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勇敢たる来訪者

リリスはアッジ要塞跡にてロディーヤ軍を支援するため、狙撃銃を持って遠距離から参戦することに決めた。

グラーファルたち督戦隊はテニーニャ前線の後方、中継基地に到着した。

グラーファルたちは中継基地内に敷設された線路を走る貨車に乗って基地までやってきた。


続々と黒い軍服を着た男たちの下車に基地の兵士たちも作業を止め思わず目線を奪われてしまった。


そして最後にあのグラーファル総指揮官がマントをはためかせて着地した。


そして降り立った兵士たちの前に出て集まってきた兵士たちに向かってこう言った。


「一兵卒共、地獄へようこそ。

私達は『人間たちの音楽隊』もとい督戦隊だ。

司令官と軍令部総長を呼んで来い」


その言葉に一人の兵士が思わず言い返してしまった。


「司令官と軍令部総長ならあそこの司令部にいますよ」

「あの平屋にか?呼んで来い」


兵士が仕方なく司令部にいるワイズ司令官とシッコシカ軍令部総長、ついでにフロント中佐も連れてグラーファルの前に呼んできた。


「あぁ久しぶりだぜグラーファル、調子はどうだ?」

「相も変わらず好調だ」

「それは良かった」


ワイズとグラーファルが固い握手をしたあと軍令部総長と中佐にも手を結んだ。


「久しぶりだな、フロント、いつの間にか中佐になっていたとは、私に追いついたということか」

「別に背中を追っているわけではない、あまり自惚れるんじゃない」


グラーファルは挨拶を済ますとワイズ司令官に戦場の説明を求めた。 


「今どういった状況なのか説明願う」

「了解だぜ。

まずざっくりいうと榴弾と毒ガス弾を使った三日間の準備砲撃で陣地と鉄条網を破壊、蔓延した毒ガスのなかガスマスクをつけた青年少女の突撃隊約千人が塹壕全体から援護射撃を受けながら肉薄」

「正気か?両塹壕の間は一キロあるんだぞ、それも両軍から死のゾーンなんてあだ名される始末の酷い地獄だ、千人のうち何人がたどり着けると思っている」

「百人たどり着ければ上出来なんだぜ、それに兵力を知っているのか?ロ塹壕に四万人、テ塹壕に三万人、突撃隊含めだ。

風のうわさだと敵は快進撃によって兵站が間に合っていないなんてことも今囁かれている、攻勢かけるなら今だがまだ三日間昼夜砲撃を浴びせられるだけの砲弾が届いていない、ランヘルドに連絡して早めに作ってもらうよう言っているがまだ足りない、仕掛けるのは年明けになるな」


