何でもない
ユニオン広場に設営されている司令本部に着くなり、地上誘導員が赤く輝く誘導棒を振って所定の場所に案内する。
誘導されながらサイドモニターを見ると此処でも兵士達がお祭り騒ぎをしていた。
「飲酒は許可されていないのに、ここの人達ときたら……」
所定の位置に立たせるなり、シルヴィアは機体のメインスイッチを切ってハッチを開けた。
ハッチを開けるるなり新鮮な空気に目が覚める。
ヴァイパーの中は対生物兵器用空調システムが装備されており、快適は快適なのだが、やはり新鮮な空気は違う。
そして昇降用のクレーンに足を掛けてワイヤーロープを掴みながら降り始めると下から叫び声が。
「シルヴィ! スカートだと見えるわよ!!」
「え!?」
その言葉を聞いてシルヴィアは咄嗟に制服のスカートを押さえる。
いつもなら野戦服を着用するが、今回は海兵隊礼装のブルードレスを着用するように言われていたから、いつもの癖で気にもせずクレーンを降りてしまった。
「いや~建国の御三家たるウィンチェスター家の御令嬢とは思えない姿だったよ、ミス大統領」
地上に足を着けるなり、目の前にいる、同じくブルードレスを着た女の子が笑いかける。
ブルードレスに士官用の黒いベルトを着け、ボブカットされた栗色の髪に眼鏡を掛けた少女。
「やめてよ、リーナ。そのあだ名は新兵訓練時代を思い出すから……」
「え~いいじゃん、ミス大統領ってあだ名。初日に教官から『なぜ温室育ちのお姫様が私の海兵隊に来た!? 理由を言ってみろ!』って言われたら、『大統領になる為です!』って言った時は皆が笑っていたしさ」
「だからやめてって。思い出しただけでも頭痛がする……」
リーナは教官の顔真似をしながらシルヴィアの恥ずかしい過去を肴にして笑う。
その笑いを打ち切る為にシルヴィアは皮肉を込めた質問をする。
「それで、何で海兵隊情報部であるリーナ・パークス大尉がこんな場所に来てるんですか? 情報部ならエアコンの効いた海兵隊司令部に居なさいよ」
「決まってるじゃん。メインベルトなんだから、お祭りを楽しみに来たのって言えば満足?」
「もし本当にそうなら残念だけど友情はここまでね……人を見る目がなかった自分を呪うわ」
リーナを軽蔑するように見るシルヴィアの蒼い瞳にリーナも一線を越えないように直ぐ訂正する。
「もう冗談だよ、冗談。流石の私でもシルヴィの愛してやまない、アステロイドベルトをディスったりしないよ。まだそこまで性格歪んでないしさ」
「そうならいように願うわ。私も貴女のつまらない冗談で友達を失いたくないし。あと彼らをアステロイドベルトと呼ばないで。ちゃんと名前があるんだから」
「はいはい。名前があるのは知ってるけど基本的に彼らは私達の世界には仕事以外で入れないし、彼らの様な仕事仲間は居ないから名前なんて知らないよ。ま、知った所で何も変わらないけどさ」
シルヴィアに嫌われたいのか、嫌われたくないのかよく分からない言葉を選択するリーナ。
もちろんシルヴィアはリーナがこういう性格なのを承知の上で友達になった。
これは彼女が悪いのではなく、彼女を取り巻く環境と教育が今の彼女を作り出したと信じているから。
そしてリーナが言う世界はメインベルトの居住区を指す。
基本的にメインベルトは汚れ仕事をしない。
それらの仕事は全てセンターベルトとアステロイドベルトの仕事と考えており、センターベルトもやりたがらない汚れ仕事をアステロイドベルトにさせる。
メインベルトの居住区は各都市の中央にあり、センターベルトは市外。アステロイドベルトはインフラ整備すら満足に行われていない廃墟に近い地区に住んでは仕事の時だけ入れる。
「でもあれは傑作だったよ。『大統領になる為です!』って聞いたとき、わたし頭のおかしいメインベルトが来た! って思ったもん」
「いいでしょ別に。大統領になるには兵士になって、皆の信頼を勝ち取る方が早いんだし」
「信頼ねぇ……。センターベルトは分かるけどアステロイドベルトも入るの? その信頼って中に」
リーナの疑問は当然だった。
パイオニア連邦ではアステロイドベルトには投票権が与えられていない。
便宜的には連邦国民の一員だが、実質的に税金が払えない者に権利は無い。
犯罪に遇っても警察はまともに取り合わないし、むしろ警察が犯罪者扱いをする。
そんな連中の肩入れなんかしたら変な目で見られるし、下手したら自分がセンターベルトに、最悪はアステロイドベルトに落とされてしまう。
言うなれば百害あって一利無しの存在。
「当たり前でしょ、彼らだって連邦国民の一員なんだから。皆は変えようとしない世界だけどわたしは変えてみせる。大統領になれば現行の制度改革だって出来るはずだから」
自身満々にリーナの瞳を見て演説するシルヴィアの眩しい藍色の瞳を見て、思わずリーナは背中を向けて囁く。
それは余りに眩しい存在……シルヴィアが穢れなき聖女に感じてしまうから。
「本当に愛でたいお嬢様だね」
リーナの言葉がシルヴィアの耳に届こうとした瞬間、数機の戦闘機が低空飛行して言葉をかき消す。
「リーナ! いま何か言った!?」
戦闘機の轟音が響く中、シルヴィアはリーナの言葉を確かめるが、彼女は涼しい顔で言い返す。
「何でもない! それよりも待機時間はお祭りを見に行こうよ! せっかくの特権なんだから!」
一瞬嘘かも知れないと思ったが、シルヴィアも暇な待機時間を潰したいと思い頷く。
後に悲惨な結末になるとは知らずに。