ごめんなさい
再びドラグーン隊の隊舎にやって来たシルヴィア。
あの瞬間が蘇り、心臓が締め付ける感触が次第に大きくなっていく。
深呼吸するシルヴィアに対し、ウォーカーは気遣いなんか見せずに隊舎に入る。
「他の隊員達は食事に行ったと思いますが、目当ての隊員はまだ娯楽室にいるはずです」
「そ、そうですか……」
シルヴィアは一瞬だがホッとしてしまった。
シルヴィアにもプライドがある。
洗濯なんて知らないと分かれば、何を言われるか分かったもんじゃない。
そして娯楽室に入るとロメオ1〇こと、ギデオン・パーカー上等兵。
ジュリエット8のマリア・バークレイ三等軍曹がテーブルの上でトランプを切っている。
マリアがウォーカーとシルヴィアを見るなり、テーブルに置いてあるグラスを掲げた。
「ほらギデオン。私達のレイ君が彼女を連れて来たわよ」
「か、彼女!?」
一瞬誰の事を言っているのかと思い、周りを見回してしまうシルヴィア。
当たり前だが、レイの隣にはシルヴィアしか居ない。
「ち、違います! ウォーカー軍曹とはそんな関係ではありません!」
当たり前に否定するシルヴィアに、マリアは笑いながら手を振る。
「そんなこと知ってるわよ。ちょっとレイ君をからかっただけよ。レイ君ったら顔色一つ変えないんだからつまんないの」
「当たり前だ。ウィンチェスター大尉はメインベルトで、俺はアステロイドベルトなんだから、そんな事は絶対にない」
ウォーカーの当たり前とも言える返しに、シルヴィアの心は少しだけ痛さを感じる。
なんか人知れず振られたみたいに思えるから。
そしてシルヴィアの鼻をある臭いがつく。
「もしかして飲酒してますか?」
すると二人は無言で頷き、ギデオンがグラスに入った琥珀色の液体を見ながら。
「まぁ大目に見てやってくれ嬢ちゃん。明日には死ぬかも知れないんだ、飲める内に飲んどかないとな」
「そうそう。いいお酒は飲まないと勿体ないわよ。大尉もどうです? 合成酒ではなくて本物のお酒ですよ」
空いたグラスをシルヴィアに差し出すが、任務前に飲酒は良くないから首を振った。
何よりパーティーの一件で懲りたからだ。
「ウォーカー軍曹、あの……」
ここに来た理由はお酒を飲む為ではない。
ウォーカーの言う、目当ての隊員に用があるのだ。
「――すみませんでした。マリア、大尉がお前に用があるそうだ」
「私にですか?」
ウォーカーにマリア、そしてギデオンの視線が一気に集中する。
「あ、あのですね……バークレイ三等軍曹に折り入った頼みがありまして……」
「ウィンチェスター大尉!!」
「は、はい!?」
突然、マリアが大声を上げてシルヴィアの肩がビクッとなる。
「私、はっきりしない女性は嫌いなんです。士官ならはっきりと言って下さい。軍曹はモジモジした甘ちゃん女性士官は嫌いですよ」
「す、すみません!! ……って、何処の軍曹の事を言っているのですか!?」
シルヴィアの突っ込みにマリアとギデオンの視線がウォーカーを見る。
当の本人はいつもの冷静な表情を崩さず、三人を見返した。
「何?」
ウォーカーの言葉にギデオンはグラスを一気飲みし、マリアは目頭を押さえて俯き、シルヴィアは咳払いして仕切り直す。
「バークレイ三等軍曹に洗濯を教えて欲しいんですよ。この縫いぐるみを綺麗にして家族の元に返したいので」
リンとルナ、二人の想い出の縫いぐるみを差し出すとマリアの表情が暗くなり、ギデオンは空いたグラスに酒を更に注いで飲み干す。
「これ……リンちゃんの縫いぐるみ……。良かった、見つかったのね……」
マリアはそっと縫いぐるみを持ち、大粒の涙を流しながら想い出を抱き締める。
「ごめんなさい、リンちゃん。ノロマな私を庇ったばかりに……本当にごめんなさい……」
泣き崩れる仲間にシルヴィアはかけてあげられる言葉が見付からず、ギデオンは杯を掲げて飲み干す。
ウォーカーだけは表情を変える事なく、泣き崩れる仲間を見下ろした。
