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よろしく

 あの日の行いに悔いはない。


 強いて言うなら、彼女に迷惑をかけた事を後悔している。


 でも彼女は泣きながら笑い「お帰りなさい」と言ってくれた。


 その言葉を聞き、俺は彼女の為に生きたいと思った。


 レイ・ウォーカー軍曹 手記抜粋


 ******


 シルヴィアの目の前に立つ、ウォーカー軍曹。

 裾が擦りきれた野戦服に、所々破けて小さな穴が空いており、それがいかに長く戦場に居たか物語る。

 野戦服の上着のボタンはとめずに、その下には支給されている肌着は身に付けずに鍛え抜かれた筋肉が見えてしまっていた。


「どうかしましたか? ウィンチェスター大尉」


 その肉体美に魅入っているシルヴィア。

 ウォーカー軍曹の言葉は届かず、顔を真っ赤に染めているのを見て、隣に居たリーナが咳払いする。


「え!? あ、ああ何でもないです! よろしくお願いします、ウォーカー軍曹。隊長のシルヴィア・ウィンチェスター大尉です」


 シルヴィアが握手を求めて差し出すが、ウォーカー軍曹は敬礼で応えた。


「こちらこそ、ウィンチェスター大尉。早速ですが、車を用意してますので隊舎にご案内します」


 ウォーカー軍曹の視線の先には軍が使う大型四輪駆動車。

 屋根には5〇口径機銃の銃座があり、車の外板には無数の弾丸と思われる穴が幾つも空いている光景にシルヴィアは息を飲む。


 ******


 荷物を積み込むなり、ウォーカー軍曹が基地の説明を始めてくれた。

 基地の外周防御は対人地雷、磁器探知地雷で防御。

 東側にある唯一の入口は戦車とストライカー装甲車が防御しており、更に基地の四隅に機銃を備えた監視塔があると。

 だがここでもベルト階級の差別は存在していた。

 外周に近い所にアステロイドベルトの隊舎があり、それからセンターベルトの隊舎。

 中心にメインベルトの隊舎兼司令部があると。

 基地が襲撃された場合、一番危険な初期対応をアステロイドベルトにやらせる為だろう。


「ねぇ、この車エアコンは無いの」


 後部座席に座るリーナが運転するウォーカー軍曹に問い掛けた。

 明らかに不満そうな声色で。

 もちろん軍の使う大型四輪駆動車にエアコンなんて快適装備が無い事はリーナは知っている。

 知っているけど、わざと聞いたのだ。

 だがウォーカー軍曹は声色一つ変える事なく、まるで機械が答えるみたいに返事する。


「申し訳ありません。我々が使える車輌は限られてますので」


 ウォーカー軍曹の言う、限られてますはアステロイドベルトの人間がエアコン付きの車なんて使えないのを意味する。

 そんな車はメインベルトしか使えないからだ。


「そ。やっぱりアステロイドベルトは使えないわね」

「リーナ、失礼でしょ!」


 隣に座るシルヴィアに注意されて外を見るリーナ。


「すいません、ウォーカー軍曹。非礼はお詫びします」

「別に構いません。貴女方にとっては住みにくい所ですから」

「そ、そんな事は……」


 言いかけて言葉に詰まる。

 本国に住むアステロイドベルトの居住区域はメインベルトとは違い劣悪だと聞いた。

