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認めたくないだけ

 敵との境界線ギリギリを歩きながら仕掛けた罠が解かれていないかや、鳴子がちゃんと鳴るのかを確認するドラグーン隊。

 この境界線は枯れた小川を境目にしており、連邦側は枯れた川床に有刺鉄線を張って侵入を防いでいる。

 暗視ゴーグルから見える世界は幼い時に読んでもらった怪物が出る絵本みたいに気味が悪い。

 おまけに地面は泥濘んでいるし、葉が濡れている為に野戦服が気持ち悪いくらいに濡れてしまう。


「大丈夫ですか? ウィンチェスター大尉」


 シルヴィアの直ぐ後を歩くウォーカーが声を掛けた。

 肩を動かして息をしているのに、ウォーカーを始め、他の隊員達も呼吸が乱れていない姿に同じ訓練を積んできた人間かと思ってしまう。


「だ、大丈夫です! 変な気遣いは止めて下さい!」

「……失礼しました。ですが、次からは荷物を減らした方がいいです。大尉は教本を鵜呑みにし過ぎる様に見えますから」


 シルヴィアのバックパックと隊員達のバックパックは同じだが、明らかにシルヴィア以外は身軽に動いている。

 しかもウォーカーの助言は静かなジャングルでは声がケツ持ちまで聞こえてしまい、たちまち暗闇の中からクスクスと笑う声が漏れてきた。


「ウォーカー軍曹、助言はありがとうございます。ですが心配は無用です」


 つい強がって言ってしまった。

 負けたくないと、舐められたくないと思ったから。

 だがウォーカーは顔色一つ変えずにシルヴィアを見ては。


「それはすみませんでした。以後、気をつけます」


 ウォーカーは淡々と言うと無言で歩き始め、シルヴィアの前に出る。

 流石に言い方に刺があったかも思ったシルヴィアだったが、きっかけが掴めずに逸してしまい、彼女も無言で歩き始めた。


 ******


 境界線の確認を終えたドラグーン隊は枯れた川床を見下ろせる場所に陣を構えた。

 もともと陣と言っても、川床を見下ろす丘に塹壕を掘っただけの陣地。

 しかも境界線を設けた際に作られた塹壕で、監視部隊が交代交代で使う為に中は汚くて泥濘んだ泥が床代わり。

 隊員達はスコップで汚い泥をかき出しては、新しい土の床に座り込んで一時の安息を味わう。

 シルヴィアも濡れた土に座るが、お尻から伝わる冷たくて気持ち悪い感触に我慢しながら携行食を口にする。

 連邦軍の携行食はお世辞にも美味しいとはいえず、口の中がパサパサになって、余計に水を飲んでしまう。

 水で流し込み、水筒の蓋を締めた瞬間、塹壕内に座るシルヴィアをストリートは見下ろしながら。


「隣いいか? 大尉」

「は、はい。どうぞ」


 珍しく話しかけられて一瞬驚いてしまったが、直ぐに横にずれて場所を空ける。

 ゆっくりと塹壕に入る訳でもなく、粗野で、気遣いなんて微塵も感じさせない入り方でシルヴィアの隣に座る。

 そして互いに沈黙。

 シルヴィアも何か会話をした方がいいかと悩むが、生憎と話題が出てこない。

 仕方なく、また携行食を一口。


「それ、そんなに上手いのか?」

「……え?」


 ストリートの視線の先にはシルヴィアが食べかけた携行食。

 たぶん味について言っているだろうと思い。


「いえ、不味いです……それも、かなり」

「だろうな。あはは」


 何が可笑しいのか分からずに困惑していると、ストリートがボディーアーマの胸ポケットから防水袋を取り出した。

 防水袋のジップを開けるなり、赤茶色の乾いた何かを差し出す。


「食うか? 干し肉だけどよ」

「ほしにく?」


 初めて聞いた単語。

 しかも食べ物らしくて、ストリートは食いちぎって食べている。


「なんだ、食べたことないのか?」


 ストリートが不思議そうに見ている。

 やはり、ほしにくは食べ物らしい。

 しかも匂いが香ばしいけど独特な臭みがある。


「その……食べたことがないです。携行食だって訓練以来ですし」

