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吸血鬼の血は何色か

かつての激戦区アッジ要塞跡にいた三人の青年偵察兵と誤解を解いてなんとか合流した。

一方のテニーニャ国内では負けの続く戦争に嫌気が差して開戦当時程の熱はなくなっていた。

テニーニャ国内の首都ボルタージュの大統領会議堂前、多くの民衆がその入り口の閉ざされた鉄柵のにたかって休戦を訴えていた。


開戦から約五ヶ月、一向に勝利が見えない市民たちが毎日会議堂前で抗議を繰り広げていた。

その数約百人、そんな抗議に大統領は頭を痛めていた。



「クソ…あの馬鹿土人どもめ…大人しくしていろ…おいっ!!!グラーファルっ!ロディーヤ人掃討は順調かっ!!」


大統領の机の前に立っていた黒い軍服のグラーファルは無表情で答える。


「ええ、こんな子供若者老人障害者全てを視野に入れています、絶滅収容所の数も規模も次第に大きくなってきました」

「引き続き頼んだぞ、あとロディーヤ人だけでなく危険分子、アナーキスト…そしてあの気が狂ったネズミ共を根絶しろ」


大統領の言うネズミとは外に集まっている市民たちのことだった。


「いいのか、なんの罪もない市民…いや、反政府主義者の犬共」

「そのとおり、邪魔で仕方がない」

「お任せを、附近の隊員を集めて射殺します。

その後は?」

「もうじきシッパーテロで本格的な戦闘が始まる、士気が落ちないように督戦隊として前線の少し後ろにいてくれ、戦闘に参加する必要はないからな」

「御意を示します、大統領」


グラーファルが黒いマントを翻して大統領の執務室から退出した。


そして会議堂の正面から堂々と出てきたグラーファルに抗議活動をしている市民たちは鉄柵の扉の向こう側から手を伸ばすように頼み込んできた。


「おい、お前っ!請願だっ!休戦を請願するっ!もうこんな毎日は懲り懲りだっ!今すぐ息子を返してくれっ!今シッパーテロにいるんだ!本格的な戦闘になる前に早くっ!」

「弾丸を永遠作り続けるなんて悪夢以外の何物でもないわ、何で私達が人殺しに加担しなくちゃいけないの?」


それぞれ三者三様の理由を手に休戦を請願してきたのだ。


「お前あのグラーファルだろ!収容所総監督、『人間たちの音楽隊』の総指揮官っ!頼むよ!お前が休戦を訴えてくれれば両国に平和が訪れるんだっ!」


その言葉にグラーファルが反応した。


常に無表情のグラーファルだが、その言葉に強い忌避感を覚えたようだ。


「今平和といったか?お前性根まで負け犬か?

歴史を忘れたのか馬鹿土人、百年前このテニーニャ帝国はあのロディーヤに敗戦した、そして我が国の帝国は崩壊、皇帝は廃位して共和制になった、いや成り下がった、王のいない国が栄えるか?」

「いやだが、戦争を仕掛けたのはテニーニャ…」


グラーファルの漆黒の黒い吸い込まれるような目で凝縮する。


「教科書の自虐史観に染まった売国奴共め、王が戦争を続けると言ったら続けるのだ。

幻想皇帝、今のこの国は共和制ではなくダイカス大統領を戴冠して再び帝国を蘇らせる、この国には強い王が必要なのだ」


その言葉に憤った市民たちが鉄柵を揺らすように強くグラーファルを責め立てた。


「帝国なんて野蛮だっ!平等こそが真の人間世界平和への第一歩だっ!!」


グラーファルは冷めきった冷徹な表情と口調で市民たちに言い放った。


「平等だと?一体誰がそんなもの望んでいるのだね?お前たち底辺の人間じゃないのか?少なくとも私は望んでいない。

別々の親から産まれ、別々のものを食べ、別々の人と交流し、別々の教育を受ける。

別々の進路を決め、別々の人を好きになり、別々の死を体験する。

それを一つにしようというわけだ

平等とは即ち愚民化ということでよろしいか?

平等平等叫ぶのであれば思想の一つくらいは統一してみてはいかがだ?

