初めまして
私は忘れない、この手に残る温かい感触を。
私は忘れない、この手に残る温かさが冷たさになる感触を。
私は絶対に忘れない、彼らを憎む心を。
リーナ・パークス大尉 回想録抜粋
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輸送機に揺られる中、シルヴィアは統合参謀本部から出された追加の戦闘報告書に目を通していた。
隣に座るリーナに話しかけても離陸直後から無言で端末を叩いているからだ。
どうやら相当に不機嫌らしい。
ドラグーン隊の前任である隊長は珍しい事にメインベルトが務めていたらしく、それまでにおける隊の戦歴は素晴らしいものだった。
隊の撃墜対被撃墜比率は1〇:3になっており、1〇機撃墜するのに損害は3機のみを意味する。
オセアニアに展開している軍の撃墜対被撃墜比率が1〇:6だから、それと比べてドラグーン隊の損耗率は低い。
この事から優秀なパイロットが揃っているのもあながち嘘ではないのだろう。
「シルヴィ、アステロイドベルトに気を許したら絶対にダメだからね。あいつら人を騙すのが上手いから、お人好しのシルヴィは絶対にいいように使われるよ。もし危険が迫ったら迷わずジョーカーを使いなさいよね」
リーナが言うジョーカー。
これは戦場に居る全アステロイドベルトの首に着けている別名『調教首輪』。
アステロイドベルトに武器を持たせるのは危険だが、武器を持たないと戦えない。
だから武器を持たせる変わりに隊員にはジョーカーを着けさせて戦わせる。
各指揮官にはジョーカーを起動させるスイッチを手渡されており、スイッチ一回なら失神する電流が流れる。
二回押すと首輪に仕込んだ高性能爆薬が炸裂し、文字通り首が吹き飛ぶ仕組み。
武器を持ったアステロイドベルトが反抗しない様に作った、いかにもメインベルトが考えたシステム。
シルヴィアの身を案じるリーナだったが、シルヴィア自身は大袈裟だと思い。
「きっと大丈夫よ。こっちが信頼すれば、きっと信頼してくれる筈。それにこんなの家畜にするのと同じじゃない」
「あいつらは家畜だよ、シルヴィ」
「え……」
突然の言葉にシルヴィアは聞き返してしまう。
リーナは端末に反射する自分の顔がおぞましい表情をしているのに気づいていたが、その顔を親友に向けてしまう。
「アステロイドベルトやセンターベルトでさえも、うちらメインベルトにとっては家畜同然だよ。ベルトシステムを維持運営する為のね。だってそうじゃない? 奴らはうちらの連邦っていう広大な家畜場にタダで住まわせてやってるんだよ」
「リーナ……」
「連邦以外誰が奴らを住まわせるの? 世界中が食糧難やエネルギー不足で喘いでいるのに。連邦くらいだよ、食糧プラントや発電プラントが満足にある国なんて。それを奴らは恩を仇で返して――」
「リーナ!!」
親友の叫びに我に帰るリーナ。
心配そうに見つめる蒼い瞳から視線を反らして。
「ごめん、シルヴィ。ちょっと両親の事を思い出しちゃったから……顔洗ってくるね。きっと酷い顔してる筈だから……」
「うん……分かった」
親友に見せまいと片手で額を押さえながら立ち上がるリーナ。
乱気流に入った訳でもないのに足取りはふらつき、それを見たシルヴィアは立ち上がって声をかけた。
「リーナ、本当に大丈夫なの? 私だったらいつでも話を聞くから」
リーナの背中に問い掛けたが、親友は決して振り向かず。
「大丈夫。……シルヴィは本当に優しいね、私には勿体ないくらいだよ」
そう言い残し、リーナは再び歩き始めた。
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あれからリーナが再び席に戻ると無言で端末を叩き始め、シルヴィアも連日の疲れからか、次第に瞼が閉じていった。
その後どれくらい時間が経ったのか分からないが、体が揺さぶられて窓の外を見ると見慣れぬ砂上。
