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その武功を讃え

ボルタージュ空襲を敢行させた皇帝陛下と参謀総長たち。

陛下と勅令を聞きながら自軍に打撃を与えるという痛み分けを決行していたルミノスと参謀総長の計画は露知らず、国民たちは歓喜に湧いていた。

同日、既にランヘルドを抜け、シッパーテロ前線へと向かっていたロッキーマスドールズ一同はテニーニャ陸軍の工兵が線路を溶接しているところに出くわした。

休みなく歩いていたエロイスたちの前方に何やらテニーニャ陸軍兵が線路に集まっていた作業していた。


何やら線路の繋ぎ目を溶接しているところだった。

ほのかにあたりを照らしながら工兵たちが作業していた。


「少佐、あれって…」


リグニンが指さした方向に、軍服の上衣を脱いで黄ばんだタンクトップ姿で溶接工具を線路に設置している姿が目についた。


「クリスマスの朝っぱらからご苦労だな。

どれ、少し話でも聞いて…」

 

近づいていくと、工兵が作業を止めて急に現れたその少佐の方を見て声を裏が裏返るような驚き様で。


「えっ!?あんたっ!もしかしてあの安眠少佐か!」

「あ、ああ…そんなに驚くようなことか…?」

「当たり前さっ!細大漏らさず話してくれよっ!軍内はあんたらのことで専ら評判だ、あの大統領に実力で認めさせたんだろう?名前は…そう!

ロッキーマスドールズっ!」


工兵たちがその名前を聞いて欣喜する。


「ど…どっ…どうしてドレミーたちの名前を…」

「どうしてって、大統領が直接連絡してきたんですよ、『フロント少佐の指揮の元作られた部隊、通称ロッキーマスドールズをシッパーテロ前線へと送る』って。

まさか歩いてくるとは…」


どうやら既に部隊の存在は知れ渡っているようだ。


「そうかなんね、てっきり勝手にいなくなったから嫌われているのかと」

「最初はみんな愚痴言ってたよ、でもあんたらのおかげであの塹壕戦にケリが付きそうなんだ」

「ケリ?」

「ああそうさ、あの資料、あんたらが取り戻したんだろう?そのおかげで毒ガス弾が次々とテニーニャの前線に送られているんだ、みんな大喜びさ」

「そうか、良かったな」

 