それを聞いたグラーファルは少し顎を撫でて質問する。


「それだと、最前線にいる突撃隊はそれまで其処で待機か?」

「そうだぜ、心苦しいが一時でも後方に回すことはできない」

「そんなことしたら戦う前に疫病か逃亡して消えるぞ」

「疫病は知らないが、逃亡なら防げるだろ」


ワイズ司令官はそういって舐め回すようにグラーファルを見つめた。

そのために呼ばれたのだろうと言わんばかりの笑みで。


「…そうだな、敵前逃亡など敗北主義の犬共の醜行だ、私たちは支援するために来たのではない、一歩も引かせず、逃れないために」


グラーファル督戦隊の到着をフロント中佐はあまり良く思わなかった。


「軍令部総長、あなたが要請したのですか?」

「いいや僕じゃない、きっと大統領だろうね。

そもそも督戦隊なんてものは戦局が不利のときに使うものだよ、今は痛み分け、五分五分といった状況なのになんでわざわざ来るのかな」


軍令部総長がグラーファルに少し喧嘩越しに言った。


すると反論とばかりに無表情のまま語気を強めて言い放った。


「『後に引ける』と人が思うと本来の力を発揮しづらくなる。

『このテストで赤点とっても追試が、その後にも追試があるから大丈夫』と思うより『このテストで赤点なら即退学』の方が赤点取る人間が少なくなるのはわかるだろ。

よく考えてみろ、前は敵塹壕、後ろは督戦隊。

逃げて死ぬよりせめて勇敢に突撃して死のうと思うわけだ、軍人ならな」


一時的にその場の空気が静まり返る。


フロント中佐も妙に納得してしまった。


「そうか、心理的な心のストッパーということか」

「そういうこと、ワイズ司令官、塹壕全域に伝えろ、『督戦隊が到着した、もうお前たちは後に引けない、笛の音と共に進むだけだ』とな」



そんな最前線のテニーニャ塹壕ではエロイスたちが寒空の下、待機していた。

長い長い待機だ。


不衛生な塹壕内での生活は非人間的でとても居心地がいいとは言えない。


リグニン、エッジ、ドレミーがヒトがすれ違えるほどの広さの溝で戦争について語っていた。


「戦争なんてさ、大統領とあの皇帝の殴り合いで雌雄を決すればいいのに」

「言えてる、お金も賭けたらもっと盛り上がるんね」


そんな会話で盛り上がっていると、ドレミーがショートヘアの髪をボサボサと手で叩く。


「やっぱりドレミーも頭痒いか」

「うっ…うん…昨日から痒くて痒くて…」

「もうすぐ帰ってくるんじゃないのかな」


リグニンがそういった瞬間、他の兵士たちとすれ違いながらエロイスがやってきた。


その両手には何やら手で持てる大きさのスプレー缶らしきものが握られていた。

 

「持ってきたよーーっ!殺虫剤…っ!二本っ!」

 

ニコニコしながら握っている缶を振りながら帰ってくる。


「よくやったね、二本も貰えたの?」

「オジサンにおっぱい触らせてくれたら乳首の数だけあげるって言われたから」

「え…?触らせたの?」

「うん、乳首が四つあれば…」

「いや、もうちょっと思うことあるでしょ」


エロイスが殺虫剤の一つを持ってドレミーに近づく。


スプレーヘッドに指を乗せ噴射口を頭の髪に向ける。


「ドレミー、目と口を閉じて息止めてね」

「う…うん……すぅ〜っ……」


ドレミーが言われたとおりに目と口を閉じて、エロイスがヘッドを押すと頭部は白い噴霧に覆われる。


「…臭っ…エロイス…なんか変なにおいするよぉ…これ」

「ええっと…『有機リン系殺虫剤特有の硫黄のような匂いがすることがありますが人体には影響はありません』だって、大丈夫だよドレミー、これで蚤も虱もいなくなるよ」


エロイスが缶の標示を読んで自身の髪にも噴射した。


一瞬顔が白い霧に包まれ、霧が晴れると目と口を強く瞑っていたエロイスがにっこり笑いかけてくれた。

 

「ねっ!」


その華やかな微笑みで安心させてくれるエロイスにドレミーは少し頬が火照ってしまう。


「…うん…ありがとう…エロイス…」


エロイスは使った殺虫剤をリグニンたちに渡しに回る。


だがその時、ドレミーの心には奇妙な感情が芽生え始めていた。


(どうしよう…ドレミー…エロイスとは大切な友達なのに…なんか…心が…温かい…それってもしかして…)


ドレミーがエロイスの横顔を見つめてそんなことを思ってしまった。


(好き…?私…エロイスのことが…?まっ…まさか…)


そんな密かな想いを抱えてしまい戸惑っていると、どこからともなく男の喚叫が塹壕辺り一帯に響き渡った。


「敵襲だーーーっ!!!突撃隊っ!戦闘用っーーー意っ!」


突撃隊大尉のイーカンの号令が発せられると、塹壕の遥か向こうから大勢の喊声がじわじわと聞こえてきた。


「陣地近くの兵士は掃射をしろっ!!余った人間は何でも使えっ!とにかく数を減らせっ!!」


エロイス四人はとっさに堀に立て掛けてあったボルトアクション式の銃剣のついた歩兵銃を手に取るとすぐに塹壕から少し頭を出して銃身を塹壕の泥濘に置いてやってくる敵に向ける。

  

銃口の先には青年少女入り乱れるロディーヤ兵が銃剣をつけた小銃を構えながら止まることなく満水の砲弾孔を避けながら向かってくるのだ。


「まだ撃つなよみんな、無駄弾は最前線で一番嫌われる」


歩兵銃の有効な射程距離は長くて四千メートル、そこにやってくるまで塹壕の機関銃が攻撃してくれる。


丸太と土嚢で作られたトーチカから固定された重機関銃が硝煙を撒き散らしながら弾頭を飛ばしていく。


エロイスたちはそんな機関銃にバタバタと膝から崩れ落ちていく若い兵士たちをただ漠然と銃を構えながら眺めていた。


それでも大勢でやってくる敵兵たちはずんずんと進んできた。


「もう少し…もう少し引き寄せて…」


そしてついに銃を構えた千人の突撃隊に号令が下る。


「銃撃よーーーいっ!!!撃てっ!!」

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