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私は最低な人間

 ウォーカーから聞かされた真実にシルヴィアは戦慄を覚えた。

 戦争にだってルールがあると思っていたが、それはメインベルトの楽観的思考。

 戦争はルール無用の殺し合いで、人の醜い部分を曝け出して暴いてしまうのだ。

 極限状態に人を置くと、醜い獣に変えてしまうと。

 そして自分の手を見ると小刻みに震えている。

 もし自分がその状況になったら引き金を引けるのかと。

 引けなかったらウォーカーのいう未来に辿り着く。

 醜い獣達に暴行されて売られる残酷な未来。

 そう思ったら怖くて怖くてどうしようもなかった。

 シルヴィアの震える手を見て、ウォーカーは視線を合わせず、自分の手を見ながら。


「心配いりませんよ、大尉」

「え……?」


 シルヴィア自身も軍人でありながら女の子でウォーカーは男の子。

 もしかしたら『俺が守ります』と淡い期待を抱いてしまうが、現実は湿気った迫撃砲弾よりも湿っぽくて世知辛い。


「もし自分で出来ない時は、俺が殺してあげます」

「……」


 ああ、そうでした。

 ウォーカー軍曹はこういう人間だっていうのも忘れていました。


 一瞬心が高鳴ったが、直ぐにウォーカーが放った榴弾に打ち砕かれたシルヴィアの心。

 そして何だかよくわからない感情が沸々と沸き上がってくる。

 そう、これは怒りだ。

 そこは好きとかは別にして『俺が守ります』と言って欲しかったが、期待するだけ損してしまう。

 シルヴィアのジト目に気づいた……いや、殺気染みたものに気づいたウォーカー。


「大尉怒ってますか? 顔が怖いです」

「怒ってません」

「ですが、先程から殺気を感じます。やはり――」

「怒ってません。ウォーカー軍曹の勘違いです」

「いや、声に殺気をかんじ――」


 シルヴィアの横で寝ていたストリートがいつの間にか起きており、頻りに首切りみたいに手を振っている。

 それを見たウォーカーは小さく息を吐きながら。


「……なんでもありません」


 ******


 境界線での監視任務というやつは動きがなければ基本的には自由な時間である。

 交代交代で暗視ゴーグルの先に見える境界線の監視。

 手が空いたら仮眠、もしくは本を読んだりするが、アステロイドベルトは文字が読めない人が多い為にもっぱら話をする。

 噂話や誰が誰を好きだとか、雑誌に写っていた子が可愛いだの格好いいとかだ。

 シルヴィアも手が空くと胸ポケットからペンと手帳を取り出して書き込み始める。


「大尉、何を書いているのですか?」


 シルヴィアに殺気を向けられて大人しくしていたウォーカー。

 また殺気を向けられては困るので当たり障りの無い話題を振ったみたいだ。


「日記みたいな物です。ウォーカー軍曹は何かしないのですか?」

「俺は何も。俺達は大尉みたく文字が読めないし、書けたりする事が出来ないの奴が多いので」

「……ごめんなさい」

「?」


 シルヴィアが反射的に謝るが、ウォーカーは何に対して謝っているのかがわからない。

 それがウォーカーの普通であって、シルヴィアにとっては普通じゃないことなのに。


「その……ウォーカー軍曹やアステロイドの皆が学校に行けないのは連邦政府の責任なのにですよ。メインベルトやセンターベルトは猶予期間がありますが、アステロイドの子達には十歳から居住税義務が執行される事がです」


 親の居住税額が多ければ連邦政府は十五歳まで納税義務を延長出来る。

 だが少額納税者であるアステロイドベルトは十歳から多額の納税が発生する。

 貧しい親の元に生まれたアステロイドベルトの子は小さい頃から働き、満足に学校すら行けない。

 むしろ連邦政府は行かせない様にしていると言っていい。

 なまじ知恵を与えると自分達の立場を脅かすから怖いのだ。

 いつか来るであろうベルトシステムという特権階級を告発する者が現れるのを連邦政府は一番恐れている。


「別にあなたが悪い訳ではありません。生まれた時から決まっていた事です。みんな納得はしていないですが、理解はしています」


 何処か他人事の様に喋るウォーカーに、シルヴィアは更に。


「でも! それだと、あなた達の未来が――」

「可哀想だと?」

「ッ!?」


 ウォーカーは冷たくシルヴィアを見る。

 まるで干渉するなという視線にシルヴィアはウォーカーの兄、サミュエルに言われた言葉を思い出してしまう。


「それはあなたの私見で俺達には関係ないことです。俺達は別に自分の事を可哀想だと思ったことはありません。読み書きが出来なくても、こうして生きていけますし。あなた達のベルトシステムという世界の中でも」