「マジかよ。流石は本国暮らしのメインベルト。毎日、良いもんばっか食ってるから、下民の食い物は食べたことがないと」

「違います! あなた達の事を下民と思ったことは一度だってないですから! それに、まだ本国だって食糧難で配給制なんです。贅沢なんて出来ません!」


 リーナの言うとおり、世界中が人口過多により食糧難に陥っている。

 食糧を求めて国家間が争う中、連邦はいち早く食糧プラントで食糧を製造することにした。

 足りない電気は発電プラントで、大量の汚れた水は浄水プラントで飲み水を作る。

 自給自足を目指し、今ではパイオニア連邦くらいに安定した国家は無いくらいに成長した。

 だが連邦の政策は孤立主義を深めてしまい、技術流出を恐れて厳しい入国移民審査を設ける事になった。

 いうなれば連邦の為にならない人間は認めないし、移民させない。

 たとえそれが学業の留学だろうと認めない。

 しかし連邦の為になるなら入国を認め、永住権とは名ばかりのアステロイドベルト待遇が待っている。

 それでも入国志願者は後を絶えない。

 時代が時代なら差別主義で糾弾されるが、人間は追い詰められると思考が停止する。

 その心理的弱点を利用して、連邦政府は無限に使い捨てが出来るアステロイドベルトを手にいれていた。

 人間誰だって主義主張より、明日の、今日の食べ物を心配する。

 生きていく為には主義主張を捨てなくちゃならないから。


「本国も配給か……なら、まだまだ続きそうだな」


 何処か意味深に言うストリート。

 まるで戦争がまだ続く様な言い方に、シルヴィアは出発前に聞いた情報を言った。

 多少は気が楽になるかと思って。


「参謀本部情報によると、近々休戦協定が結ばれるらしいです。そうすれば本国に帰れますよ、ストリート軍曹」


 気を落とさない様に言ったつもりだった。

 だけどストリートは鼻で軽く笑い。


「あんたは、そうなればいいな」


 短く、干し肉の様に乾いた声音。

 まるで願いなんか持つだけ無駄とばかりの雰囲気を漂わせる言葉。

 自分の知らない何かがあると。


「あの、頂いてもいいですか? ソレ」


 干し肉を指さすシルヴィアに、ストリートは防水袋を差し出した。


「味は保証しねぇからな、大尉。なにせ自家製だからな」

「構いませんよ。少なくとも不味い携行食よりはマシです」


 シルヴィアなりに冗談を言ったつもりだった。

 それを聞いたストリートは暫く呆然とした表情をしていた。

 普段からお堅いシルヴィアが冗談なんて言うはずないと思っていたのだろうが、直ぐに笑い飛ばす。


「不味い携行食よりはマシか……意外と言うじゃねぇか、大尉」

「どうも」


 周りの隊員隊を見ると軍から支給されている携行食を食べていたのはシルヴィアだけだった。

 みんな缶詰を食べている。それも恐らくメインベルトの高級将官専用食堂から盗んできたであろう缶詰をだ。

 果物の缶詰や、人口肉ではない本物の肉を使ったポークビーンズ。

 ストリートから干し肉を取ると、膝上に載せては手を合わせ。


「頂きます」


 戦場にいるのに、こんな時までお行儀が良いシルヴィア。

 ストリートは鼻で笑い。


「戦場で、やる奴を初めて見たよ。食う時までお行儀が良いんだな。メインベルトは」


 それはストリートなりの皮肉。

 だがシルヴィアは笑って返した。

 皮肉を言われていると気づいてはいたが。


「すみません……小さい頃からの癖なんですよ。小さい時にニッポンに短い間でしたが住んでいたので」

「ニッポンって、あの連邦の傀儡同盟国家か」

「ええ。お父様が……父が駐留軍司令官で少しの間ですが向こうの学校にも行きました。生憎と受け入れてくれなくて、基地の学校に通いましたけど」


 またストリートに皮肉を言われると思い、言い直した。

 だがストリート自体の興味は後半の方だ。

 シルヴィアの言う、受け入れてくれなくては比喩だとわかったから。

