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エンドレスワルツウォー  私が俺が、あなたの戦争を終わらせる  作者: 冬葉 ハル
第一章 理という名の重力に縛られた者達
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いつもあなたは誰かに守られて、この世界を生きている

 専制主義が力の暴力なら民主主義は数の暴力。どんなに正しい行いをしようとしても数の暴力の前では無力に等しい。


 そしてわたし達が人間性を捨てた時、技術の産物に一人残らず駆逐されてしまう。


 シルヴィア・ウィンチェスター 回想録抜粋


******


 藍色の瞳を宿した長い黒髪の少女は壁に飾られていた写真を見ていた。

 戦場での一瞬を捉えた写真。

 軍服のまま街で買い物を楽しむ写真。

 連邦軍人型汎用兵器である、ヴァンパイアによじ登って撮ったであろう隊員達の集合写真。

 避難する子供を抱き抱えながら逃げる兵士の写真。

 どの写真に写っているのも少年兵や少女兵達。


「またお婆様の写真を見ているの? レナ」


 レナと呼ばれた少女は海兵隊の長き伝統であるブルードレスを身に纏い、士官用の黒ベルトを腰に着けている。

 そして左腕には、かつて自身のお婆様の様な改革派が着けていた腕章『自由、平等、博愛』のトリコロール腕章を身に付けていた。

 左腰にはお婆様から譲られたリボルバーをホルスターに収めて。


「うん……お母さん」


 短く答えたレナは再び写真に視線を戻し、彼女の母も一緒に写真を見る。


「それはお母様の若い頃の写真ね。所々にお父様も写っているわよ。今もそうだけど、小さい頃からお父様って無口で怖かったわね」

「お爺様が? 確かに口数は少ないけど、そんなに怖くないよ。よく銃の扱い方やヴァンパイアの操縦を教えてくれるし」

「それは貴女が孫娘だからよ。誰だって孫娘は可愛いからね」


 レナはそんなものなのか? と思いながら写真を見続ける。

 お爺様より、むしろお婆様の方がレナは怖いと思っていた。

 敵はおろか味方からも畏怖や恐れから『戦場の吸血姫(きゅうけつき)』という二つ名で呼ばれていたお婆様。

 高潔に、気高く生きてきた女性だから少しでも間違った行いをすると、こっぴどく怒られてた記憶が苦い。


「ねぇお母さん。昔の戦争って酷かったの? 学校じゃ記録映像もあんまり無かったし、この話をするとお婆様もお爺様も凄く怖い顔になるの」


 レナの無邪気な質問に母も写真を見ながら険しい顔になる。


「そうね……酷いって言葉じゃ表せられないわね。私の小さい頃でも戦後復興は余り進んでいなかったもの。破壊された廃墟都市も多かったし、みんな大切なものを失ったわ……」

「そうなんだ……わたし全然知らなかった。学校じゃ、酷い戦争があったって事くらいしか教えてくれなかったから」


 学校じゃ数十年前に世界を巻き込んだ大戦が起こったというくらいしか教えてくれなかった。

 最初は人間同士の戦争から、やがて……。


「お、珍しい写真を見ているな。レナ」

「……お父さん」


 レナにお父さんと呼ばれた男性は、そのまま一枚の写真を壁から取る。


「お、この時のお義父さん若いな。今でも思いだすよ。『お義父さん、娘さんと結婚させて下さい!』って言いにいったら、いきなり頭に銃を突き付けられたんだよ。『俺はお前のお義父さんじゃない。それに付き合ってるという報告をしない奴に娘はやらない。()()()()も許さない』って言われて驚いたよ」

「いや、それはお父さんが悪いよ。お爺様が怒るのも無理ないから」


 悪びれもせず笑う父に呆れてしまうレナ。

 だがそんな父も少年少女兵が写る写真には顔が雲っていく。

 その写真にはお婆様を囲うように少年少女兵達が集まり、カメラに向かってポーズを取っている。

 その写真に写るお婆様は笑顔で、隣に立っているお爺様も珍しく微笑んでいる。

 その写真に写るお爺様や、他の少年少女兵達の首には何かを着けていた様な痕が残っていた。


「レナ達の世代は余り知らないが、お義母さんやお義父さんが子供の時は酷い差別があったんだよ。今じゃ父さんみたいな人でも母さんと結婚出来るが、あの時代が続いていたら無理だったろうな……」

