返り咲く激戦の山
前線の後方の中継基地から最前線に突撃隊として赴いたエロイスたち。
その塹壕の生活に慣れるか不安を抱えながら突撃命令を待つ。
ほぼ同時期にランヘルドを出たダーリンゲリラのリリスたちは塹壕を大きく迂回して、なんとかロディーヤの陣地へと向かっていった。
テニーニャの塹壕から少し遠く、林の中をふらつきながら歩いていたのはリリスたちのダーリンゲリラだった。
リリスは林を通る際邪魔になった車椅子を捨てたベルヘンを背負って歩く。
町で仲間になった元テニーニャ兵の両前腕が欠損したハスターはなんとかルナッカー少尉に支えられながら歩いていた。
ロディーヤの塹壕に向かうはずが完全に迷ってしまっていた。
「しょ…少尉〜…ここどこでしょう…?」
「さぁ、俺に言われても困る」
「自然が喋ってくれたらいいんですけどね…」
そんなのんきなことをリリスは言う、どこまでも明るいやつだ。
「クソ…地図はなくすわ、腹は減るわで大忙しだな」
「すまない、片輪の私は足手まといだろう。
あんたらに迷惑をかけるのは本望じゃないんだ許してくれ」
「馬鹿、個性を卑下するな。
弱点はキャラクターだぞ、背中をを押してやるからもう少し根気よく歩くぞ」
四人が常緑針葉樹の林の中の短い草を踏み分けて進む。
曇り空を通して降り注いでくる重い光の中進んでいくと、時代に全員疲れから歩みを止めてしまう。
その様子を見た少尉がしばらく休憩をとると声をかけると林の底に寝っ転がって疲れを取る。
「なんとかロディーヤの後方基地までたどり着きたいが…何しろ方角も何もかもがわからない。
このままでは非常にまずい、勘が人を裏切った…」
少尉もその場に寝っ転がるとしばらく目を閉じてそのまま動かない。
リリスも背負っていたベルヘンを少尉の隣に下ろすと、ハスターとともに近くを捜索することにした。
「すぐに戻りますよ」
そう言うと二人は少尉たちから離れて辺りを探り始めた。
その間、暇になっていた二人は自身を紹介するような会話に勤しんでいた。
「ハスターちゃんはテニーニャ兵にいたとき何してたの?」
「さぁ、忘れちまった。
何してたっけな、あんまり好かれた性格じゃないからな、確かアッジ要塞の警備だった。
要塞内で砲弾を運んでいたが、ロディーヤの奴らが物凄いスピードで攻めてくるのを知って思わず小さい手榴弾と拳銃を持って斜面を駆け下りた。
ロディーヤを見つけたとき手榴弾を投げようとしたんだ、だが爆発までの時間を読み間違えた」
ブーツで土を踏みしめながらリリスへの会話を進めた。
「そしたらボカンさ、吹っ飛んだっていうよりは千切れた感じかな、まだ生きているみたいに爪で土を掘っていたよ、これほんとに私の腕かよって思ったな」
そんな壮絶な体験をしていたハスターになんて慰めの言葉をかけていいかわからなかった。
「…ええっと…た…大変ですね…」
「あははっ、別に気を使う必要はないさ。
そんなに大事に感じてないし、それに気を使われるとまるで上腕がないことが不幸みたいじゃないか、気持ちを切り替えることができたんだ、私は不幸じゃない」
その輝かしい表情の目は希望に満ちていた。
それを心で感じ取ったリリスもいつものように純白な笑顔で答える。
「そうですよねっ!手がなくてもできることはいっぱいありますよっ!」
「そのとおりっ!でもこの先濡手で粟とはいかないと思うけどな、何しろ手がないんだから」
「上手いっ」
二人は顔を向かい合わせて大笑いした。
その少女たちは久しぶりに心から笑えた気さえした、長旅ですっかり忘れてしまっていたみたいな感情が鮮やかに顔に表れる。
「見ろ、あれ見覚えないか?」
「え?」
ハスターが顎でその方向を指すと見覚えのある山の形が見えた。
「あれは…アッジ要塞があったところ?」
「そのとおり、ようやく目印を見つけたぞ、報告しに行かなくちゃな」
歩いていた道の木々の間からその山を視認したリリスとハスターは少尉たちに伝えに戻る。
「でも、まだ感覚はあるんだ、ないはずなのに手先の感覚が。
ぼ〜っとしているとふと感じる、実はまだ腕があるんじゃないかと。
一度でいいからリリスたちを抱きしめてみたいな」
その言葉を聞いて一緒に歩いていたリリスもその願いを聞いて朗らかに笑って言った。
「ハスターちゃんが抱きしめられない代わりに、私がいっぱい抱きしめてあげるから、ね?」
ハスターはその言葉を聞いて何か胸の奥が暖かく感じるのがわかった。
「…天使かよ、そんなこと言ってくれる人がもっと早く欲しかった…」
「えっ!?今天使って…」
「言ってないぞ、難聴にも程がある」
「えぇ〜…そんな〜」
二人の微笑ましいやり取りを繰り広げながら少尉たちの元へ帰ってきた。
「やっと帰ってきたわ、どこいってたの?」
「ベルちゃん!朗報だよっ!さっき探索してたらね、見つけたのアッジ要塞跡のある山がっ!」
その報告を聞いて少尉が跳ね上がる。
「本とかっ!でかした!向かうぞ、ダーリンゲリラ、行動開始っ!全速前進だっ!」
少尉は早速立ち上がり指差しをして進むよう呼びかけた。
「リリス、おんぶ」
「なんかテディベアみたい」
「早くっ!」
