頑張っても意味ない
シルヴィアとリーナがユニオン広場からサウスウェスト通りに出ると景色が一変した。
仮設の司令本部が置かれているユニオン広場は陸軍に海兵隊、それに空軍の軍人ばかりで重い空気だった。
だがサウスウェスト通りには多くの出店が出ており、さながら独立記念日みたいに賑わっている。
もちろん此処にいる人間は二人を含めて全員がメインベルト。
ナショナルズ・パークで行われる戦勝記念と言われる戦争の犠牲者の大半がアステロイドベルトなのに彼らの姿は何処にも居ない。
そして墓石に名前すら書かれていないのだ。
まるで最初から存在しないかのように。
これがパイオニア連邦の現実で、独立以来である国是『我ら時代の先駆けたれ』が聞いて呆れるとシルヴィアは思い、また自分も同じ側の人間だと思うとおぞましくなる。
そんなシルヴィアの顔を見てリーナが釘を刺した。
「友人としての忠告。あんまりアステロイドベルトの肩持つの止めときなさい。ただでさえ同期の中で少尉はシルヴィだけだし、昇進だってすごく遅れてるんだよ。それに救国同盟に睨まれたら本当にヤバいから」
リーナの言う救国同盟とは連邦の将来を憂い、国民に愛国心を訴え、戦争を賛美する人達である。
噂では連邦議員や軍産複合体、財界に太いパイプが言われている。
また救国同盟は反アステロイドベルトの急先鋒でもあり、一部良識的な軍人や連邦警察からは危険な暴力集団で監視リストに入れるべきと上層部に進言しているがまともに取り合ってくれやしないのが連邦の現状だ。
「分かってるわよ。わたしだってそこまでバカじゃないから。上手く立ち回るわよ」
「だといいけど。わたし嫌だよ、シルヴィが救国同盟の獣達に襲われたりしたら。あいつら平気で女の子に暴行するんだからね」
念を押す様に忠告するリーナにシルヴィアは左腰に着けてあるホルスターを叩く。
「もしそうなったら、このリボルバーをお見舞いするわよ」
連邦の兵士には自動拳銃を支給されるが、シルヴィアの持っているリボルバーは父親からの入隊プレゼントなのだ。
しかも弾丸はホローポイント弾を装填しているから撃たれた相手に対し殺傷能力がある。
「まぁ確かにホローポイント弾をまともに喰らったら致命傷だけど、いざ襲われたら当たるか分かんないじゃん」
リーナのもっともらしい返しにシルヴィアは左胸に着けている国防従軍章の勲章上にある徽章を指差して。
「大丈夫よ。こう見えてわたしはマークスマンだから。狙った獲物は外さないわよ!」
「それって狙った男でも?」
「え!?」
自信満々に言うシルヴィアにカウンターを返すリーナ。
その言葉の弾丸は見事にシルヴィアの心臓を撃ち抜いたみたいで、彼女の白い肌がみるみる内に真っ赤に染まる。
「ち、違うから! 殿方の場合は別よ、べつ! からかわないでよ、リーナ!!」
「はいはい。わたしの親友、シルヴィア・ウィンチェスターは生粋の箱入り娘……いや、箱入りお嬢様だってのを忘れてたわ」
「もう違うから! ちょっと親が過保護なだけだから!」
親友を小馬鹿にする様な笑いをするリーナに顔を赤らめて否定するシルヴィア。
着ている服は大人達と同じ軍服だが、会話の中身は年頃の女の子達と何ら変わらない。
普通に休みの時はオシャレを楽しみ、友人達と何気ない話で盛り上がったりするが、唯一の違いは人殺しの訓練をシルヴィアもリーナも受けていることだけ。
シルヴィアは建国の御三家と言われるウィンチェスター家。
しかもお嬢様で代々軍人家系の為にアナポリスに入校。
リーナもリーナでアナポリスに入校し、リーナの家名であるパークス家は、ある事件が起きるまでは連邦政府お抱えの軍産複合体の一員だった。
「まぁ過保護なのは認めるよ。シルヴィの親って娘一筋って感じがするから。やっぱりお兄さんが亡くなってからより鮮明に……ごめん。この話題は不謹慎だね」
