカーはゆっくりと降ろした。

 久しぶりに感じる地面の感触に心が落ち着く。

 だがそれも束の間。腹部に刺さっている破片がもたらす痛みに顔を歪める。

 それを見たウォーカーは。


「座ってください。傷の具合を見ます」

「だ、大丈夫ですよ。これくらい我慢できますし」

「あなたは子供ですか。傷口から感染症になりますよ。ジャングルは不衛生です。それに――」


 永遠に正論を語るウォーカーにシルヴィアは学校の先生を思い出してしまう。

 これは早く見せた方が気が楽だと。

 ウォーカーの指示通りに腰を降ろしては着衣を捲っていく。

 脇腹には金属の小さな破片が見えた。

 恐らく『ウラル』の破片だろう。


「傷口周りを触診しますから痛みますよ」


 そう言ってウォーカーは救急キットから消毒液を手に刷り込ませては、傷口の周りを人差し指と中指で押していった。


「……ッ!」

「我慢を。直ぐに終わりますから」

「は、はい。それとウォーカー軍曹、よく救急キットがありましたね」

「ああ、近くに『ウラル』の座席があったので。ちなみビーコンは切っときました」

「ビーコンを切ったんですか!? 痛ッ!!」


 思わず大声を出してしまい、脇腹からの痛みに襲われる。


「当たり前です。救難ビーコンは敵も探知出来るんですよ。味方が見つけるのが早いか、敵が見つけるのが早いかなんていう賭けは出来ません」

「それはそうですが……」


 唯一の希望と思っていた救難ビーコン。

 リーナだったら見つけてくれるという不確かな

 可能性に賭けようとした自分が愚かだった。

 頼みの無線機は無いし、徒歩で集落までは間に合わない。

 万事休すと思いきや。


「まだ解決案はあります」

「解決案? ……それって何ですか!!」


 またも大声を出してしまい痛みに襲われるシルヴィア。

 見兼ねたウォーカーが。


「その前に手当てします。破片を抜いて傷口を止血パッドで塞ぎます。ただ麻酔はバークレイ軍曹が持っていて手持ちがありません。だから凄く痛みますよ」

「……痛いってどれくらいですか」


 恐る恐る訊くシルヴィアにウォーカーは真顔で答える。


「気絶まではいかなくても、普通なら泣き叫びます」


 ウォーカーの言葉にシルヴィアの顔がひきつった。

 てっきり注射を打ったりするぐらいかと思ったからだ。

 それを見たウォーカーが小さな木の枝をシルヴィアに渡す。


「それを噛んでください。多少痛みが和らぎますし、舌を噛まなくてすみますよ」

「あ、あの別の方法は……」

「ありません。放置したら出血が増えますし、破片が体内に潜り込んだりしたら厄介です。感染症になりたいなら別ですが」

「やりますやります! せめて優しくお願いします!」


 ウォーカーの手を握りながら懇願するシルヴィアにたじろいでしまう。

 傷口に消毒液を大量に掛けては破片をゆっくり引き抜く。

 痛みに悶絶するシルヴィア。口に挟んだ木の枝を噛みしめる。

 ウォーカーは止血パッドを傷口のに当てては素早く包帯を巻いている最中、シルヴィアの意識は深い海の中に沈んでいった。


 ***


 身体全体が揺れて目を醒ます。

 目の前にはジャングルの枝葉ではなく、深緑の布。

 その布が多い被さる何本もの骨組みにトラックだと気付いた。

 横たわった身体を起き上がらせると、見知らぬ男女が数人座っている。


「気付きましたか、大尉」


 ふと心地好い声の方に顔を向けるとウォーカーの姿。


「ウォーカー軍曹、この人達は? それにジャングルにいたはず……」

「この人達は点在する集落に物資を運んでいる商人ですよ。大尉が気絶した後、担いで道まで歩いたんです」

「そうですか、担いで。……担いで!? ウォーカー軍曹が私を!?」


 思わず身を乗り出して声を荒げるシルヴィア。

 急に動いたからか傷口が痛む。


「ええ。ここらいったいは彼らの縄張りですからね。運が良ければ拾ってもらえると思って。もちろんタダではすみませんでしたが」


 そう言ってウォーカーは財布をシルヴィアに渡した。

 それは間違いなくシルヴィアの財布。

 開けてみるとお札どころか小銭までない。だが今のシルヴィアはそれどころではない。


「ウォーカー軍曹、担いで重くなかったですか?」

「? まぁ戦車砲弾数発と同じ――っ!?」


 有り余るくらいの殺気を感じたウォーカー。

 その殺気の源に向くとシルヴィアの鋭い眼光と目が合った。


「いえ……軽いと思います」

「思います?」


 更なる問い掛けて圧力を強める上官にウォーカーは再び訂正。


「軽かったです、はい。すごく……」

「よろしい。よく出来ました、ウォーカー軍曹」


 ウォーカーは思った。隊の女性達もそうだが、女心は難解すぎる。

 教本があれば読みたいくらいだ。

 満足気なシルヴィアに渋い顔をするウォーカー。そんな二人に男が話し掛ける。


「軍曹さん、そろそろ集落に着くぜ。着いたら報酬の上乗せ忘れるなよ」

「わかっている。ちゃんと払うから心配するな。それよりも、こちらの依頼も忘れないでくれ」


 ウォーカーと男。二人しかわからない会話をしている。


「それなら心配するなウチの商会は契約を守るからよ。もし破ったら俺がお嬢さんにドヤされるしな。まあ俺としては別の報酬でも構わないぜ」


 男の視線がシルヴィアに向く。まるで舐めまわすような視線に寒気を感じるが、直ぐにウォーカーが間に入って視線を切った。


「悪いが諦めろ。もし手を出したら、男に生まれた事を後悔させるしかなくなる」


 背中に仕込んだナイフがシルヴィアの視線に入った。ナイフの柄に手を掛けている。

 ウォーカーが本気だと悟った男は手を上げながら引き下がった。


「冗談だよジョウダン。あんたに粗相をしたらお嬢さんに殺されるからな」

「なら凜風(リンファ)に伝えてくれ。『この礼は必ず』と」


 男が苦笑いしながら頷くとウォーカーはシルヴィアの横に座り深く息を吐く。

 考えてみればウォーカーは休む暇もなく動いている。

 先任として隊を纏めてはシルヴィアの至らない点をカバー。おまけにヴァンパイアの操縦に、例のヴァンパイアとの戦闘。負傷したシルヴィアの手当てをしたりと、およそ軍曹の任務範疇を超えている。

 それに、今だってシルヴィアを守っている。


「あの、ウォーカー軍曹。凜風(リンファ)とは誰ですか」


 疲れているであろうウォーカーに話し掛けてしまうシルヴィア。

 きっと未来のシルヴィアだったら話し掛けずに、ただ黙って膝を貸していたかも知れない。

 だがウォーカーは嫌な顔せずに応えてくれた。


凜風(リンファ)はオセアニアで物流業を取り仕切っている商会の人です。軍と契約してますから金さえあれば何でも取り寄せたり送ってくれます。もちろんヴァンパイアの部品もです――」


 その商会はパイオニア連邦と契約してはヴァンパイアの部品を融通、または破壊されたヴァンパイアのデータ取りの為に本国の工廠に送っている。

 本国からの部品納入では時間が掛かり、現地改修の際は重宝していると。

 部品によっては値段が高い癖に脆い、軍が手配した規格部品よりも、民間部品でも性能が良くて安いのがあるからだ。

 だがウォーカーの言った、ある文言がシルヴィアの心に疑念を抱かせてしまう。

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