夢の跡
いよいよテニーニャ国防軍とロディーヤ女子挺身隊との戦闘が始まった。
テニーニャの塹壕からは重機関銃が火を吹き、リリスたちを苦戦させていた。
一方のテニーニャ国防軍の榴散弾で人員が減り、ロディーヤの進撃を食い止めるのに必死だった。
銃撃戦の果て、はたして軍配が上がるのは。
「おい見ろっ!テニーニャの奴ら撤退していくぞ!」
突撃の途中誰かが声を上げた。
挺身隊の足が緩やかにスピードを落としていく。
ウェザロとメリーも駆け足からいつの間にか歩いていた。
もはや銃撃される虞はない、と隊員内に安堵が広がる。
「や、やったっ!このあたりは我々が占拠したぞーーーっ!!」
全員が両手を空に掲げる。
緒戦を勝利で飾ったのはロディーヤ女子挺身隊であった。
少尉が喜ぶ隊員に呼びかける。
「喜ぶのはまだだ、これから隊員の生存確認を行い、そして弔う」
歓喜から一点、悲壮な空気が漂う。
勝利とはいえ、死者もいる。
少尉とともに全員が銃撃戦のあとを廻る。
そこには悲惨な光景が広がっていた。
重機関銃の大口径の雨により四肢がとれかけている、ヘルメットごと頭部をぶち抜かれ目を見開いたままクレータにもたれかかっている死体。
空薬莢が土砂に混じり、硝煙と鉄の匂いがが鼻腔を刺激する。
この世のものとは思えない世界が広がっていた。
「お前たち見たか、これが戦場だ。
ロディーヤの市民たちはこの勝利に湧くだろうが、それは真実を知らないからだ。
勝利は無類の屍に居座っていることを忘れるな」
少尉がそう諭す。
「あっ!リリスっ!?それにメリーっ!」
「あっ!」
ウェザロとベルヘンが声を上げる。
「どうした?そういえばいなかったな…死んだんじゃないのか」
少尉がそう言ったその時
「おーーーーーいっ!助けて〜っ!」
「その声は…!リリスっ!どこにっ!?」
隊員たちもあたりを見渡す。
すると遠くのクレータ内で片手を振っているリリスが目についた。
「助けて〜っ!足がっ…!」
「リリスっ!」
ウェザロとベルヘンが駆け寄る。
見るとリリスの左腿から出血していた。
血は既にスカートの下のズボンに染み付きどす黒くなっている。
「待っててリリスっ!今おぶるね!」
ウェザロはリリスの体を抱きかかえ、そのまま背におぶった。
「ありがとう…ウェザロちゃん」
「全く、無茶しちゃって…」
「でも、感謝してるリリス。
リリスが機関銃を引き付けてくれていたおかげで他の隊員たちは安全に距離を詰められたんだから。
テニーニャの撤退で塹壕への吶喊は叶わなかったけど…」
「そう…なら、よかった」
リリスはウェザロの背中で安堵する。
「腿の傷は、無駄じゃなかった…」
「なんだ生きていたのか」
少尉が物欲しそうな顔でリリスに言う。
「ウェザロとベルヘンから聞いたぞ、機関銃の掃射を引き受けたんだってな。よく生きていたな」
「はい、少尉の訓練のおかげです」
リリスが誇らしげに笑う。
「あぁ、あとメリーってあのお嬢様だろ、さっき俺たちで見つけたぞ」
「本当ですか!?」
「ああ、なかなか目を覚まさないから一発言ってやった、この不戦勝野郎ってな」
少尉を含めた四人が笑う。
初めての勝利でいつもこわばっている少尉の表情筋も緩んでいるようだ。
「でも、仲間たちが…」
リリスが恨めしそうに呟く。
少尉も死体となった少女兵たちを見渡す。
「そうか、敵も味方も助ける、それがお前のモットーだったな。
だが、戦争である以上そのモットーは不可能に近い、残念だがその目標は捨てた方が身のためだ。
最悪、隊の足を引っ張りかねない。」
「………」
リリスの表情が暗くなる。
「だが…隊もそういう雰囲気になれば、明るくなるかもな。
