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夢は所詮夢

テニーニャ塹壕への突撃は策のなくなったフェバーラン特務枢機卿によるものだった。

参謀総長の第二次渇望の夜作戦により兵站を断たれ衰弱し切る前になんとか突破口を開こうとする枢機卿の作戦だったが、結局無益に終わってしまったのだ。

そんな折、テニーニャ後方の中継基地にいるワイズ司令官とシッコシカ軍令部総長とフロント中佐はいよいよ一斉攻撃に向け準備を着々と整えていった。

後方の中継基地の司令部の一室にて三人がロディーヤヲは押し返すべくさらに綿密に作戦を練っていた。


「軍令部総長、工兵のさらなる線路の敷設により物資の運搬は潤滑に進んでいるぜ、この調子なら来年の一月上旬辺りには攻勢を仕掛けることができる」

「そうか、榴弾と毒ガス弾、順調なんだな。

では野戦砲兵大隊は?既に配備されているのか?フロント中佐君」

「ええ、既に防御陣地を構築し千門の榴弾砲を配備し終わりました、あとは弾薬がランヘルドからやってくるのを待つのみです」


軍令部総長は椅子に座って司令官と中佐に再確認をした。


「いざとなったらシルバーテンペストも使おう、空からの爆撃と掃射は戦闘機で十分だ、わざわざゴールドミルキーウェイを用いる必要はない。

あぁそうだ、中佐」

「なんですか?」

「少し前のチェニロバーン空襲の際、独断で空襲しに行った機体というのか君か?」


そのことを指摘されすぐに中佐が軍令部総長の前で頭を下げた。

 

「申し訳ございません…若気の至りというもので…」

「いいさ、別に構わない。

積極的に戦闘に参加するのであれば命令がなくても結構さ。

ただ無断で行くのは少し不安だな、軍というのは連携を取り合って戦うものなんだ、一機音信不通の謎の戦闘機がいると少し騒動があった。

一つ聞きたいね、なぜ無断で行ったんだ?」


中佐が頭を上げ、その前後を話し始める。


「ロッキーマスドールズという組織はご存知ですよね、何しろ勝手に軍を抜け勝手に結成したものですから、軍事裁判にかけられるかもという心配もあってあまり大っぴらに存在を開かせなかったんです、自軍にも。

でも何か国のためにやろうと思い…。

すみません、全て身から出た錆です、弁解の余地もありません、本当に申し訳ございませんでした」


中佐が再び頭を深く下げるとワイズ司令官が茶々を入れた。


「いやいや軍令部総長が怒るはずないって!だって最終的には利になったんだから、今後はちゃんと軍の傘下に入ってしっかり活動すればいいだけの話だぜ、なぁシッコシカ軍令部総長?」

「そのとおり、だから頭を上げてくれないか、責めるつもりはないが毛頭ない、功績が多すぎるからな」

「ありがとうございます…軍令部総長」


中佐が頭を上げ、感謝の意を伝えると軍令部総長は思い出したかのように話題を切り替えた。


「そうだ、中佐、随分前にハッペル陥落後独断で砲兵引っこ抜いて列車砲で攻撃したことあったよね」

「あ…あぁ…ありましたね、そんなこと。

もう忘れました、そんな昔のことは」

「そうか…では一ついいことを教えよう」


軍令部総長が指を鳴らすと隣で立っていた司令官が胸ポケットから一つの資料らしきものを取り出した。


それは少佐時代に使っていたフロントの列車砲の設計図だった。


それを見た軍令部総長は言う。


「列車砲のアイデアは元はと言えば君が作ったんだ。

野砲が不足しているとき、なんとか補える砲がほしい、そんなときフロント君が少佐だった頃に海軍の旧式の艦砲を運用できないかと僕や大統領に相談してきた。 

そこで列車と合体させるという案を君が出してくれた。

素晴らしかった、威力も射程も申し分ない、重量も列車の荷台にくっつけるというということで解決した。

あの日使ったのはほぼ試作品のような簡素な列車砲だ、十二インチの榴弾砲を固定し、連続で砲身に砲弾を詰め発射できる榴弾砲、もちろん問題ない、だがまだあの列車砲には伸びしろがあった。

だから少し手を加えた、大口径大重量の二十四インチ榴弾砲を備えた貨車を四両牽引する機関車を用意させたのだ、僕の独断でね」


その言葉を聞いた中佐の目が見開く。


「いつの間に…」

「兵士全員がのんびり寝ているはずがない、しっかりと工業に従事しているのさ、発射速度は格段に落ちたが、破壊力は問題ない」

「それで…その列車はどこに…」


軍令部総長は不敵に笑う。


「既にランヘルドに到着している、名付けて『シッコシカ砲』

実戦に使ってみたくはないか?そして見たくないか?二十四インチの砲身が火を吹くところを」

「まさか…ここに持ってくるつもりじゃ…」

「舐めてはいけないな列車砲を。

射程距離は二十キロ、ランヘルドからなら座標をしっかりと送れば砲撃できる、こうしてシッパーテロに毒ガス、戦闘機、そしてランヘルドに列車砲、悪いな緊張感のない闘争にしてしまって、この戦い、僕達の勝ちだ」


だがフロント中佐にはただただ疑問だった。 


「わざわざ列車砲まで用意する必要ありますか…?なくても割と有利な戦いですけど…」

「詰めを甘くしては行かないよ中佐君、千門の榴弾砲を持ってしても死のゾーン全域を砲撃することはできない、しかもただただ敵を殲滅するのが目的ではない、用途は他にもある」