「……それってベルトシステムの事?」


 お婆様やお爺様の時代にあった、忌むべき差別階級システム。

 人を生まれた家柄によって三段階によるベルト階級に分けて差別する。

 ベルト階級によって仕事や結婚、友達や未来まで決められてしまう人類史上最悪と言われたシステム。


「ああ。あの時代は酷いものだったと父さんも親に教えられたからな。今じゃ考えられない時代だよ。お義母さんやお義父さん、あの時代を戦った人達のお陰でもあったけど……皮肉な事に一番は戦争のお陰でベルトシステムは崩壊したからな」

「戦争の……お陰?」


 レナには父の言っている意味が分からなかった。

 ベルトシステムの話になるとお婆様やお爺様以外皆が黙る。

 まるで最初から無かった事にしたいみたいに学校では余り教えてくれない。

 ベルトシステムの時代を生きていた人達の大半が戦争で死んでしまい、あの時代を知る人が少ないから真実を語れる人が少ないのに。

 人類史上最悪と言われた差別階級であるベルトシステムと、そのベルトシステムを崩壊させた戦争の真実を。


 ******


 聖歴2〇99年。民主主義を旗印に世界に四つある大陸の一つを統治するパイオニア連邦。

 遠く離れた海の先ではパイオニア連邦とオセアニアという小さな国家が戦争をしているが、内地にいると戦争をしてる事すら分からない。

 ましてや、ここパイオニア連邦の首都であるワシントンでは尚更だ。


 戦争の事なんて戦況ニュースをテレビや新聞で知るしかない。

 だが自ら進んで見ようとはしない。

 なぜなら見る必要がないからだ。


 自分たちは高い税金を払っているメインベルト(上級国民)

 兵役に就いても高い税金を払えば危険な最前線は免れ、税金すら払えないアステロイドベルト(下級国民)は徴兵されて、払えない税金の代わりに戦地に行く。

 文字通り、命を代償に。


 アステロイドベルト(下級国民)の中でも一部秀でた才能があればセンターベルト(中級国民)に上り、多少の便宜を図って貰える。

 だがそんな国民は極めて稀で、センターベルト(中級国民)の秀でた成果は全てメインベルト(上級国民)のの成果として発表される。


 そんな多くのメインベルト(上級国民)達が小さな旗を持って沿道を行き交っている。

 彼らの目当ては大統領の演説を見る事。

 自分たちの人生を潤わして守ってくれる大統領に媚びを売る為でもある。


 新たな大統領が改革派にならないのも兼ねて。


 そんな熱気に満ちたメインベルト(上級国民)達が行き交う沿道に似つかわしくない一機のヴァンパイアが規制線の中に立っている。

 中層ビルの大きさ程に高い機械の巨人。

 戦場の吸血鬼から名前を取り、ヴァンパイアと呼ばれている連邦軍量産人型兵器。

 直線基調を基礎デザインとした装甲はグレーとホワイトを基調にした都市迷彩カラーにペイントされており、まるでメインベルト(上級国民)を監視するように頭部バイザーに内蔵された、翡翠色のツインアイが光っている。

 そのヴァンパイアのコックピット内部にある光学スクリーンを見て、一人の少女がため息をつく。


 淡い金色の流れる様な長い髪。一切の穢れを知らない白い柔肌に、まるで深海の様に深く蒼く輝く藍色の瞳を持つ少女。


「前線で命を……民主主義の為に闘っている兵士達がいるのに、この人達は浮かれようときたら……」


 次々に光景が変わる光学スクリーンに見えるのは浮かれたメインベルト(上級国民)

