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手伝います

 目の前の光景にサミュエルは目を疑がった。

 アステロイドベルトの為に頭を下げるメインベルトの……穢れを知らないお嬢様の行動にだ。


「お前……自分で何をやってるのか分かっているのか。相手はアステロイドベルトだぞ」

「分かっています。准将にとってはアステロイドベルトでも私にとっては仲間です。だから彼らの為に輸送機を飛ばして下さい、お願いします!」


 未だ頭を下げ続けるシルヴィア。

 式典の時の言葉は詭弁だと思っていたサミュエルだったが、半ば嘘ではなく本当の事を言っているのだと思いはじめてしまう。

 だがシルヴィアの後ろに立っているメインベルトの従卒が目に入り、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 そして軽く鼻で笑い、直ぐ様デスクの上にある紙に書き始めてはシルヴィアに突き出した。


「お前が、そこまで奴らの味方をするならいいだろう。明日から一週間任務外の時、車輌整備で出したオイル缶を掃除しろ。いつもだったらアステロイドベルトにやらせるが、そこまで言うなら奴らの代わりにお前がやれ。そしたら考えてやらん事もない」


 それは踏み絵みの様な命令。

 アステロイドベルトにそこまで入れ込むなら、本気を見せてみろと。

 どうせ世間知らずな御三家のお嬢様の事だ。

 三日もすれば泣き付いて来て、化けの皮が剥がれるだろうと。

 だがシルヴィアは笑顔で命令書を受け取って敬礼する。

 叶うかどうかも分からないのにだ。


「ありがとございます、准将閣下! シルヴィア・ウィンチェスター大尉、頑張らせて頂きます!」

「待て……俺は、まだ飛ばすとは――」


 飛ばすとは言っていないが、シルヴィアの意気込みからは完全に飛ばすと確約されている。

 サミュエルが言いかけるが、シルヴィアは更に。


「失礼します、准将閣下! 哨戒任務前にやらなければいけない事がありますので!」

「おい待て! まだ話は……チッ」


 サミュエルの制止も聞かず、風の様に走り去ったシルヴィア。

 嵐が過ぎ去った司令官室にサミュエルは深く椅子に凭れかかっては、冷めた珈琲を口にする。


「あの調子だと自分が知らずに奴らの頭に銃を突き付けてるとは気付いていないだろうな。気付いた時が見物だよ、名誉勲章持ちのウィンチェスター大尉。自分がいかに口先だけで世間知らずなお嬢様だって事が分かるだろう」


 ******


 未だ止まないスコール。

 メインベルトの敷地は舗装されているが、アステロイドベルトの敷地なると土になり、雨が降ると足元取られるくらいに泥濘んでいる。

 そんな中、シルヴィアは傘も挿さずに走って境界線を抜けて行く。

 目指す場所は彼らが眠る場所。

 そして彼らの眠る場所で一人、黙々と残骸から遺品を回収している少年にシルヴィアは叫ぶ。


「ウォーカー軍曹!」


 自分の名前を呼ばれたのに気付いたウォーカーは残骸によじ登っていた所から振り向ては、眼下に立つシルヴィアを見下ろす。

 雨に濡れたウォーカーの黒髪は艶めかしく見え、濡れた体が色を醸しだす。


「どうしたんです? ウィンチェスター大尉」


 その姿に一瞬心奪われたシルヴィアだったが、直ぐに頭を振って本題を話す。


「私も手伝います! 仲間達の遺品を探すのを私も手伝いますから!」


 決意を込めたシルヴィアの言葉だったが、またもウォーカーは冷たく返す。


「濡れたら風邪を引きますよ」

「生まれつき体は丈夫なので大丈夫です。それに、それはウォーカー軍曹も同じです」

「あなたとは鍛え方が違うので自分は大丈夫です。それに綺麗な手が汚れますよ、コックピット内にはあなたが見た事すらない悲惨な機体もありますし」

「大丈夫です、ワシントンの戦いで地獄は見てきました。私だって軍人です、覚悟は出来ています」


 ワシントンで初めて人が死ぬのを間近に見た。

 さっきまで生きていた人間が、まるで蝋燭の炎を消すように、簡単に命の炎が消える瞬間を。

 そして手に遺る生きたいと震えていた意思も。

 シルヴィアの堅い決意に何を言っても無駄だと思ったのか、ウォーカーが再び機体をよじ登りながらいう。


「ではお好きにどうぞ。ワシントンの戦いは自分もテレビで見ましたが、本当の戦場の酷さは比べ物になりません。一応、忠告はしましたからね」

「はい、好きにやらせて貰います!」


 ウォーカーの言葉にシルヴィアは嬉しくなり小さく飛び跳ねた。

 そして機体をよじ登っては司令官室から出ては急いで持ってきた隊員のファイルを開く。

 それに記された機体番号と、残骸の機体番号を照らし合わせては写真に写っている顔を見る。

 まだシルヴィアと変わらない年齢の隊員達。

 戦争やベルトシステムによる境界線が無ければ、きっと年相応に楽しんでいたであろう少年少女達。


 その内の一機の現実にシルヴィアは息を飲む。

 コックピットの内に残った仲間の一部。光学スクリーンに飛び散った血飛沫。

 ふと装甲を掴んでいた手を見る。

 白く穢れを知らない手にはべったりと血が付いていた。

 だが臆することなくシルヴィアは機体番号とファイルに記された機体番号を照合する。


「リン・メイヤー上等兵……直ぐに家族の元に帰してあげるからね」


 そう言ってシルヴィアはコックピット内に入り込む。

 何か遺品になる物はないかと探すが、コックピット内の損傷が激しい。

 そんな中、シート下から一体の小さいクマの縫いぐるみが出てきた。

 余程大事だったみたいで防水袋の中に入っており、その中に一枚の写真も入っていた。

 黒髪の幼き少女と仲良く写る栗色の髪を持つ少女兵。

 二人とも仲良く同じクマ縫いぐるみを持っている。


「これはトュルソワ伍長……」


 写真にはトュルソワと仲良く抱き合いながら互いにカメラに向かってクマの縫いぐるみを見せている。

 その写真を見ていたら不意に小さな涙が落ち、シルヴィアは写真とクマの縫いぐるみを抱き締めながら囁いた。


「痛かったよね……怖かったよね。ごめんなさい……本当にごめんなさい。直ぐに家族の元に帰してあげるから。だから少しの間だけ我慢してね……」


 少女のすすり泣きなから囁く優しい言葉は雨音に消されることなく少年の耳に届くが、少年はすすり泣く少女に優しい言葉をかけることはなかった。

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