「それではダメです! 今は良くても戦いは未来永劫続きません! いずれ戦いが終われば必ず仕事が必要になります! 文字の読み書きが出来なければ生きていけません!」

「この戦いが終わっても、俺達は次の戦場に行くだけです。生きて退役は無理でしょうから」


 絶望も哀しみも感じさせないウォーカーの声音。

 そんな希望なんて持つだけ無駄といいたいように感じてしまう。


「……させません」

「?」


 ウォーカーはシルヴィアを見て、少しだけ眉が動いた。

 なんで……なんでそんな哀しい事をいうんですか! と言いたげな彼女の潤んだ蒼い瞳。

 だが同時に強い決意を感じさせる蒼い瞳でもあった。


「私が隊長である限り、絶対にそんな未来にさせません! 退役した後でも仕事に就けるように、任務外の時に文字の読み書きを教えます!」

「それではあなたの負担が――」

「構いません、教えるのは得意ですから」

「……お好きにどうぞ」


 一歩も引かないシルヴィアにウォーカーも根を上げたというより、押し問答になるのが嫌だったのが正しい。


「文字の読み書きを教えると言っても、どうやって教える気ですか? まさか学校みたく教室に集まってやるとかじゃないですよね」

「それも良いですが、文字を読み書きするのに的しているのは本を読むことです。簡単な本を読んで、感想を日記みたいに書いて下さい。私が目を通して間違いを直します」


 自信満々に語るシルヴィアにウォーカーの表情は明らかに悪い。

 俗にいう、めんどくさい顔だ。

 シルヴィアもシルヴィアで自分達は文字の読み書きが出来ないと言っていたウォーカーの口から学校という言葉に疑問に思った。

 学校に行っていた様な口振りだからだ。


「ウォーカー軍曹……あなた、もしかして――っ!?」


 咄嗟にウォーカーはシルヴィアの口を塞ぎ、突然の出来事にシルヴィアの心拍が跳ね上がる。


「ウォーカー軍曹、なにを――っ!?」

「静かに!!」


 シルヴィアの口を手の平で塞ぎながら耳に小さく囁いた。


「敵です、大尉」

「敵!? 何処に――っ!?」


 再び声を上げるシルヴィアの口を塞ぐウォーカー。

 周りを見ると隊員隊は食べたり、話したりするのを止めて静かにライフルに手を伸ばしていた。

 そして隣に座るシェパードワンこと、トリガーが伏せながら唸っている。


「敵が正面から来ます。恐らく敵の偵察と思われますが、どうします? やり過ごしますか?」


 自分達は気付いていたのに、見過ごした事によって他の部隊に被害が出るかも知れない。

 なら敵に気付かれていない今なら勝率が高いと踏んだシルヴィアは。


「此方は川床の上に居ますから迎え撃ちます」

「……了解しました」


 ウォーカーの指示により軽機関銃を持った二人一組のペアが二脚を拡げては地面に置き、弾薬箱からベルト給弾方式の弾薬帯をセットしてはチャージングハンドルを引いて待機。

 他の隊員達もアサルトライフルやアサルトカービンを構えて待ち構えた。

 暫く静寂が支配していたのも束の間、数人の人影がジャングルの影から現れる。

 土色の野戦服に連邦製と違うアサルトライフル。

 間違いなく敵は反政府軍。

 反政府軍の兵士達は枯れた川床に下りては、ゆっくりとゆっくりと近づいて来る。

 数人の兵士が有刺鉄線を切り始めた瞬間、シルヴィアが最初の一撃を敵に浴びせた。

 六・八ミリ口径のフルメタルジャケット弾が闇夜に蠢く敵に命中。

 直ぐ様ドラグーン隊の一斉集中砲火が始まった。

 軽機関銃から放たれる曳航弾の赤い軌跡。

 闇夜を明るく照らすマズルフラッシュの発火。

 川床に居た兵士が次々に倒れていく。


「撃ち方止め! 撃ち方止め!」


 シルヴィアが手で合図を出し、次第に鳴り止む銃声。

 川床に居た兵士達は動くことなく倒れており、もはや微塵も動いていない。

 あっけなく散った姿にイライジャが塹壕から立ち上がって叫ぶ。


「見たか馬鹿野郎共が! おれらを殺しに来るなんて生意気なんだよ!!」


 イライジャの叫びに隊員達も笑みが見え、シルヴィアも無事に終わったと思った瞬間。


 向かいのジャングルから一発の銃声が鳴り響く。


 最初は何が起こったのか分からなかった。


 だが直ぐに叫び声が。


「イライジャが撃たれた!」


 その瞬間、向かいのジャングルから猛烈な銃撃がドラグーン隊を襲う。

 マズルフラッシュの発火数からして相手は此方の倍はある。