 独立記念日の様にポップコーンを道端で食べ、沿道ではピエロが踊っているのを馬鹿みたいに笑って見ている。

 もちろんピエロに笑っているのではない。

 ピエロの格好をしたアステロイドベルト(下級国民)を笑っているのだ。

 まるで卑しい者を見る様な視線で笑っている光景。


 ベルトシステム階級により、就ける仕事も違う。

 例え才能があったとしてもアステロイドベルト(下級国民)には就けない仕事もある。


 そんな光景を見ていると吐き気がするが、実際は自分もメインベルト(上級国民)側なので人の事が言えずに歯痒い思いが少女の感情を逆撫でする。

 するとスピーカーから無線が入る。


『シルヴィア・ウィンチェスター少尉、なぜ貴官だけ実弾入りライフルを携行している。式典警護は最低限の装備だけで当たれと言われただろう。しかも実戦仕様の都市迷彩機を出すのは命令違反だぞ』


 その冷たく呆れた言葉に少女は光学スクリーンを切り替えて付近で同じ様に警護しているヴァンパイアを見る。

 どれも式典警護様に白くペイントされたシークレット・サービス専用のヴァンパイアで、腰にハンドガンしか携行していない。

 一方、少女のヴァンパイアは対ヴァンパイア用のアサルトライフルを右手に持ち、腰には同じ様にハンドガンを携行している。

 しかも頭部には格納式チェーンガンを二問備え、左腕部には耐爆耐弾仕様のシールドを装備している。

 都市迷彩カラーにペイントされた少女の乗るヴァンパイアはさながら常在戦場の雰囲気を纏っていた。


「申し訳ありません。ですが、万が一にもヴァンパイアで襲撃された場合はハンドガンだけでは対処出来ません。何が起こっても対象を守るのが我々MGS(海兵隊保安警護隊)の任務と理解しております」


 シルヴィアの所属している部隊はMarine Security Guard。

 頭文字を取って通称MGS。海兵隊保安警護隊と言われており、通常は連邦施設又は大使館や領事館警備を担当する部隊。

 だが今回は戦勝記念式典をナショナルズ・パークで開催する為に大統領が特別に海兵隊の顔を立てて手配したのだ。

 その為にMGS所属の連邦軍量産人型ヴァンパイア、機体名『ヴァイパー』が数機ほど警護に参加している。

 本来なら警護任務の右に出る者は居ない実戦部隊なのだが、シークレット・サービス所属の警護ヴァンパイアからの答えは違った。


アナポリス(海軍士官学校)を主席で卒業しただけの少尉如きが知った様な口を叩くなッ!! 大統領の警護は我々シークレット・サービスが請け負っている。海兵隊は黙って司令本部で待機していろ!』

「ですが万が一の場合、ハンドガンでは――」

『くどい! 大統領からの頼みだから受け入れたが、戦争屋にうろつかれては大統領に対すイメージが悪くなる。今回は我々の命令に従う手筈になっているし、これ以上問答を続けるなら国防総省並びに統合参謀本部に直接苦情を言い付けるぞ』


 国防総省と統合参謀本部の名前を出されたらシルヴィアは引き下がるしかない。

 どんなに説明しても、このシークレット・サービスは理解してくれないだろうと思った。

 それに民主主義の軍隊なら命令に従わなければならない。

 それがどんなに理不尽な命令でも。


「……了解しました。司令本部で待機しています」


 シルヴィアの乗るヴァイパーは踵を返して、司令本部があるユニオン広場に向かって歩き出す。

 途中、沿道にいる親子連れや子供達が敬礼を真似ているのを見かけ、シルヴィアはコックピットハッチを開けて挨拶を返した。

 このメインベルト(上級国民)を守るのが……いや、全ての連邦国民を守るのが自分の使命だと言い聞かせて。

 シルヴィアはナビゲーションをユニオン広場にセットし、オートパイロットに切り替えてシートに深く凭れて戦地に思いを馳せる。

 こうしている間も遠く離れた戦地では仲間が戦っていると思いながら。

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