少佐がケピ帽を不深くかぶり直すと工兵たちに確認する。


「この線路は前線に繋がっているということでいいか?」

「いや、司令部施設、通信施設、兵站施設、そして野戦病院。

それぞれの部隊を配置してある、ロッキーマスドールズは戦闘部隊なのか?」

「一応工作部隊とは告げたが、状況によって臨機応変に変えると思う」

「そうか、その線路を伝っていけ、いずれ前線の後方にたどり着く」

「ありがとう、感謝する。

よし、ロッキーマスドールズ、行くぞ」


五人は工兵たちに手を振って敷設された線路を真っ直ぐ歩き出した。


どこまでも際限なしに真っ直ぐ伸びる線路と景色に飽き飽きしそうになるも線路の内側の枕木と土を踏んで進む。


すると次第に線路沿いに建てられた木材の駅のようなものが現れた。


線路は幾重にも別れ、その先に貨物が積まれた輸送列車の荷台がずらりと並んでいた。


他には弾薬庫、野戦病院、通信用の鉄塔に見張り台。


平野に建てられていたのはテニーニャ前線の後方基地、簡易な平屋が並ぶ兵站線だった。

そしてあの複葉機、シルバーテンペストも。


「ここが中継基地か、久しぶりだなこの空気感は」


テニーニャ陸軍兵たちが忙しく走り回っている。

少佐は既に自身の置かれている状況を理解していたが、この戦場の後方独特の空気は街で過ごし、兵士としての感覚が薄れつつあったエロイスたちを変に緊張させた。


そこに一人の陸軍兵が少佐たちに近づいて来て言った。


「あなたがフロント少佐ですね、ちょうどよかった。

今、軍令部総長とシッパーテロ前線の屯営を担う司令官があそこの平屋にいます、挨拶がてら軍務をもらって来てください」

「わかった、ありがとう」


少佐たちが歩いて切妻屋根の木材でできた平屋へと入っていった。


玄関から入るとそこでもテニーニャ陸軍兵たちは慌ただしかった。 


エロイスたちは廊下に並ぶ部屋の窓を覗いてそれらしき人物を探す。


すると質素な木製の椅子と机でモクモクと資料を読む兵士とそれを立って指摘するような素振りをする兵士がいた。


ホリゾンブルーの立襟の上衣と同色の乗馬用ズボンの上から膝辺りまでのスカートと白い脚絆。

ケピ帽を被り広い地図らしき紙に指を指し合っている。


「いた、軍令部総長だ」


少佐はエロイスたちを部屋の外で待っているよう指示するとコンコンと二回ノックして部屋の引き戸を開く。


「失礼します、私はテニーニャ国防軍の少佐だったハーミッド・フロントです」


二人は会話を止めて少佐に手を差し出す。


「この基地の屯営と指揮を任されたワイズ・ステンドールだ、よろしく頼むぜ。

んで、皆さんご存じ少女隊の国防軍と陸軍をまとめる軍令部総長、シッコシカ・タマンだ」


青のワンサイドアップとギザ歯にピンクのジト目のワイズの向いた先には、紺色のボーイッシュなベリーショートの髪型、目の虹彩は白がなく真っ白だ。


「よろしく、シッコシカ軍令部総長だ。

今このワイズくんと作戦を練っている、練り終わったら僕はランヘルドの仮軍令部本部へと帰る、何が聞きたいことがあったらこの司令官に聞いてくれ」

「わかりました、突然の失踪をどうかお許しください」


少佐が二人に向かって深く頭を下げた。


だが、二人とも強く責めることもせずに優しく慰めてくれた。


「正直戸惑ったよ、いきなり軍務を放棄して逃亡するなんて。

でも心のどこかで信じていた、きっと帰ってくるってね。

そしたらビンゴ、いやそれ以上。

奪われた大事な資料を取り返して大統領に届けてくれたんだって、それを聞いて心踊ったよ。

でもそれ以上に驚いたのがいなくなった理由とその誠意かな。

要塞陥落後、軍の乱れた軍紀と失くなった戦意に失望して新しく部隊を作るなんて、しかも謝罪の手紙を丁寧に書いて送るなんて」


軍令部総長の言葉を聞いてエロイスたちが鳩が豆鉄砲を食ったように顔をキョトンとしている。


「少佐、私達の知らないところでそんなこと…」

「やっぱり見込んだ通りだったんね、さすが私」


エッジの誇らしげな態度に構わず窓の外から聞こえてくる声に耳を傾ける。


「それほどでも、しかし目標は高かった。

あの部屋の外の少女兵がその隊員なんですけど、やはりというべきか、ランヘルドに溶けた残兵たちを奮い立たすことができませんでした。

目の前の目標ばっかり、おまけに私自身も敗走後に享楽に少しですが溺れていました。

とても褒められた身ではありません」


その言葉を聞いて、エロイスとリグニンが宿での秘事を思い出してしまい顔を赤らめた。


当然エッジとドレミーにはわからない。


「いやいいんだ、それに目標は既に達成済みだ」

「…?それは…どういう…」


少佐が芽を見張って尋ねた。


「実はな、あの極秘の資料を残兵の少女兵が取り戻したとわかるとランヘルドの基地に残兵たちが全員ではないが帰ってきたんだ三千人くらいかな、みんな君たち五人の勇姿に見惚れて帰ってきたのさ、もちろん階位は下げたが、それでも罰しはしなかった、やる気を削ぎかねないからな」


その言葉を聞くとエロイスたちの顔がパアッと明るくなった。


「やっ…やったぁ…ドレミー達…役に立ててたんだ…」

「いつの間にか役に立ってただなんてかっこいいじゃん、ね、エロイス」

「うんっ…!嬉しい…っ!」


感極まる部下たちを背に少佐が深く礼をした。


司令官のワイズが少佐の方に手を置いて言った。


「そんなフロント少佐にさらにめでたい知らせだぜ、耳かっぽじって聞いておけ」

「…?」


そしてシッコシカ軍令部総長が息を吸って言った。


「ハーミッド・フロント、その著しい武功に誉れある功級と勲章を与える。

そしてシッパーテロ前線の大隊と少女隊の指揮をここで司令官とともに執ってくれ、ハーミッド・フロント中佐」  


フロントとエロイスたちが目が飛び出るかと思うほどその言葉は衝撃だった。


フロント少佐がついに中佐となったのだ。


「…ここで指揮を…?」

「ああ、もう前線に赴く必要はない、もともと少佐の君が前線を駆け回っていることにみんな危惧していたんだ、もう安全だ、ここで椅子に座りながら指揮を執るんだ」


だが中佐はどこかで悲しそうな表情で言った。


「…それでは彼女たちは…」

「あの窓に張り付いている言葉たちか?彼女たちは兵卒の少女兵だろう、前線に行くことは変わらない」

「そう…ですか…わかりました、ありがとうございます」


背を向けて立ち去る中佐の赤い外套の肩に手をかけた司令官が激励する。

 

「頼もしいぜ、一緒に仕事できるなんてな」

「私も同感だ」 


中佐はそのまま部屋の引き戸を引いて退出した。


その場には浮足立つエロイスたちがいた。


「すごいじゃん!フロント少佐、中佐になったんだって?やったぁ!」


リグニンはまるで自分のことのように歓喜している。  


他のみんなも朗らかな表情をフロント中佐へと向けた。


その笑顔が心を抉っていく。


だが、意を決して伝えた。


「みんな、聞いてくれ。

今まで距離が近くてあまり意識していなかったと思うが私は少佐だったんだ。

しかも今日中佐になった、もう直接前線に行くことはなくなる、この中継基地、この拠点であのワイズ司令官と共に指揮を執る、諸君を使う指揮官として、すまない…もう共に戦うことはなくなってしまった」


中佐は赤いトレンチコートの背を向けて顔を俯ける。


「すまない…私は…君たちを…駒として扱ってしまうことを許してくれ……」


中佐の声は震えていた。


鼻を啜り、涙を流しているようなそんな悲壮的な声だ。


「大丈夫ですよ…っ!」


そんな中佐をなだめたのはエロイスだった。


「これからも私たちはロッキーマスドールズとして先陣を切って戦いますっ!どんな危険な任務も命を惜しまずに頑張りますっ!だから…っ!忘れないでください、離れていても私達はずうっと少佐の部下ですっ!!」


他のみんなもの総意の様な言葉がスルスル出てきた。

 

それを聞いた中佐は少し笑ったまま背を向けてエロイスに近づいて強く抱きしめた。


軍服の分厚い繊維がズレ合う様な音が二人を包む。


二人が耳元で囁やき合った。


「何かあったらすぐ飛んできてやる」

「信じています、少佐」



重役の中佐を残して四人は外に出た。


観にしみるような風が草木を揺らしていたが、不思議とエロイスたちには冷たく感じなかったのだった。

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