 受け入れてくれないは拒絶を意味する。

 即ち学校での虐めだ。


「無理もねぇ。ニッポンは連邦政府の言いなりだからな。あそこじゃメインベルトなんて目の敵にされただろう」


 オセアニアしかり、パイオニア連邦は幾つかの同盟国がある。

 もちろん同盟とは名ばかりの傀儡同盟国家。

 発電プラントや食料プラント建設を肩代わりする代わりにベルトシステムを導入させる。

 無論、食糧難の国は従わざる得ない。

 そうしないと国民が飢餓で餓死するから。

 そうやって連邦は駐留軍を置いては基地化し、大陸にある大国達に睨みを利かす。

 だが基地化に際し、そこでもメインベルトは理不尽な事を平然とする。

 基地建設のために住民の強制立ち退きや、駐留軍の略奪、暴行、性犯罪もあったが闇に葬られた。

 自分達はメインベルト。

 金で全てを解決し、ニッポンの国民は自分達のペットみたいな物だと考えていた。

 ニッポンの司法や警察、そしてニッポン政府までもが完全にメインベルトの犬に成り下がっていたからだ。


「まぁ、それなりに。登校中に水をかけられたり、物を隠されたりなんてしょっちゅうでしたよ。……けど、歳が離れた兄が居てくれて助かりました。兄のお陰で虐めっ子達からの歓迎も無くなりましたし……」

「そっか……あんたも色々あんだな。その兄貴は元気なのかよ? 今でも仲良しこよしか?」

「いえ、亡くなりました」


 躊躇いがなく、あっけらかんと言うシルヴィアにストリートは思わず呆けてしまい、口から噛んでいた干し肉が落ちた。


「……死んだってアステロイドベルトに殺されたのか?」


 シルヴィアの口振りからして、兄も兄で妹に負けず劣らずの正義感野郎かと思っていた。

 だからアステロイドベルトの反感を買い、中には暗殺紛いな行為をする連中がいるから殺されたと。

 だけどシルヴィアはちょっと哀しそうな表情を浮かべながら。


「事故で亡くなりました。運転する車が壁に激突して、帰らぬ人に。……警察からはアルコール成分が遺体から検出したから飲酒事故だろうと言われました……」


 何処か含みを持たせる言葉。

 まるで事実は違うと言いたい様なシルヴィアにストリートは現実を突きつける。


「でもメインベルトの検死官が言ったのらな真実だろ。奴ら俺達に嘘を言っても、同じメインベルトなら言わないからな」

「けど、兄は飲酒運転する様な人じゃないです! そんな人じゃ――」

「――ないと。言いたいのか?」

「ッ!?」

「それは大尉の知ってる兄、信じたい兄だからだ。実際、兄の全てを知ってる訳じゃない。兄貴だって家族の知らない一面がある。誰しもあるように、大尉だって例外じゃない。ただ知らない、知っても認めたくないだけだ」


 確かに兄さんは違うと信じたい自分がいる。

 幼い時にテレビに出てくる正義のヒーローみたいに、こう信じたいと思っている。

 実際はそういう人間とは知らず、ただ頑なに認めたくないだけかも知れない。

 ストリートも流石に雰囲気が悪くなったのに感づく。

 シルヴィアの願望に現実を突きつけたからだ。

 そして丁度よく、ウォーカーとトリガーが見回りに帰って来たのが見え。


「レイ! 大尉の隣に座れ。俺は少し仮眠を取る」


 ストリートの言葉に応じて言葉を返す訳でもなく、ウォーカーは無言で頷く。

 トリガーはシルヴィアの隣に早く行きたいらしく、尻尾をブンブン大きく振りながらウォーカーの顔を伺って。


「わかったから落ち着け。大尉、隣いいですか? トリガーもいますけど」

「か、構いません! どうぞ!!」


 明らかに声色が高鳴っており、遠くにいる敵にまで聞こえそう。

 たちまちシルヴィアも気づいたのか、顔を真っ赤にしながら俯く。

 ストリートはヘルメットを目線の位置まで被ると土の壁に深く凭れかかり、少しはなれた位置に座るルナの口を必死にマリアが塞いでいた。

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