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長いものに巻かれた結果

ロディーヤ兵の突撃をなんとか防いだエロイスたち突撃隊。

軍配はテニーニャに挙がり、一旦は落ち着いた。

あのときロディーヤ前線の塹壕にいた軍服を着たフェバーラン特務枢機卿とアッジ要塞跡のリリスたちは何をしていたのか。

「あっ…テニーニャの兵士が塹壕から出てきた、何をする気なんだろう」


要塞跡の屋上でバイボットで安定させていた狙撃銃をうつ伏せで両肘を立てながらそう言った。


そばに片膝立ちでルナッカー少尉も双眼鏡を覗きながらその状況を説明する。


「どうやら死んでいるかの確認をしているな、銃剣を突き刺して周っている。

どうするんだ?撃つのか?」

「いや、まだ撃ちません、場所がバレると対策されます、ここからの狙撃は確実に勝敗が決するその時までお預けです。

それに上から下に向けて撃つっていうのは初めてで練習も必要ですしねっ!」


リリスはがそう答えるとその判断に感心する。


「随分様になっているな、ベルヘンから教えてもらったのか?」

「そうですね…訓練兵時代の基礎とベルヘンの知識のおかげでだいぶ自信がついてきました、脇を締めて銃床を肩に合わせて頬を付ける。

でも難しいんですよね、あれだけ範囲が広いと照準線と弾道の交わるゼロイン調節をしていても敵兵を狙う標準を変えなければいけないので…暇だったので弾道表も作ったんですが上手くいくかどうかは実戦までわかりません。

偏差射撃の練習も急いでしなきゃ」

「お…おう…頑張ってるんだな…(リリスのやついつの間にかそんな知識を…やっぱり覚悟を決めたリリスは頼もしいな)」


そんなリリスに少尉が尋ねた。


「なぁリリス、俺にできることはないか?腕が心配であんまり銃は扱いたくないが、できることなら何でも言えよ」

「そうですね…じゃあ温かいミルクと毛布をくださいっ!寒さで照準が揺れて大変なんですよ」

「おう、任せろ」


少尉が要塞の壁の鉄の錆びたはしごを降りて青年たちの元へ向かう。


「なぁ、ミルク缶ってどれだ?」

「ああ、あの取手のついたやつ」


青年が食料が入った缶の一つを指さして教えた。


「温かいミルクでも作るのか?火を起こすなら要塞の中でやってくれ、火と煙で位置がバレる」

「悪いな」


少尉がポットのようなミルク缶を持って階段を下り通路を通ってコンクリの部屋の一室に入る。


入り込んでいた木の枝を拾って一箇所に集めるとその両端に小さなコンクリの瓦礫を置いて即席のコンロを作るとマッチに火を点け火種を放り込んだ。


火はどんどんとオレンジ色に薄暗い部屋を照らし、冷えた少尉の身体を温める。


火が盛ってきたところでミルク缶をコンクリの破片に跨ぐよう置き、その下から小さな烈火が缶のそこを炙っていく。


(あったか…しばらくここにいようかな…)


じっと体育座りで待っていると次第に缶の中がぐつぐつと音を立て始めた。


「もういいか」


ポケットから取り出した軍手を手には嵌めて湯気瓦礫立つ銀のポットを持って外へと出ていく。


少尉はリリスの他にベルヘンとハスター、そして三人の偵察兵の青年分のコップを用意すると一つずつ注いでいった。


そして一つ一つ手渡していく。


「お、気が利くねぇ〜あじゃ〜す」

「どうも」

「優し〜」

「うるせー静かに飲んでろ」


少尉は要塞によりかかって座っているベルヘンとハスターにミルクを差し出す。


「はい、ミルクだ。

ベルヘン、ハスターに飲ましてやってくれ」

「わかったわ」


ミルクを渡し終わったあと少尉は足の具合を聞いてみた。


「まだ脚は悪いのか?」

「そうね、もうだいぶくっついてきたと思うけど歩くのには自信がないわ」

「そうか、お大事にな」


そして最後に熱々のミルクと毛布を持って要塞の屋上へと登る。

 