生き地獄で亡者みたいに戦っていては死後もつまらなくなる」
少尉はそういうと生き残った少女兵たちを集めた。
目を覚ましたメリーもふらつきながら歩いてきた。
「この戦いに勝ったのですね!嬉しぃ〜!家族に報告しなければ…!」
「一人時間が遅れているやつがいるが仕方がない、いいか!負傷兵は塹壕に運び込め、元気な奴は死者を埋めて弔いをする。
ともに戦った仲間たちだ!最後まで敬意を表することを忘れずにな!」
リリスを背負ったウェザロは治療のため塹壕内へと向う。
ベルヘンとメリーは少尉とともに戦場で弔いの準備を進める。
「これが塹壕…」
「リリス、傷、痛くない?」
「うん…大丈夫」
「しかしすごいなぁ…溝に籠もるだけでこんな要塞が作れるなんて、これは参考になるかも…後でメモだな…」
「アリの巣みたい…」
「ははっ、いえてる」
二人は塹壕の蛸壺の中に入った。
「見て、ベッドがある」
「ほんとだ…ここが居住スペースだったのかな」
ウェザロはリリスをベッドに座らせると、その場においてあったランプにマッチで灯をつけた。
暖かな暖色の光が土で作られた部屋を照らす。
壁には二人の影が黒く伸びゆらゆら揺れている。
「じゃあ、傷見せて」
「うん…わかった」
リリスは黒皮のブーツを脱ぐ。
分厚い制服のスカートを捲り、薄い生地のズボンを裂いて左腿を曝け出した。
白いふとももからは生暖かい血が流れ出ている
「うわっ…痛そう…」
「うんん、大丈夫」
「弾丸は貫通していなさそう…急いで治療の準備をするね」
治療の準備の傍ら、ウェザロはリリスに質問した。
「銃で撃たれるなんて初めてだよね…どんな感じなの?」
「うん、最初は太ももに木の棒を振りかざしたような衝撃があって、しばらくすると自分の中身がからじわじわそこから流れるような感じがあって…」
「もういいやごめんっ、怖くなって来ちゃった…」
「そう…」
ウェザロが銀のピンセットを取り出す。
「リリス、多分すごく痛いと思うからこれ、タオル噛んでて」
ウェザロは少し汚れたタオルを噛むよう勧めた。
「洗ってないし汚いけど、リリスの苦しそうな声は聞きたくない」
リリスは素直に受け入れ轡のよう噛む。
そしてウェザロが部屋の銀のトレーに並べられていたピンセットを持ち出す。
銃創に指が近づくほどウェザロの指先が震え、ピンセットも共鳴する。
「リリス、挿れるよ…」
「ふぅん…」
ウェザロがリリスの太ももにピンセットを差し込む。
心臓の鼓動とともに穴から覗く肉壁が動き、底にとどまっている弾丸が見え隠れする。
「リリス…、大丈夫?」
リリスが目を瞑ったまま首を縦に振る。
慎重にピンセットを進め、ついに弾丸をキャッチした。
ウェザロが摘出しようと弾丸をピンセットで強く摘むとリリスの額から汗が滲み出てきた。
顔が歪み、苦しげな表情でウェザロを見つめる。
目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「もうすぐ…もうすぐだから…っ」
そして弾丸を摘み引き抜こうとした瞬間。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ!?」
リリスの目が見開く。
口に噛ませたタオルがギュッギュッと音がなる。
あまりに突然の激痛にリリスの頭がのけぞる。
「もう出るからっ」
しばらくは苦痛に悶るリリスとウェザロの格闘が続いた。
そしてウェザロが腿の穴から少量の血と一緒に血が絡みついた弾丸を取り出した。
「ふぅ〜…これでよし」
摘出した弾丸をトレーに乗せ、ぽっかり空いた銃創をガーゼで覆い包帯で囲った。
ウェザロが口に噛ませたタオルを取る。