「それは…?」


軍令部総長はなかなか言い出さずその代わりに司令官が話した。


「万が一だ、もしも万が一負けるようなことになれば塹壕陣地ごと二十四インチで更地にする、敵も味方も銃器も全て土に帰す、それだけこの一線に国の未来がかかっている。

万が一だ、ないとは思っているが万が一そのようなことがあれば…と言うことだ」


中佐はその意図をしっかりと読み取った。


(本気だ…有事の際は敵味方関係なく楽土を踏ませる…覚悟だ、敵に塹壕や銃器を鹵獲させんとする覚悟が見える、もう負けられないだな。

連戦連敗のテニーニャが巻き返すのは、今しかない)


そんなことを感じ取った中佐はいよいよ切り出した。


「それで…攻撃開始日時は…?」


軍令部総長が顔の前で指を組み二人に告げた。


「全ての砲弾が到着するのが一月十日、この日だ、この日に突撃隊を繰り出す、準備砲撃は七日からだ」

「…そうなのか」


決戦時刻が決まった、その喜びとともに一抹の不安が頭をよぎるよぎった。


(…ということは、それまでエロイスたちは塹壕内で暮らすことになるのか…耐えられるだろうか…)


最前線で突撃隊として生活しているエロイスたちのことを心配しつつ了解との返事を出した。


中佐はそのまま司令官と軍令部総長を部屋に残して司令部の外へと出た。


「急患だっーーっ!どけどけぇーーっ!!」


基地の金網のゲートが開くとここにやってきたときと同じように傷だらけ血まみれの負傷兵を荷台に乗せた車両が列を成してやってきた。


担架を持ってやってきた看護師たちが荷台から負傷兵を慎重に降ろして運んでいく。


中佐は邪魔にならないように少し近くで負傷兵たちの顔を覗いていく。


(エロイスたちは…まだ無事なようだな)


負傷兵の中にエロイスたちがいないことを確認し安堵するがそれでも負傷兵がいる事態には変わらない。


運ばれていく負傷兵を腕を組み、眉をひそめて眺めていた男に尋ねた。


「今日はやけに多いな、何かあったのか?」

「そのようだな、突発的なロディーヤとの戦闘があったらしい、いつもより多いのはそのせいだな、あとはいつも通りシェルショックと塹壕足さ」


次々と野戦病院に運ばれる担架の負傷兵を眺めてそんなことを言った。


しばらく無言で眺めていると中佐にグラーファルがやってきた。


「今日はやけに多いな、そうは思わないかフロント中佐」

「グラーファル…そうだな、ロディーヤとの戦闘があったらしい。

それよりいいのか、前線に居なくて、督戦隊のはずだろう」

「私は忙しいんだ、あんな遠い前線で居座っているわけにもいかない、部下たちを行かせたんだ。そして首都ボルタージュの共産主義者の弾圧も成功した、全員もれなくシャワー室行き、ひとまず今はこの基地でゆっくりとできる」

「あぁ、なんかアカが暴れてるみたいなことを聞いたな、だが元を辿れば君のせいだろ」

「射殺しろと言われたんだ、大統領にな。

それよりどうだ?どうせ暇だろう、私と親睦でも深めないか」


グラーファルが相変わらず表情の読めない顔で誘ってきた。

中佐もグラーファルの人間性には忌避感を抱いているものの、特に害はないので突っぱねていたがこれを気に少しだけ交流してみようと思った。


「…せっかく君と同じ中佐の地位に立てたんだ、ようやく公平に対話できるんじゃないのか」

「わかってくれて何より、色々聞かせてくれないか、お前のこの戦争に対する意欲というものを」


二人は並んで木の折り畳める椅子に座り木のテーブルを挟んで色々と話し合ってみた。 


「もうすぐ年が変わる、何か予定は?」

「特ないかな、そういう君はどうなんだ?何かあるのか?」

「いや、ないね。

屠殺で大忙しとでも言わせたいのか?まぁ事実だしな、この国を浄化する為にまだまだ尽力しなければならない」


黒い軍服とマントに見を包んだ中佐と赤いトレンチコートを肩に羽織った中佐が特に内容のない話を続けた。


そして話題はいよいよあの人物へと移った。


「グラーファル、君は売国奴を信じるか?ロディーヤの売国奴を」

「あぁ信じる、何しろ一度捕らえたことがあるからな」

「初めて聞いたときは失望したよ、軍人のくせに自国を売ろうとしているやつがいるだなんて名前は確か…」

「ルミノス・スノーパーク、自国を敗戦へと導いて入る軍人だ。

あの口ぶりからすると参謀総長もグルだと踏んだ、だが…」


グラーファルは顎を指で撫でながら考える。


「逸れだとロディーヤの快進撃は少し不自然だがな、あの売国奴の計画が杜撰なのか?それともそれを妨害しているやつがいるのか…?」

「だとしてもどうでもいい、私は自身の安息のために戦う、それだけ」

「なるほど、意味のない質問だったか」


二人の中佐はしばらくこの中継基地にいることになりそうだ。


だが忘れてはいけないのが中継基地の一日と最前線の塹壕での一日は全く異なるということ。


あと数日で年が変わる。


その時、クリスマスまでには帰れると思っていたエロイスとリリスは何を思うのだろう。

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