リリスが両脚を負傷中のベルヘンを持ち上げ、蓮と一緒に少尉についていく。
「これからどこに行くんだ少尉」
「そうだな、アッジ要塞付近まで行けば安心だろう、あんなに戦略的価値がある山頂になにもないはずがない、嫌でも…そうか、あの参謀総長ならそんなところに兵力を割いている余裕はないだとかなんとかいって何も置いていなさそうだな。
だが偵察隊ぐらいはいるだろう、不本意だが、山頂を目指す」
「えぇ〜っ!ずっとおぶられているの?私」
「歩けない以上は仕方がないだろ」
背負われたベルヘンは申し訳無さそうにリリスに謝罪をする。
「ごめんねリリス、思いでしょう?」
「ううん、へっちゃらだよっ!それにベルちゃん軽いから持ってても辛くないしっ!」
額に汗が滲むリリスはベルヘンを傷つけまいと精一杯の陽気な声で答えた。
「私がいなかったらこんな牛の歩みじゃなかったのに…」
「ベルちゃんっ!そんなこといっちゃだめだよ、辿り着けないってことじゃないんだし、いつかは辿り着く、向かっているんだからね。
だから自分の事を否定するような事いっちゃだめだよ、ねっ?約束っ」
リリスが珍しく真剣な声の調子で叱責した。
単に怒っているだけではなく、母親のような慈愛に満ちたそんなどこかで優しくもある言葉だ。
ベルヘンは思わずリリスの軍服の背中に顔を埋めてた。
「うん…約束…」
細くリリスの背中に響いた言葉はリリスの心へと届いて行った。
リリスたちは歩き続けた、永遠とも思える時間の中、ただ一つ、アッジ要塞跡のある山を目指して。
その山にたどり着いてからも歩き続けた。
いつしか日は傾き、視界一面が茜に燃える。
必死に、必死に、必死に上り詰めた。
そしてついに、山頂へとたどり着いたのだ。
已に斜陽は黒く木々を燃やしながら山の峰に隠れそうなところだった。
「つ…ついたぁ〜…」
リリスはそのあまりの達成感に近くにベルヘンをおろして寝っ転がった。
均された山頂には草花に没んだコンクリート要塞跡と、放置されていた大量の砲弾と砲台の野戦砲だけだった。
「なんとか日没前にはついたな、これでようやく心置きなく眠りにつける」
「昨日の二の舞いにならなくて良かったわね」
「昨日一昨日は迷って迷ってほぼ寝ないで歩き回っていたからな」
四人がそんなことを話していると、いきなり複数の激声が少女たちを襲った。
「おいっ!そこの女っ!動くんじゃないっ!!」
そこにいたのは三人のロディーヤ軍の戦闘服を着た青年たちだった。
短機関銃をこちらに向け少女たちに手を挙げるよう要求した。
「誤解だっ!俺はロディーヤ女子挺身隊のエル・ルナッカー少尉だっ!後ろの片輪のテニーニャ兵は自ら志願してロディーヤへと寝返ったんだ」
沈んでいく斜陽を背に青年兵はその少尉を名乗る少女の目をじっと観察する。
すると一人の青年が見覚えがあったのか、途端に態度を軟化させた。
「確かに見たことあるな、だがその軍服はなんだ、ロディーヤのものではないな」
「こっこれは…」
少尉は来ていたダーリンゲリラの軍服について問いただされると言葉に詰まってしまった。
少女と青年たちの間に緊張した空気が流れる。
だがすぐにリリスがフォローしてくれた。
「これはある方の命令によって着ているものです、その意図はテニーニャ国内の偵察と諜報、ロディーヤ軍の軍服は着れないものの、仲間を見分けるために特別に作ってもらったものなんですよ」
「…そのお方っていうのは…?」
その青年の発言にリリスはニヤリと笑ってその言葉を突きつけた。
「一番上の方、トップ中のトップ。
ハッケル参謀総長です」
その言葉に青年たちに電撃が走る。
「だっ…だが、そうならば軍内に告げられるはず…」
「いいえ、実情は知られていないほうが情報は漏れにくい、敵を欺くならまず味方から。
知っているはずです、参謀総長の聡明さを。
今のは目から鼻へ抜ける様な参謀総長を愚弄した発言ということでよろしいですか?」
リリスは人が変わったような言葉遣いで責め立てた。
参謀総長の名前を出されてしまったらもはや反論はできない、リリスはそれを理解した上で即興で嘘をまくし立てたのだ。
「わっ、わかった、それ以上追求するつもりはない、すまなかった」
青年たちはそれ以上詰め寄らず、ただ納得している様子だった。
その機転の効いた嘘に少尉たちは思わず心のなかで感心してしまった。
(よくやったぞリリス、助かった)
その場の雰囲気がほぐれたところで青年たちがなぜここにいるのかを説明し出す。
「ここは敵の塹壕の動きを偵察するための場所だ、その動きを逐一ロディーヤの塹壕へと伝えている」
一応木材のローテーブルに乗っかっている通信装置らしきものといくつかの銃器があるが他に目につくものはなかった。
「こんな眺めのいいところ、もっと有利に使えるんだがな」
少尉が山の峰に隠れていく日の玉をゆっくりと目で追いながら呟いた。
それに被せるように青年が喋る。
「あの塹壕に兵力を集中させたいとのことです、
だがらここに大勢は置けないんですよ歩兵砲も野戦砲も、参謀総長が言うには」
「だろうな」
半ば諦めたように放った少尉の言葉を冷ますように太陽は彼方に消えていった。