そのタオルはリリスの歯型がガッチリと記憶していた。
「いっ…痛かったよぉ〜…」
リリスの第一声がそれだった。
ウェザロは耐えた寝っ転がって動かないリリスの頭を優しく撫でた。
「よく頑張ったっ!偉い偉いっ」
「ぐすっ…まだ腿痛い…」
リリスが上半身を起こすと巻かれた包帯を指さした。
「だろうね、しばらくはここで待機していたほうがいいんと思う、あと…」
「…?あと…?」
「その…左脚だけ露出すごい事になってるから出歩かないほうがいいかも…」
「えっ…?」
摘出の前にウェザロがズボンを破いたことによってリリスの白い健康的な右脚があらわになっている。
リリスは特に気にしていなさそうだ。
「と、とりあえず少尉に報告してくるっ!待っててっ!」
そういうとウェザロは顔を赤らめたまま飛び出していってしまった。
「どうしたんだろウェザロちゃん…」
しばらくリリスがベッドに座っていると外から歌が聞こえてきた。
それは死んだ仲間たちのために挺身隊が歌うロディーヤ帝国の軍歌だった。
「あぁ、我らの偉大なロディーヤよ、永遠の皇帝とともに豊かな国土を護りたまへ。
友は永遠に敵地で眠り、そして二度と帰れない。
あぁ、我らのロディーヤよ。
私もきっと帰らない。
英霊となり、国の栄華を守るまで」
曇天だった空からは雲が消え、午後の日差しがキラキラと戦場を照らし始めた。
首都チェニロバーン参謀本部にて
トントンッ
「総長、報告があります。十月十五日に撤退した帝国陸軍の失敗を受け、派遣したロディーヤ女子挺身隊のことなんですが…
本日、十月二十四日!侵攻が成功したとの報告が入りました!手柄を立てたのはロディーヤ女子挺身隊!総長があまり期待していなかった少女隊が緒戦を飾りました!」
部下が嬉々として報告する。
「いやー幸先いいですね〜、これも総長司令の賜物ですよ!」
総長は窓の方を眺めたまま喋らない。
口に含んだタバコを一服すると、部下に向けて語りかけた。
「それで、敵兵は?」
「えっ?」
「敵兵はどうした?捕虜にしたのか?」
「あ、いいえ。ハッペル方面へ撤退したと…」
「そうか」
総長はチェニロバーンの町並み眺めたまま動かない。
「まぁいいだろう、豚の割には上出来だ」
総長がくるりと身を翻して窓の縁にもたれかかる。
日は高く登り、差し込んだ逆光によって顔は黒く陰る。
黒い艷やかなストレートの髪が腰まで下がっており、月光のような黄色い目が逆光の中で暗闇で光る動物のように光る。
「報告が済んだのなら早々に出ていけ、君はこの部屋に長居するような人間じゃない」
「はっ、はいぃ!」
威圧に気圧された部下が部屋を出る。
豪華絢爛なシャンデリアにレッドカーペット、上質な執務机。
ロディーヤの国旗が飾られ部屋の壁の中心には大きく描かれた皇帝陛下スィーラバドルトの絵画が飾ってあった。
総長はそれを眺め呟いた。
「ふっふっふっ…間抜けな皇帝め、恐慌の打開策に戦争を提案したら秒で乗ってくれた…わかりやすい戦争豚め、それが私が用意した地獄行きの特急だということも知らずにな。
初戦はまずまず…少女少尉のエル・ルナッカー…要注意といったところか…クソっ、相変わらず命令違反は健在だな」
総長は再び窓の外を眺める。
「ロディーヤの都は素晴らしい。
軍需工場に売春宿、飛行船に路面電車、軍人から靴磨き、ここにすべての明と暗が集まっている。
そんな祖国ロディーヤを私は…
一度更地にしたいっ…!」
総長の顔に狂気の笑みが浮かぶ。
「ロディーヤの再構築までまだ時間がかかる、皇帝が戦犯豚として処されるまで、それまで…」
総長が椅子に腰を掛ける。
「神よ見ておけ。
私はシンザ・ハッケル、参謀総長でありこの国を手中に収めるものだ」