触らないで
あれからどれくらい時が経っただろうか。
数人分の遺品を回収出来たのは良かったが、中にはコックピットが貫通した機体もあり、何も残っていなくて心が痛くなる。
遺品の大半は写真や恋人、家族からのお守りと思われるアクセサリー。
あとの大半は手紙だ。
彼らが届かないと分かっていながら、それでも書いた手紙。
そして自分がこの世界に存在したという数少ない証。
最後の機体を探し終わり、コックピットから出ようとすると血で汚れた手が差し出された。
顔を上げるとウォーカーがシルヴィアに手を差し出している。
「お疲れ様です、ウィンチェスター大尉。お陰様でだいぶ早く終わりました」
いつもと変わらない機械みたいに冷たい口調だが、シルヴィアには微かに笑っている様に思えた。
そのままウォーカーの手を握り、引き揚げて貰う。
初めて男の人の手をしっかりと握った。
その手は傷だらけで仲間達の血が付いているが、初めて感じる感触に頬が赤くなるが直ぐにいつもの調子に戻した。
「指揮官として当然です。あなた達は仲間なのですから」
「仲間ですか……」
仲間という言葉を聞いた瞬間、ウォーカーの視線が冷たくなりながら首を触るのがシルヴィアは気付けなかった。
「それにサミュエル司令官と話しました。上手くいけば来週には遺体を本国に送れます」
シルヴィアはウォーカーが喜ぶだろうと思っていたが現実は違った。
「何を犠牲にしたのです?」
予想をしてないウォーカーからの言葉。
一瞬喜んで笑顔を見せてくれるだろうと思っていたが、すぐ目の前に立つウォーカーの顔に笑顔は無い。
「あなたはメインベルトの人間だ。俺達とは違って将来が約束されているのに、何故そこまでしてアステロイドベルトに関わるのです? あなたにはメリットが無いはず。むしろ昇進するには邪魔な存在でしょう」
「ち、違っ……」
シルヴィアは歩み寄ろうとするが、ウォーカーは非情に突き放す。
「あなたはメインベルトにしては良い人間だ。だから忠告します。これ以上アステロイドベルトに関わるのは止めた方がいい。じゃないと俺みたいになりますよ……」
何処か哀しそうな表情をシルヴィアに見せるウォーカー。
雨が降っているせいか、目から涙を流している様に見えてしまった。
その哀しそうな表情を浮かべるウォーカーの頬を触ろうとシルヴィアの手が伸びる。
血まみれだった白い手は雨に洗い流され、触れれば癒されるであろう少女の癒しの手が少年に触れ様とした瞬間。
「リンの縫いぐるみに触るな! メインベルト!!」
その言葉に触れ様とした癒しの手は離れ、シルヴィアとウォーカーは我にかえって叫びの主を見る。
スコールに打たれ、ずぶ濡れ姿のルナ。
ルナの視線はシルヴィアが持つクマの縫いぐるみを見ている。
「良かった、トュルソワ伍長。お友達の遺品が――っ!?」
その瞬間、ルナはシルヴィアからクマの縫いぐるみを奪っては突き飛ばす。
泥濘んだ泥に倒れるシルヴィア。
「勝手に触るな! メインベルトのお嬢様!! 私達の想い出を穢さないでよ!!!」
大事そうにリンの縫いぐるみを抱き締めるルナ。
「違います、私はただ遺品を集めていただけで……」
分かって貰おうするが、シルヴィアの言葉はルナには届かず拒絶されてしまう。
「集めていただけ? 笑わせないでよ! 安っぽい同情なんか要らないんだから! あんただって何とも思ってないでしょ! どうせ馬鹿な家畜が死んだだけだって、代わりのアステロイドベルトなんて沢山いるから別に気にもとめてないんでしょ!」
「ち、違います! 私は本当に――」
「何よ、あんたが私達に同情してくれるの? お優しいメインベルトだこと! あんたみたいな偽善者は嫌い……嫌い嫌い嫌い大嫌いよ!!」
ルナが手の平を振り上げるのが見え、シルヴィアは咄嗟に身構える。
だが一発の銃声が鳴り響き、シルヴィアは恐る恐る瞳を開けると、目の前に立つルナの手が止まっていた。
銃声の方を見るとリーナが自動式拳銃を構えており、その拳銃の銃身からは排煙が仄かに出ている。
「シルヴィから離れなさい、アステロイドベルト! 次はその醜い眉間に当てるわよ!!」
戸惑うルナに更に拳銃を撃つ。
「早くしなさい! 穢らわしいアステロイドベルトが!!」
銃声を聞きつけて基地の人間が集まって来た。
憲兵達も駆け付けて来て収集がつかなくなり、多くの人間が当事者達を見る中、シルヴィアは立ち上がりルナとリーナの間に立つ。
「シルヴィ、大丈夫!?」
「ええ。銃を下ろしなさい、リーナ。あなたの銃は敵を撃つ物で、仲間を撃つ物ではないわ」
「で、でも――」
「早く銃を下ろしなさい!」
シルヴィアの迫真にリーナは怖じ気づき、拳銃を直ぐに下ろした。
それを見たシルヴィアは振り返り、ルナの頬を引っ叩く。
「ルナ・トュルソワ伍長。士官には敬意を払いなさい!」
泥濘んだ地面に倒れ込むルナ。
すかさず立ち上がって反撃しようと迫ってきた。
「ふざけないでよ、メインベルトの――うっ!?」
突如として地面に倒れ込むルナ。
シルヴィアの手には小さなスイッチが握られており、ジョーカーを発動させたのだ。
体が麻痺してるのに口からヨダレを垂らしながら動くルナ。
必死に手を伸ばし、地面に落ちているクマの縫いぐるみを……親友との想い出の縫いぐるみに手を伸ばす。
それを見たシルヴィアはルナの手を少しだけ蹴り、クマの縫いぐるみを掴んで持ち上げた。
「アステロイドベルトは私物の所有を禁じられています。よってこれは私が預かります」
「ふざけないで……この……メインベルトのお嬢……さま……リンの……私達の想い出を穢さないで……よ」
必死にシルヴィアの軍靴を掴むルナ。
再びリーナが拳銃を構え始め、憲兵達も構え始めた瞬間、再びシルヴィアが叫ぶ。
「ウォーカー軍曹! トュルソワ伍長を早く懲罰房に入れなさい!」
呼ばれたウォーカーはシルヴィアに箱を手渡してルナを肩に担ぐ。
そしてシルヴィアはルナとすれ違いざまに彼女の耳にそっと囁いた。
「……ごめんなさい」
その言葉にルナは涙を流しながらシルヴィアの背中に向かって吐き捨てる
「……しね」