******
マリアを椅子に座らせて、シルヴィアは事情を説明した。
上手く事が運べば、遺体と遺品を輸送機に載せて本国に帰せると。
そして、その前にルナにリンを遺品を返してあげたいという願い。
想い出の品を泥にまみれたままでは返せないから綺麗にして渡してあげたいのだ。
「事情は分かりました。そういう事なら協力します」
「本当ですか!?」
マリアの手を温かく包み込む癒しの手。
普通のメインベルトだったら穢らわしいと言って、触らないのに何の躊躇もなく握るシルヴィアに驚いてしまう。
「え、ええ。……それに、リンちゃんの家族も多少の慰みになりますから。戦死通知書なんて紙切れ一枚よりずっとね」
「はい! よろしくお願いします、バークレイ三等軍曹!!」
頭を下げて感謝するシルヴィアだったが、マリアとギデオンは首の辺りを触りながら苦笑する。
******
ドラグーン隊の隊舎を後にし、シルヴィアは急いで自室に戻った。
野戦服に着替え、ロッカーからバックパックを担いで部屋を出ようとするが、その前に机の写真立てに向かって敬礼する。
「シルヴィア・ウィンチェスター大尉、行ってきます! 私と仲間を守って下さいね、兄さん」
兄の写真立てに挨拶を済ませ、武器庫に向かい、ブレスレットIDを翳して鍵を解錠させる。
連邦製標準小火器。6・8ミリ口径のアサルトカービンを取り出し、ボディーアーマーに予備弾倉を入れ、サブウェポンであるリボルバーを腰のホルスターに収める。
更に小型のリボルバーを足首に隠し。
一連の装備を整えてドラグーン隊の隊舎に向かうべく、境界線のゲートに行くとリーナが立っていた。
いつもだったら何か話すのだが、ゲートでの出来事が気になり言葉が出ない。
互いに無言のまま通り過ぎようとした瞬間、背中からリーナの声が。
「シルヴィ、さっきはごめん……ちょっと熱くなり過ぎたわ」
その言葉にシルヴィアも振り返り。
「私の方こそごめんなさい。リーナの生立ちを考えれば、そう思っても不思議じゃないものね」
「ううん、あれはシルヴィが正しいよ。このところ疲れてたから、つい……」
何処か苦し気で、哀しい顔を親友に見せるリーナ。
そして手に持っていたファイルをシルヴィアに手渡した。
「これは?」
「私なりに戦況と敵を分析した資料。役に立つか分からないけど、その……良かったら使って」
罰が悪そうに髪を触わりながらいうリーナ。
不器用ながら自分の事を心配してくれているんだと思い、シルヴィアは嬉しくなり、ファイルを抱き締めながら。
「ありがとう、リーナ。凄く助かるわ」
「うん……別にいいよ、暇で調べただけだから」
「そんな事ないわよ。リーナにはいっつも助けてもらってる。アナポリス時代からね」
言葉を交わす度に二人の顔が和らいでいく。
互いに親友と認めてからは何度も互いにぶつかり合ってきた。
顔も見たくないと思った事もあったが、そこは親友同士。
不器用ながらも互いに歩み寄って、乗り越えてきた深い絆がある。
「ま、まぁシルヴィは昔から私が居ないとダメだからね。しっかりしてそうに見えて抜けてるから」
「えーひどい! リーナだって同じじゃない」
「いやいや。シルヴィよりはしっかりしてるから。少なくとも酔って人様に絡まないし」
「それは本当にごめんなさい……気をつけます」
シュンとしたシルヴィアを見て笑みを溢すリーナ。
それを見てシルヴィアも笑みを浮かべる。
「よし、仲直り完了! 無事に帰ってきなさいよ、シルヴィ。哨戒任務だからって甘く見ないこと! ジャングルでの哨戒は危険なんだからね」
「大丈夫よ、私の部下は優秀だから」
「はいはい。奴らに寝首をかかれない様に気をつけてね。無線は常に通じてるから何かあったら直ぐ呼ぶこと」
「分かってるわよ。もう、子供扱いしないでよね」
そういってリーナは笑顔で親友を見送ると、次第に表情が曇っていっては冷たい目になり。
「本当に気をつけなさいよ、奴らは穢い連中なんだから……」