輸送機の逆噴射で土埃が舞い上がっている所を見ると、どうやら無事に前線基地に着いたらしい。
機体後部の格納扉が下がっていき、二人は荷物を背負って歩き出した瞬間、操縦室から副機長が話しかけてきた。
「よう、名誉勲章持ちのお嬢様! せいぜいアステロイドベルトに遊んでもらいな!!」
遊んでもらいな。
この言葉を女性に言う意味は一つしかなく、シルヴィアが反撃しようとすると、隣に座る機長が副機長のヘルメットを叩く。
「さっさと機を降りな。地獄の戦場にようこそ、ウィンチェスター大尉。棺桶に入って帰国するなよ」
笑いながら言う機長にシルヴィアは無言で会釈し、リーナは睨み付けては機を降りた。
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二人がタラップを降りる真横を一緒に輸送されてきた貨物コンテナが横切る。
シルヴィアが一瞬だけ荷物を見るとコンテナには精密機械を表すテープが貼られており、牽引車が引っ張って行った。
そしてリーナが開口一番に。
「あああっっっつつついいい!!」
空調が効いた機内から降りた先は灼熱の地獄が相応しいだろう。
肌を焼く直射日光に纏わり付く湿気。
およそ本国では体験した事の無い洗礼。
シルヴィアも思わず上着をパタパタと動かして扇ぐ。
「思ったより暑いわね、湿気も凄いし」
「こんな所でよく戦争なんて出来るわよ。早くシャワー浴びたい」
まだ数分しか経っていないのに二人の額からは大量の汗が出てきた。
周りを見ると、海兵隊員達はオリーブ色の野戦服のズボンを半ズボンにし、軍靴ではなくサンダルを履いて歩いている。
おまけに上半身は良くて半袖かノースリーブ。
悪いと上半身は何も着ておらず、その光景に思わずシルヴィアは視線を反らしてしまう。
「お、遅いわね、ウォーカー軍曹は……。迎えの手筈になってる筈なのに」
夏の様な太陽の所為か、シルヴィアは顔を少し赤らめてリーナに聞く。
するとリーナは察したみたいで。
「見たくないなら両手で顔を押えてなさいよ。シルヴィにとっては殿方の上半身裸ですら刺激が強いんだし」
「へ、平気よ、これくらい! こんなの見慣れてるし!」
妙に強がるシルヴィア。
そんなシルヴィアを見て、リーナの口角が上がる。
「へ~見慣れてるのか~。私の知る限り、シルヴィに彼氏がいたって話は聞いた事が無いんだけどな~」
「ばばば、バカにしないでよね。これくらい普通、普通だか……やっぱり無理無理無理!!」
顔を両手で押えて未開の世界を閉ざすシルヴィア。
この純粋無垢な女の子が、たった一機で三機のレガシーヴァイパーを倒し、大統領から名誉勲章を貰ったなんて信じられない話だろう。
暗闇の世界に閉じ籠っていると、目の前の暗闇から優しい声がした。
「何をしているのですか? ウィンチェスター大尉」
きっとリーナがからかっているのだろうと思い、シルヴィアは顔を閉ざしたまま子供みたいにムキになった。
「ええ、白状しますよ! 殿方の上半身裸なんて見慣れてないです!」
「そうですか」
「そうですかって……悪かったわね! 殿方の裸を見た事なくて! でもしょうがないでしょ! そういうのはお付き合いしてからって、お父様からキツく言われているのよ!」
「それは大切に育てられているのですね」
いつものリーナじゃない返事。
何処か心なしか、興味の薄い……興味すら感じさせないのが声色からひしひしと伝わる。
何かおかしいと思い、シルヴィアは薄っすらと瞳を開けていく。
両手の指の隙間から、前を見ると野戦服に隠れた主張し過ぎない筋肉質。
その胸元に黒い首輪の下に見える認識票。
更に視線を上げると黒髪の少年にシルヴィアの心が一瞬高鳴る。
「初めまして、シルヴィア・ウィンチェスター大尉。自分はレイ・ウォーカー軍曹です。遅くなりましたが、貴女を迎えに来ました」




