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先にいきません

 リーナと無事仲直りし、シルヴィアは次の目的地に向かった。

 眼前にある金網の向こうには、不貞腐れた様に背中を見せているルナ。


「……何か用? メインベルトのお嬢様」


 シルヴィアが外に居るのは気配で分かっているが、未だベッドから起き上がらずに不機嫌そうな口調でいう。

 その雰囲気でシルヴィアの足は一歩だけ退いてしまうが、勇気を出して立ち止まる。


「その……メイヤー上等兵との想い出の縫いぐるみを穢してしまって本当にごめんなさい」


 背中越しでもシルヴィアが頭を下げているのが分かる。

 髪が揺れる音や、哀しい声音で。


「ねぇ、本当なの?」

「え?」


 背中越しに問い掛ける言葉。

 一瞬、シルヴィアは何の事を言っているのか分からなかった。


「だーかーら、仲間の遺品を集めるの手伝ってくれた事がよ! それくらい分かってよね!」

「す、すみません」


 自分よりも一つ歳が下なのに、完全に上官と部下の立場が崩れている会話。

 どっちが歳上だか、分からないくらいだ。

 そしてシルヴィアがゆっくりと口を開く。


「……遺品を集めるの手伝いたいとウォーカー軍曹に言い出したのは自分からです。ウォーカー軍曹には『綺麗な手が汚れますよ?』 って言われましだが、仲間の為なら何だってします」

「……そう」


『綺麗な手が汚れますよ?』って言葉にルナの心はざわつき、つい寝ながら自分の手を見る。

 その手はガンオイルが染み付いては傷だらけの手だった。

 肌は荒れているし、爪だって傷めている。

 一度もネイルなんてものはやった事なんか無く、まして男性から綺麗な手なんて言われた事すらない。

 この血に汚れた穢い手は。


「あ、あと濡れたら風邪を引きますよって言われました。ウォーカー軍曹も濡れてますよって言ったら『自分は貴女とは鍛え方が違います』と言われちゃいましたけど」

「……」


 これ以上聞きたくない。


 これ以上聞いたら、また怒ってしまう。


 これ以上聞いたら心が苦しい。


 すごく……すごく苦しい。


「……もういい」

「――え?」

「もう聞きたくないって言ったの! やっぱりアンタの事は嫌い! 嫌い嫌い嫌い大嫌い!!」


 ベッドから立ち上がり様にシルヴィアを見て言い放つ。


「何よ、メインベルトのお嬢様が一端に仲間気取り!? アンタなんか仲間じゃない! 仲間の振りをした偽善者よ! 自分で私達に何をしてるのか分からないクセに!」

「……ごめんなさい」


 この時のシルヴィアはルナの言っている事が理解出来ずに、ただ謝る事しか出来なかった。

 これ以上話すと彼女を余計に怒らせるだけと思ったシルヴィアは静かに懲罰房の鍵を開けて。


「二〇〇〇時より任務です。一緒に行くかどうかは貴女に任せますし、先程の一件は罪には問いませんから安心して下さい」

「罪には問わないってバカなの? 報告書に書けば私を銃殺でき――」

「それだけは出来ません!!」


 シルヴィアの叫びにルナは一瞬怯んでしまう。


「あなたにとっては偽善者かも知れませんが、私にとってあなたは大事な仲間です! 戦死したリン・メイヤー上等兵や他の亡くなった隊員達もです。アステロイドベルトだからって関係ありません。あなた達は大事な仲間です!!」


 式典での放送を見た時は、何甘い事を言っているメインベルトのお嬢様だと思ったルナ。

 実際会ってみたら本当に甘ちゃんだったけど、本当に彼女は私達の事を……。


 シルヴィアもつい熱くなってしまい、我に帰ると気まずくなってしまった。

 そしてルナに背を向けて。


「司令官と話をして、上手くいけば輸送機を手配出来ます。そしたら仲間の遺体や遺品を家族に帰せますから……」


 司令官と話したって。


 何でそこまで私達にするの?


 私達はアステロイドベルトだよ?


 あんた達が忌み嫌うアステロイドベルトなんだよ?


 そんな事をしたらアンタがメインベルトに嫌われるのに、何でそこまで私達にしてくれるの?