そこには相変わらずうつ伏せのまま小銃のスコープの調節ネジをいじくり回しているリリスがいた。


「リリス、ご所望のミルクと毛布だ」

「あっ、ありがとうございますっ!少尉っ!」


リリスは起き上がり手渡されたミルクの入ったコップと毛布を受け取った。


少尉もリリスと同じ体育座りになって隣に座る。


「あれ?少尉は防寒対策ゼロですけどいいんですか?」

「俺はいいぞ別に、寒さには強いからな」

「へぇ〜」


そう言った瞬間少尉が大きく口を開けて息を吸い込むと。


「…はっ…ハクシュンっ!…うう…」

「やっぱり寒いんじゃないですかっ!!」


毛布を広げたリリスが少尉の背中へと回して二人をぐるっと包むように巻いた。


「ありがとう…リリス」

「いえいえ、あっ…せっかくならミルクもはんぶんこしましょう」

「いいのか?」

「当然です、私だけ温まるのはちょっとずるいですし」


そう言うとリリスは両手で支えるように持ったコップを唇にくっつけてミルクを口に含んだ。


「あぁ〜、たまりませんね〜」


飲み干したリリスが真っ白な息を吐き出しながらそう言った。


その暖かな吐息はすぐに青い空へと消えていく。


「はいっ!約束通りはんぶんこですっ!」


そう言って渡してきたコップを受け取ってリリスの口を付けたところと同じ場所に唇を当ててミルクを飲んだ。


ゴクゴクと喉を伝って少し熱い感覚が身体の内側に入り込んでいくのがわかった。


「…リリスの味がする」

「えっ?今なんて…?」

「いっいやっ…なんでもないっ!!忘れてくれ…っ!」

「ふふっ…聞こえてたよエルちゃん、ちょっと嬉しかったな…」


リリスの恥ずかしそうなはにかんだ表情で見つめられた少尉は桃のような淡いピンクに頬が染まる。


リリスはさらに言葉を続けた。


「私、今まで夏が一番好きだったけど、今は冬が一番好きかな、こうやって好きな人とぎゅっとくっついていられる時期なんてこの時位しかないもん」

「そんなことないぞ…リリス…」


少尉はリリスと顔を見合わせて顔を赤くしながらもしっかりと言った。


「春夏秋冬朝昼晩、ずうっとぎゅっとできるぞっ…!私なら…っ!」


そのままリリスの少し冷たい手をぎゅっと両手で握りしめる。


「だから…次のクリスマスは一緒に普通に過ごそう…っ!軍服を脱いだリリスの私服が見てみたい…っ!来年こそ、その悪夢が覚めるよう…祈ってるから…っ!」


自分の手をガッチリと握ってくれた少尉に笑いかけてくれた。


うっすら涙を浮かべる少尉を慰める母親のような口調で言った。


「うん…っ!私もエルちゃんと一緒に人間に戻って一緒にずうっと過ごしたい…っ!」


二人は毛布に包まったまま身体を寄せ合って温め合う。


誰もいない要塞跡の屋上でそんな少女の愛らしいやり取りが繰り広げられていたことなど誰も知るまい。



ではその少し前、ロディーヤ兵が敵塹壕めがけて飛び込んでいったのは何だったのか。


その当時のロディーヤ塹壕を見るとわかってくる。



ロディーヤの塹壕では一人の兵士が兵士たちに向かって演説をしていた。

士気を上げ、鼓舞するための演説だ。


「我が兵力は四万人っ!そして敵兵は三万人ですっ!もう勝利したも同然ですっ!なにしろ我々には現人神、スィーラバドルト猊下皇帝陛下がいるのですからっ!臣民よ神兵よ立ち上がれっ!厳かたる御稜威に沿わんとて何がロディーヤだっ!何が帝国陸軍だっ!何がロディーヤ女子挺身隊だっ!」


さらにその人物は声を荒らげまるで独裁者の様な身振り手振りで訴える。


「以て貴方様方に問う、汝は万朶か神風かっ!祖国に殉じ報い、尊ばれる自己犠牲精神と高潔たる信仰心がありますか、滅私奉公忠君愛国、これに勝る人間の美徳がありますかっ!さぁ、清く玉砕せよっ!我も必ずあとに次ぐっ!!我は猊下に選ばれし聖者なりやっ!第一第二第三歩兵小隊突撃せよっ!挺身隊第一第二歩兵分隊突撃せよっ!!さすれば道は開かれるっ!!吶喊っ!開始ーーーーっ!!!」


そう言って身をテニーニャ塹壕へ向けて叫んだのはあの軍服姿のフェバーラン特務枢機卿だった。


(これしかない…っ!!!奇跡が起こせないのならばこれしかないっ…!!!強引に突破する他ないっ!!長引けば長引く程兵士は飢えて衰える、ならば今この時しかないっ…!!突破しなければ…っ!!全滅だっ!!!)


フェバーラン特務枢機卿は結局それらしい打開策を練る事はできなかった。


第二次渇望の夜作戦により衰弱している兵士を長く塹壕にとどめていればより弱っていく、ならば体力がある内になんとか突破させようとしたのだ。


女子挺身隊だけを率いるつもりが、皇帝側近の枢機卿ということで帝国陸軍兵も指揮下に加わってしまい、ロディーヤ前線の兵士を司る存在となっていたのだ。


そしてその命令の果てがあの突撃だったのだ。


こうしてロディーヤはいたずらに兵力を少し割いてしまったのだった。

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