「撃ち返しなさい!」



 シルヴィアの指示の下、撃ち返すドラグーン隊。

 シルヴィアは隊員達の後ろを伏せながら歩き、イライジャのもとに駆け寄る。

 するとイライジャは首を撃たれて苦しんでいた。


「待ってて下さい、直ぐに手当てしますから! バークレイ軍曹来て下さい!! バークレイ軍曹!!!」


 救急キットから包帯を取り出しては傷口に当てる。

 白い包帯が瞬く間に赤く染まり、苦しむイライジャ。

 頭上を流れる火線に鳴り響く銃声。

 シルヴィアは必死に傷口を押さえるが、首から流れる血は大地を、彼女の白い癒しの手を赤く染め。


 ――悪りぃ、オリバー。


 その言葉を最期に一人の青年の時が止まった。

 マリアが駆け付けるや否や、彼女は傷口とイライジャの瞳を見て首を振る。

 シルヴィアが気づいた時には戦闘が終わっており、敵はジャングルの奥深くに引き上げたらしい。

 茫然と座るシルヴィア。

 そんな彼女にウォーカーは言葉を掛ける事なく、銀色の認識票を引きちぎっては。


「だから言ったんです。気が緩むと死ぬと」


 引きちぎった認識票をシルヴィアの手に強く握らせて離れていくウォーカー。

 赤く染まった白い手に握らされた銀の認識票は無言でシルヴィアを責め立てる。


「各自、武器の残弾をチェックしろ。それと負傷者はバークレイ軍曹の所に行け。まだ敵が居るかも知れないからな」


 ウォーカーの指示の下、隊員達は無言で命令をこなしていく。

 破壊された有刺鉄線の再構築に、敵の遺体を調べては情報になりそうなものを集める隊員達。

 そんな中、ルナと同い年くらいの少年がイライジャの遺体に駆け寄った。


「兄ちゃん! うそでしょ、にいちゃん……イヤだよ。オレを置いて行かないでよ!!」


 地面に横たわるイライジャの遺体を必死に揺らすオリバー。

 他の隊員達が無言で見守る中、シルヴィアがオリバーに話し掛けながらイライジャの遺体に触れようと。


「オリバー上等兵……お兄さんは残念でした。お兄さんは最期にあなたの――」


 バシッ!!


 何かが払われる音がジャングルを駆け抜けていった。


「兄ちゃんに触るなメインベルト! 残念なんて思ってないだろ!!」

「わ、私は本当に――」


 手を払われたシルヴィアに背後から更に追い討ちをかける。


「もういい加減にしてよ。偽善者のお仲間ごっこに付き合うのは流石にウンザリだからさ」


 振り向くとノアがシルヴィアを睨み、続けていく。


「仲間とか少しも思ってないくせに。どうせアレだろ、基地に帰って明日になれは綺麗サッパリ忘れるんだよ。馬鹿で無知なアステロイドベルトが死んだってさ!」

「違います! 私は本当に仲間だ――っ!?」

「嘘つくな!!!! アンタ、自分で僕達に何をしてるのか気づいてる?! 気づいてないだろ!! 気づいていたら仲間なんて言葉が易々と口から出ないはずだよね!!!!!」


 ノアは首に着けている黒い首輪を掴みながら叫び、シルヴィアは彼らが仲間と認めない訳が分かった。

 自分があなた達は仲間ですからと言う度に彼らは首輪を触っていたことに。


調教首輪(レディジョーカー)……」

「そうだよ……この首輪で僕達はアンタに命を握られているんだよ!! 逆らえば簡単に殺される、この忌々しい首輪に! そんな奴に、あなた達は仲間です! ってご高説丁寧に言われても響かないんだよ!! そんな奴、僕らは仲間と認めないし、仲間とも思わない!! ただ自分の言っている事に酔っている偽善者なんだよ!!!」


 それは知らないうちに、気づかないうちに彼らの額に銃を突き付けている自分。

 口ではアステロイドベルトは仲間と言っておきながら、知らず知らずに自分は彼らの額に銃を突き付けているという現実を知り、全身から生気が抜けていく感覚に襲われる。


「ごっ……ごめんなさい……本当に……」


 蒼い瞳の海から滴が溢れ落ちようとしている。

 誰もが無言で責め、誰もがシルヴィアを擁護しない。

 リーナに彼らを信じれば信じてくれると言っておきながら、間接的に自分が一番彼らを信用していなかった。


 自分も他のメインベルトと変わらない。


 知らず知らずに、彼らアステロイドベルトを差別していたんだ。


 自分だけは彼らメインベルトとは違うと……そう勝手に思いながら。


 ――私は最低な人間だ……。

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