アステロイドベルトを平気でディスったりするリーナだったが、シルヴィアに対して踏み込んじゃいけない話題だと思い踏みとどまる。
だがシルヴィアは軍帽を深く被っては問題にはしなかったが、まるで軍帽を深く被る事によって表情を悟らせられまいとする様に思えた。
「いいよ、別に。兄さんは何でも出来る凄い人だったから。わたしなんかと違って頭も良かったしね。でもその分余計に期待が兄さんに注がれて、かえって迷惑かけちゃってたと思うから」
軍帽で目は表情は読み取れないが、その言葉と声でリーナはシルヴィアが悲しんでいると嫌でも分かってしまう。
そんなシルヴィアにリーナは抱き着いては元気づけて励ます。
「元気出してよシルヴィ! あなただってアナポリスを主席で卒業したんだよ、普通の人間……そこらにいるメインベルト連中じゃ出来ないから!」
「ありがとう、リーナ。でもリーナだって同じだったじゃない。流石はパークス家の娘」
「あはは、ダメダメ。わたしは万年次席止まりだったし。それにウチの家だって大変なんだよ」
笑いながら言うリーナにシルヴィアは気まずい表情になる。
リーナの両親はアステロイドベルトの過激派グループによるテロで亡くなっており、今では弟だけがリーナに残された唯一の肉親。
空気が悪くならないように取り繕うリーナの頑張りに応える様にシルヴィアも話題を変えた。
「……あ、最近聞いた話だとパークス家のご令嬢はお見合いに熱心だとか聞いたわよ?」
「うわ、なんでシルヴィ知ってるの!? もうその才能を生かして情報部に来なよ。出世コースで、暑苦しい外勤務じゃないから楽だし」
わざとらしく驚くリーナ。しかもちゃっかり親友を勧誘する。
「ありがたいお誘いだけど遠慮するわ。わたしは前線勤務を希望してるんだから。任官時から異動願いを出しても何故か却下されるけど」
「当たり前でしょ。御三家の人間を前線になんか送れる人なんて大統領くらいだから。他の連中はびびって無理。やったらシルヴィのお父さん怒り心頭になって、ソイツを最前線に送るから」
「確かにそうかも知れないけど、わたしが大統領になるには前線で武勲を立てて、皆の信頼を勝ち取らないと。じゃないと大統領選に勝てないから」
揺らぎ無い信念を口にするシルヴィアにリーナはため息を吐きながら、ビルに備え付けられた大型スクリーンを指差す。
そのスクリーンには爆破テロによって破壊された連邦施設が映し出されており、テロップにはアステロイドベルト出身の容疑者グループが犯人などと流れている。
「あいつらアステロイドベルトは宇宙外縁部を漂うゴミみたいな連中なんだよ。税金が払えなくて、タダで連邦に住まわせてやってるのに、恩を仇で返す奴らにシルヴィが頑張る事なんて無いんだ。いいじゃんこのままで。確かにわたしだって連邦の上層部が腐ってる事くらい分かる……だけどこの腐ったシステムの中でならわたし達は明日を笑って迎えられるんだよ」
まるで何かを思い止まってほしそうに言うリーナ。
だがシルヴィアの答えは変わらなかった。
「そのわたし達に彼らアステロイドベルトの人達は入ってる? 入ってないでしょ、リーナ。 それは『自由と平等は全ての人にある権利』という建国の理念に反してる。そして御三家と持て囃されて、見てみぬ振りをしてきたウィンチェスター家の罪でもある。だからわたしは正したいのよ。彼らにも明日を笑って迎えられる権利があると信じてるから」
もはや語った所で変わらないのはリーナもアナポリス時代から知ってるから何も言わずに降参ポーズを取った。
「シルヴィは強いね。わたしなんかよりもずっと……。でもね、シルヴィ。この世界のシステムを破壊するにはシルヴィ一人が頑張ったって意味無いよ。この世界のままでいいって言う人達は確かに存在するから忘れないで。だから気をつけてね、これは親友として忠告だから」
何かを暗示してる様に語るリーナにシルヴィアが問い質そうとした瞬間二人の真横に立つ高層ビルが爆発した。