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見捨てません

 交代部隊が来た為に引き上げるドラグーン隊。

 その足取りは誰もが重たい足取りだった。

 遺体袋を無言で担ぐギデオンとストリート。

 その後をオリバーがすすり泣きながら追う。

 ジャングルから前線基地までの道程が行きとは違って、遠く、遥か遠くの地平線の彼方に思えてしまうシルヴィア。

 そんなシルヴィアの息遣いを見て、ウォーカーは隊に声を掛ける。


「休憩だ。各自、隊を離れる時は必ず声をかけろ。いいか、必ずだ。それとギデオン。煙草は敵に気付かれるから基地までお預けだ」


 念を押す様にいうウォーカー。

 まるで何かを恐れているみたいだ。

 隊員達は水筒を開けては失った水分を補給し、シルヴィアも緊張と焦燥感によって喉が渇き切っていた。

 自分の水筒を開けて口をつけるが、水筒の口からは少しの水も出てこない。

 慣れないジャングルの暑さにペース配分を忘れてしまっていた。


「よかったら飲みますか?」

「えっ」


 不意に目の前に出された水筒。

 その手の先を見上げると黒髪の少年が自分の水筒を差し出している。

 周りの視線を気にしながら。


「いいんですか? ……私はあなた達を差別していたメインベルトの人間ですよ」


 素直に受け取ればいいが、ウォーカーの立場を気にして言ってしまう。

 この一件で、彼の居場所を奪いたくないから。


「別に気にしていません。あなたの境遇を考えれば気づかないのも無理はないです。連邦の……建国の御三家なら尚更だと思います」


 本人は意図してるのか、意図していないで言っているのか分からないが、言葉の声色に刺があるように思えてしまう。


 それに『御三家、御三家と皆して言いますが、好きで御三家に生まれた訳ではないです』と言いたくなるけど、シルヴィアは口を紡いで堪えた。


「その……私が口をつけてしまっていいんですか?」

「? すみません。言ってる意図がよく分かりません」


 シルヴィアだって女の子だ。

 普通の女の子とは違う人生を生きているが、それでも気を使う。


 その、間接……になってしまうから。


 ウォーカーの好意に甘えて水筒を掴もうとした瞬間、ノアの言葉が甦り、その手を止めてしまう


「ウォーカー軍曹、せっかくですが大丈夫です。軍曹の方こそ飲んだ方がいいですよ」


 微かに笑顔を見せながらいうシルヴィア。

 その笑顔が強がっているだけだと直ぐに分かる。


「しかし――」

「命令です、軍曹。あなたが水分補給しなさい」


 軍隊における命令は絶対だ。

 それがメインベルトの命令なら尚更に。

 逆らえば調教首輪(レディジョーカー)を使って、はいそれまでだから。

 だがシルヴィアはスイッチをポケットの奥深くにしまったままでいう。

 決して使わない、使いたくないと決意を固めたから。


 ******


 前線基地に辿り着く頃には、もう夜明けが近かった。

 あれからウォーカーは無言で歩き、シルヴィアも基地司令部と通信以外は無言で歩いた。

 せめてシャワーを浴びて汗を流したいと思っていた矢先に事件が起きた。


 オリバーが隊列にいない。


 その言葉にシルヴィアの隣にいたウォーカーは静かに舌打ちする。


「敵前逃亡したなら調教首輪(レディジョーカー)で処刑よ、シルヴィ」


 誰もが思いながら口に出した者がいた。

 詰襟の漆黒の上着に、深海の様に深い藍色のスカートを履いた士官。

 リーナ・パークス大尉。


「まだ敵前逃亡だとは決まっていないわよ。はぐれただけかも知れないじゃない」


 また偽善者呼ばわりされてもおかしくないシルヴィアの言動。

 だけどシルヴィアはそれでも構わないと思った。

 たとえ偽善者呼ばわりされても、それで助けられるなら本望だと。


「甘いよ、シルヴィ。こいつらはアステロイドベルトなんだよ。穢くて醜い、人の形をした怪物なんだから!」


 リーナがアステロイドベルトを憎むのも分かるし、彼らがメインベルトを憎むのも痛いほど分かる。

 だけど言葉にならない……どうしたらいいか分からない感情がシルヴィアを突き動かして。


「――私の部下を侮辱しないでよッ!」


 渾身の叫びに周りの兵士達や隊員達はおろか、リーナすら圧倒されて体が震えた。


「これ以上、私の部下を侮辱するなら赦しません! 仲間には……彼らには、それ相応の敬意を払いなさい!」

「シルヴィ、本気で――」

「警告します! リーナ・パークス大尉!!」


 シルヴィアが本気で言っているのがリーナには分かる。

 長年親友をやってきたから、相手が本気で怒っている時は目を見れば分かる。

 その目を今、目の前で見ているから。


「何事だ、バカども!!」


 野次馬どもを掻き分けては男性が怒鳴り散らす。

 その姿を見るなり、次々と敬礼する兵士達。

 聞き覚えのある声をしているが、もう一人の声の主は自分の隣に居る。

 なら一人しかいない。


「……ウォーカー准将」


 シルヴィアを見るなり、サミュエルは薄ら笑う。


「これはこれは名誉勲章持ちのウィンチェスター大尉。この馬鹿騒ぎは一体何事なんだ?」

「その、隊員の一人が行方不明になりまして……」

「行方不明? では何故ジョーカーを使わない。敵前逃亡は死刑のはずだがな。そうだろ、パークス大尉。まさかパークス大尉もウィンチェスター大尉の考えに賛成なのか」


 サミュエルの鋭い視線がリーナの心臓を刺す。

 踏み絵とも取れる言葉でリーナを値踏みし、この人間はどちら側の人間なのかと知ろうとする。


「いえ、自分は……」


 言葉を濁して答えないリーナにサミュエルは鼻を鳴らして視線をシルヴィアに戻す。


「で、どう始末をつけるんだ。名誉勲章持ちのウィンチェスター大尉。まさか捜しに行くとは言わないだろうな」

「もちろん捜しに行きます。仲間は見捨てません」


 一瞬、サミュエルは自分の耳を疑った。

 目の前に居る、世間知らずな小娘が何馬鹿な事を言っているんだと。

 そんなもの、ジョーカーを発動させれば済む話だ。


「お前、なに馬鹿な事を言っているんだ。自分の言った意味を分かっているのか」


 蔑む様な視線を送るサミュエルにシルヴィアは毅然と応える。


「私はバカではありません。それに自分の言った言葉の意味も分かっています。それに仲間は決して見捨てません! 例え力及ばず助けられなくても、必ず連れて帰りますッ!!!」


 シルヴィアの姿にサミュエルは一瞬だが、子供の頃に見た誰かの面影を重ねてしまう。

 それは歴史の授業で見た、イヴァンジェリン・ウィンチェスターの姿。


 だがサミュエルにとって、それは気高く、高潔に生きようとした馬鹿な女という認識。


 そしてサミュエルは時計を見るなり、いい放った。


「いいだろう。お前がそこまで言うのなら日の出までに連れて帰ってこい。間に合わなければ俺がジョーカーを直接発動させる。文句はないな」

「はい。お心使い感謝します、准将」


 シルヴィアは海兵隊らしく敬礼し、サミュエルは無愛想な返礼で返した。

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