その点で言えば『人間たちの音楽隊』は既に平等だぞ、危険分子反乱分子、アナーキスト、共産主義者、売国奴としてロディーヤ人。

私たちはそれを根絶やしにするために活動しているのだ、誰一人としてその絶滅行為に眉をひそめる者はいない、お前たちの理屈で言えば私の部隊が最も平等だと言うことだな」


だがそんなグラーファルの説明を受け入れるはずもなく、様々な罵詈雑言を浴びせる。


「何が平等だっ!人殺しっ!」

「何人のロディーヤ人を殺したんだっ!見ていろっ!戦犯として裁かれるぞっ!!」

「なんのための組織なんだっ!お前のやっていることは国を勝利に導くことではなく、国内の労働の担い手を殺しているだけだっ!!今すぐ謝罪しろっ!!」


グラーファルはそれを生ゴミを見つめるような目で静観しているとその市民たち向けて言った。


「ようやく到着したか…。

さて、遺言も言い終わったらしいし、そろそろ潮時だな」


グラーファルは黒いたなびくマントを民衆に向けて手をオーケストラの指揮者のように腕を挙げた。


「いつまで生にしがみついているんだ気持ち悪い、とっとと修羅場の客になれ、歯ぎしりみたいな抗議はそこでしろ。

多銃奏(アンサンブル)怒りに任せて死に踊れ(アジタート)


次の瞬間、グラーファルの背後で短機関銃が火花を吹いて集まっていた民衆たちを蜂の巣にした。


撃たれた身体からはその銃撃の激しさを物語るように血の柱を全身から立てながら会議堂前の鉄柵に食い込む。


大勢の市民が一分と立たないうちに処理された。


流れ出た大河のような血の筋は会議堂の敷地まで延びてきて、グラーファルの軍靴にたどり着いた。


「心から抗議したかったんだな、だが演奏は終わった、役者は舞台から引きやがれ」


グラーファルは会議堂へと続く石畳に赤い足跡をつけながら戻っていった。


鉄柵の外の死屍累々の山と銃撃したグラーファルの部下たちを残して。



「やってくれたか…さて、なんて題目をつけようか、『熱心な共産主義者、政府の敷地に侵入しようとしたためやむなく射殺』…よし、これで行こう」


大統領はその猟奇的な光景を眺めてそんな言い訳を考えた。

そして同時にグラーファルの恐ろしさを再確認したのだ。


「つくづく恐ろしい、本当に心から思える、味方で良かった」


執務を終えたグラーファルはあるきながら少し昔を回想した。



アボリガ・グラーファル


階級は中佐、彼女は元々肥溜め様な貧民街で生まれ育った。


目が覚めると肉親がいない、そんなのは至極当たり前だった。


そんな治安の悪いところで生き残るには強いものに従わなければならないならなかった。


ギャングのボス、銃器を纏める大商人、極悪非道な犯罪者の長。


強い者に付き従うことで身の安全を確保できるということを幼少のグラーファルは既に理解していた。


そんな強い者に従い気に入られるためには何でもやらねばならなかった。


グラーファルは言われた仕事は全てこなした。


初めて股を開いたのは九歳の時、射撃の的に両親を使ったのが十一歳の時。


気に入られるためにありとあらゆる犯罪に手を染め、汚れ仕事はすべて引き受けた。


そんな彼女だったが、気づけば従う側ではなく従える側になっていた。


意見に反する人間は誰であろうと容赦なく殺した。


そうして貧民街を仕切る側になったグラーファルは金銭を集めて生まれた貧民街を出てボルタージュへと向かった。

そこで見つけたがテニーニャ軍の広告だった。


青年少女は徴兵されなければならなかったが、住人基本台帳に名前すらなかったグラーファルは徴兵されなかったのだ。


それを見て彼女は思った。


強い階級社会の軍なら、自身より上、従うに値する人間がいると言うことを。

 

入隊したグラーファルはぐんぐんと台頭してきた。


汚れ仕事は全てこなすという手腕でどんどんとのし上がっていったのだ。


グラーファルは貧民街で培った人間を使う能力も高かった。


ロディーヤとの戦争が始まるとすぐにロディーヤ人を集めて収容所へ押し込んだ。


そして働けるロディーヤ人を雇用したりするための組織化して事業拡大、戦争に必要な物資を生産ということを独断で行った。

使えないロディーヤ人などを処分したあとに発生した遺品を加工場に回し、軍需の稼働率を上げた。


この行為は軍に大きく貢献したと同時に雇用することで意図せぬ形で虜囚の人間を救っていることになってる為、慕われる一方、高官たちにはあまりいい顔をされなかった。


そんなグラーファルの力量に感心した大統領はその能力を存分に発揮できるよう、『人間たちの音楽隊』という移動処刑部隊を創設しその総指揮官に任命するとともに全絶滅収容所の総監督に就かしたのだ。


その時彼女は確信した、この大統領こそが私の使えるべき男なのだと。


性格は荒く過激、小太りで金髪の男だが使えるのには十分だった。


好意や尊敬こそないが使えている者を失わないよう生きているのだ。


そんな古い回想がふと頭をよぎった。


「平等なんて言葉は弱い人間の為に用意された言葉だ」


そんなことを言い、黒い制帽を被り直しながら会議堂の赤いカーペットの敷かれた長い廊下を歩いていった。

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