 それじゃ本当にアンタは私達の事を……。


 歩き出すシルヴィアに、ルナは叫んで呼び止める。


「待って! その……リンの遺品を見つけてくれてありがとう……きっとあの子も喜んでくれてるし、家族の元に帰りたがっている。わたし達じゃ……仲間を家族の元に帰してあげれない。だから、ありがとう!」


 背中越しに聞いた、不器用ながら感謝する言葉はシルヴィアの心を揺れ動かし。


「それは違います、トュルソワ伍長。彼らは、もう一つの家族の元にちゃんと帰ってますよ」

「え?」


 聞き返すルナにシルヴィアは優しい表情を浮かべて見返す。


「それはあなた達の事です。戦場で結ばれる特別な絆で出来た家族。あなた達の元に彼らは帰れたんです。きっとあなたや生き残った仲間に感謝してるはずですよ」

「ほ、本当にそう思うの? 恨んでない? 怒ってない? どうしてお前らが生き残ったんだよ! って……」


 金網を握りながら苦しそうに言うルナ。

 そんなルナの手を優しく握りながらシルヴィアはいう。


「そんな事ありません。彼らは感謝していますよ。自分を責めれば楽に思えるでしょうが、それは彼ら仲間の死に対する侮辱です!」


 感謝してる。

 その言葉にルナの肩に重苦しくのし掛かっていた何かが軽くなっていく。


「うっ、ごめんなさい……リン! 私がもっと早く援護に行ければ……そしたら……そしたら!」


 金網に凭れながら倒れこむルナ。

 今はもう無き親友の名前を泣きながら叫ぶルナに、シルヴィアは優しく、そして強く語り掛ける。


「生き残った者は彼らの分まで生きなければなりません。だから生きなさい、ルナ・トュルソワ伍長。私は誰一人として戦場に置いて()()()()()()()


 ******


 事前説明室(ブリーフィングルーム)に集まったドラグーン隊の隊員達。

 オセアニアのジャングルでの哨戒監視任務と例のヴァンパイアを破壊する任務をドラグーン隊に打ち明けたシルヴィア。

 例のヴァンパイアを破壊すると聞いた時、隊員達の顔が暗くなったのは嫌でも分かった。

 圧倒的な強さに蹂躙される恐怖。

 なす術も無く、ただ仲間が一方的に殺されていくのを体験したら無理もない。


「全員死ぬまでやらせる気かよ」

「流石はメインベルト。()()()()のやり方を心得ているよ」

「うちらに死ねって言ってる様なものよね……」


 口々に思ってる事を言っては俯いて無言になる隊員達。

 シルヴィアはレイの紹介の下、残りの隊員達と軽く挨拶を済ませる。

 挨拶といってもシルヴィアが一方的話しただけであって、ルナを含めて殆んどの隊員達は無視をしていた。

 思っていたよりも厳しい船出になりそうだと予感させる。

 だがルナが任務に参加してくれるのが嬉しかった。

 本人は「別に暇だから来ただけ。アンタの事はまだ認めてない」って言っていたが、それでも一歩前進したと思う。


「――以上が任務概要になります。何か質問は?」


 シルヴィアの前に集まった隊員達は黙っていたが、奥から手を上げる者が。


「は~い、質問!」

「何ですか? えっと……オリバー上等兵」


 隊員達の人事ファイルには目を通していたので顔が一致したはずだが。


「違います。オリバーは横にいる弟で、俺はイライジャです」

「す、すみません!」


 慌てて頭を下げて謝るシルヴィアにイライジャからの質問は強烈だった。


「隊長は処女ですか?」

「……え? えええっ!?」


 シルヴィアの顔が赤くなった反応を見た瞬間、隊員達が大笑いし始めた。

 だがマリアにギデオン、レイ達は無表情でルナは明後日の方を見ていた。


「イライジャ、良い質問だったぞ!」

「だろ! 良かったら俺が遊んであげますよ、お嬢様!」

「いやいや、イライジャなんかじゃ無理だって! 女を知らなすぎでしょ」


 大笑いして中にはお腹を押さえながら笑っている隊員までいる。

 シルヴィアがどうしていいか困っていると、隣に立つレイが淡々とイライジャに命令した。


「イライジャ、今日はお前がケツ持ちだ」

「ケツ持ちって、この前やったぞ!」

「だからどうした。この前やったからって、今回は無しと思ったのか? 気が緩むと死ぬからな。お前ら全員よく覚えておくんだ」


 哨戒任務に於いてケツ持ちとは最後尾を意味する。

 先頭は地雷や罠に嵌まる可能性が高く、ケツもちこと殿は待ち伏せする敵に一番に狙われる。

 だからやりだからない兵士が多いから大概は順番で回す。

 レイの一言で大笑いしていた隊員達の顔が引き締まった。


「あ、ありがとうございます。ウォーカー軍曹」

「別に。あなたが処女だろうと無かろうと、私にとってはどうでもいいです。それに気が緩むと部下が死にます」

「はい……すみません」


 まるでどっちが隊長だか分からない光景。

 それもその筈で、レイは古参の先任下士官。

 対するシルヴィアは士官ながら部隊指揮は初めて人間。

 古参兵の連中から見ると、どうしても口ばかりの甘ちゃんに見えてしまう。

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