 だから綺麗な箱庭で暮らしいる自分達には分からないと思ったのだろう

 何しろ、ここは自分にとっては初めて体験する環境だから。


「着きました」


 淡々と事務手続きの様に喋るウォーカー軍曹に距離を感じてしまう。

 こんなにも近くに居るのに、何処から地平線の向こうにいる人と喋っているみたい。

 そして目の前に在るドラグーン隊の隊舎にシルヴィアは唖然としてしまう


「これは何ですか!?」

「何ですかと言われましても、ドラグーン隊の隊舎です」


 目の前に在る隊舎……と言うよりも余った材木で作った家に近い。

 寸法は合ってなく、扉に隙間。窓枠には窓はおろか網戸すら無く、ネット状の網を釘で打ち付けて網戸代わりにしている。


「見た目はアレですが、中はそれなりに綺麗なのでどうぞ」

「は、はい」


 ウォーカー軍曹が扉を開け、シルヴィアが隊舎に入ろうとするが、背後からの足音が無いのに気付く。


「どうしたの? リーナ。中に入って挨拶しないと……」

「ごめんシルヴィ。わたし入れない……先に司令部に行ってるから、一人で行ってきて」


 両親を無慈悲なテロで奪われたリーナにとってアステロイドベルトの部屋に入るのは耐え難い苦痛なのだろう。

 シルヴィアも無言で頷き。


「ウォーカー軍曹。パークス大尉は事情により、先に司令部に行かせます。構いませんか?」

「ええ。隊員達には後で私から言っておきますからご安心を」


 これまた事務手続き口調で言うウォーカー軍曹。

 シルヴィアは先に行く様に視線を送り、リーナは荷物を車から出して歩いて行く。


「リーナ! 司令部まで車で行けるわよ!」

「絶対に嫌! こいつらが触った物なんて触りたくもない! 歩いて行く方がまだマシよ!」

「ちょっと、リーナ!!」


 呼び止めるシルヴィアだが、親友に言葉は届かかずに頑なに拒否する。


「ごめんなさい……パークス大尉は、ご両親をテロ攻撃で失くしているの。その、アステロイドベルトの人達が起こしたテロ攻撃で……」

「そうでしたか」


 そうでしたか。

 ウォーカー軍曹は同情や憤りの言葉すら言わずに、ただそう答えるのみだった。


 ******


 ドラグーン隊の隊舎に入る前。

 アステロイドベルトの隊舎にメインベルトが来るのは珍しいのか、皆がシルヴィアを見ている。

 汚れ一つない軍服。女性隊員に支給されるスカートを履き、胸にはパイロット徽章を着けてるから尚更だろう。

 おまけに式典の映像は基地でも放送されたから有名人だ。

 だが皆の視線が冷たいのだけは嫌でも分かってしまう。

 メインベルトの頂点である御三家の娘が夢見勝ちな事を言ってるのだろうと。

 そしてこれはドラグーン隊員も明らかだった。

 ウォーカー軍曹の案内の下、隊舎の娯楽室に向かうと娯楽室の中はテレビにソファ、おまけにビリヤード台やダーツまである。

 しかもテレビゲーム付き。

 テレビの前には二人の隊員がゲームをしており、格闘ゲームをしている。


「紹介します。今ゲームをやっている二人の内、右側の赤毛の隊員がノア・ニコルセン一等兵。コールサインはロミオスリー。隣にいる栗色の隊員はルナ・トュルソワ伍長。同じくコールサインはジュリエットシックス――」

「え、はい」


 ウォーカー軍曹に紹介されるが二人はゲームに夢中になってシルヴィアを見ない。

 シルヴィアよりも幼い容姿のノアとルナ。


「――ビリヤード台にいる四人の内、一番左からマリア・バークレイ三等軍曹。コールサインはジュリエットエイト」


 マリアはキューを構えていたが、名前を呼ばれると手を振った。

 シルヴィアよりも歳が若干上だか、持ち前の優しい雰囲気を醸し出しており、隊のお母さんみたいな女性。


「次はストリート・ラッセル二等軍曹、コールサインはロミオナイン」


 ストリートはビリヤード台からグラスを取っては、それをシルヴィアに掲げて挨拶した。


「ギデオン・パーカー上等兵。コールサインはロミオテン」


 ギデオンは隊の一番の年長者だろう。

 経験を匂わせる彫りの深い顔。

 胸ポケットから酒瓶の小さなボトルを取り出しては一口飲んで挨拶する


「最後はアリシア・ホールデン伍長。コールサインはジュリエットフォー」


 アリシアは長い栗色の髪を纏めながら手を振った。

 マリアよりも歳下だが、シルヴィアよりは歳上だろうから隊のお姉さんが適当だろう。


「他に隊員はいますが外出中で、以上が今居るドラグーン隊の隊員で――」

「ワン!!」


 ワン? 何処から鳴き声がし、温かいモフモフがシルヴィアの足を撫でていく。


「すみません。シェパードのトリガーです。コールサインはシェパードワン」


 さっきみたいな事務手続き口調が一変し、微かに口角が上がるウォーカー軍曹。

 その光景にシルヴィアも緊張の糸が解れ、ついつい微笑んでしまう。


「ウォーカー軍曹。トリガーのコールサインってシェパードだからシェパードで、ワンって吠えるからシェパードワンなんですか?」

「そうですけど、何か?」


 おかしいんですか? と言わんばかりの顔。


「いえ、ちょっと分かりやすいなって。おいで、トリガー」


 しゃがみ込んでトリガーを呼ぶと尻尾を振って近付く。

 あともうちょっとでシルヴィアの手に触れる瞬間。


「行っちゃダメ、トリガー!」


 さっきまでゲームをやっていたルナがシルヴィアを睨む様に見ている。

 トリガーは困ったみたいで、クゥーン、クゥーンと鳴きながら右往左往してしまい、見かねたウォーカー軍曹が自分の足を叩いて呼び寄せた。


「すみません、前の戦いで仲間が大勢死んでるので責任を感じてイラついてるのです。大尉は気にしないで下さい」


 それは無理な話だ。

 仲間が大勢死んで怒るのも無理がないし、いくら新任隊長だから責任は無くても、人を失う辛さはシルヴィアだって知っている。


「前の戦いは私も戦闘報告書を読んだので事情を知っています。あなた達に責任は――」


 その瞬間、シルヴィアの真横を何かが高速で通り過ぎては大きな割れる音が響く。

 後ろを振り向くとゲーム機のコントローラーが粉々に砕けていた。

 再び視線を戻すとルナがクマの縫いぐるみを持ちながら息を荒めて睨んでいた。


「今度ふざけた事を言ったら殺す! 責任が無いって? 笑わせないでよ、お嬢様! 仲間が目の前で一方的に殺されて生き残った私達の気持ちがあんたに分かるの!? 分からないでしょ! 分からないのに分かった様な振りをしないで! そういうのが一番イラつくのよ、メインベルトのお嬢様!!」


 無言と無音が娯楽室を支配する。

 誰一人として止めずに入らず、ただ自分の手元を見ていた。

 それはルナの言葉を肯定する意味。

 目の前で仲間を失った事がない、シルヴィアには理解出来ない境地。

 人は自分自身で体験しなければ分からないし、経験もしないで分かった様な口調をするのは、分かった様な気がしてるだけ。


「す、すみません……」


 視線を落とし謝るシルヴィア。

 誰一人として同情や庇う言葉すら出てこない。

 ルナが再び口を開こうとした刹那、ウォーカー軍曹が睨み付ける。

 その刃物の様に鋭い視線にルナは怯んでしまい口を詰むんだ。


「ウィンチェスター大尉、()()の非礼はお詫びします」

「い、いえ……私の方こそごめんなさい……」


 ()()と言うウォーカーの言葉にシルヴィアは、自分がドラグーン隊に受け入れて貰えてないと察した。

 本当だったらシルヴィアの部下なのに、ウォーカーは自分の部下の様な口調で言ったから。

 気まづい雰囲気が漂う娯楽室。

 その空気を変えるかの如く、ギデオンが手を叩いた。


「嬢ちゃん、今日の所は軽く挨拶した所でいいだろ。嬢ちゃんは、()()()()()()()()()()()に帰りな」


 本当は任務の打ち合わせや、軽く雑談を交えながら打ち解けたかったが、そんな雰囲気じゃない事くらいシルヴィアでも感じ取っていた。

 士官に対しては敬礼するのが義務だが、誰一人として敬礼はせず、シルヴィアは軽く頭を下げて退出した。

 まるで逃げるかの様に。

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