対岸の火
エロイス・アーカンレッジの失態によりロディーヤの砲撃を許してしまった国防軍。
さらにロディーヤの新兵器、榴散弾により想定以上の損害がでた国防軍にロディーヤ女子挺身隊の突撃が迫る。
テニーニャ国防軍とロディーヤ女子挺身隊の戦闘が始まる。
いよいよロディーヤの再侵攻が始まった。
ルナッカー少尉の笛の音とともに挺身隊の突撃が始まる。
麦畑に身を潜めていたリリス一同は勢いよく飛び出し、川を流れを遮るように大勢の隊員がパシャパシャと水音を立てて横切る。
少女とは思えないような荒々しい雄叫びを発しながら進んでいく。
「お前たちーっ!立ち止まるなよ!止まっていいのはクレータに身を潜めるときだけだっ!」
少尉が隊員に向けて注意を促す。
「リリスっ!メリーっ!ベルヘンっ!あんまり先に進みすぎないようにっ!」
のどかな田園の平野がロディーヤの砲撃により地獄となった。
草木は色を失い、煙る硝煙が曇天に拍車をかける。
タンタンタンタンタンッ!
猛々しい銃声が空気を裂く
「ゔぁっ…」
「ぎゃぁぁぁっ!」
仲間の兵士たちが次々と見えない死神に狩られていく。
塹壕の向こうから大きな鎌を振り下ろさんとする死神がリリスには見えた。
「そこのクレータに潜めようっ!」
ウェザロは手前のクレータに指をさす。リリス、ウェザロ、メリー、ベルヘンはすぐさま窪みに飛び込んだ。
「あなたも早く!」
メリーがリリスたちのクレータに飛び込もうとしる少女兵へ手を伸ばす。
少女兵も手を伸ばし、窪みに入ろうとした瞬間
タタタタタッ!
ぶちゃびゃぶちゃっ
少女兵の腹に鎌が振り下ろされた。
リリスたちの目の前に血飛沫が降り注いだ。
「ぁ゛ぁ…っ」
少女兵の口から一筋の鮮血が垂れる。ボロ布になった瑞々しい内臓が飛び散り、強張っていた表情から力が抜ける。
そのまま死体となった少女兵がクレータになだれ込む。
目の前で初めての人が死んだ。
リリスたちはその光景を受け入れられず、顔に絶望が浮かぶ。
リリスたちに崩れ落ちた少女の死体から深紅の水がぼとぼととクレータに血を貯める。
次第にほのかにアンモニア臭が漂ってくる。
ここに戦場のすべてが詰まっている。
硝煙、血の匂い、銃声…
最初に声を出したのはベルヘンだった。
「こんなになるなんて…私…知らないっ…いやっ…死にたくない…っ」
ウェザロがベルヘンに続く。
「大丈夫…少尉が言ったことを守っていればきっと…」
塹壕まではまだ距離がある。
一向に機関銃のけたたましい銃声が止む気配はない。
「リリスっ!もう気づいたでしょ!敵を殺さずにこの戦いを終わらせるなんて無理、現実を見よう?撃たなきゃ撃たれるんだよ!?」
ウェザロがリリスへと向かって言う。敵も味方も殺さない、そんな目標が困難であることをこの戦場がリリスに教えてくれる。
「せめて味方だけ!敵を救うのは味方が生き残っていること前提でしょ!
まずは私たちが生き残らないと!」
「そうですわリリスさん、まずは我が身の安全が保証されなければ…」
リリスが口ごもる。
そして窪みから顔を出し、クレータの位置を確認する。
「ウェザロちゃん、メリーちゃん、ベルちゃん、私が機関銃の的になる。放火が私には向いたとき三人は塹壕に向かって走って」
「「「!?」」」
三人がリリスの方へ顔を向け驚く。
「待って!リリスっ!それってつまり囮ってこと!?」
「うん。ベルちゃん、三人を守れなきゃ私は…私が憧れていた軍人さんになれない…っ!」
「そんなの危ないですわ!」
「そうだよリリスっ!もしそれで死んだら…死んだら…私…」
ウェザロが俯きながら震える声で話す。
「もしリリスがいなくなったら…っ!私っ!初めてできた友達がいなくなっちゃう…っ!それはやだっ…!」
「ウェザロちゃん…」
ウェザロが涙目でリリスに訴えかける。
「メリーもベルヘンも、リリスがいなくなったらきっと悲しいよ…」
二人も心配そうにリリスを見つめる。
「…ありがとう、でも誰ががやらなきゃ死ぬ人は増えていく…もしやらなきゃいけない人がいるとするなら、それは私だ!」
リリスは勢いよくクレータを飛び出した。
三人はリリスの名を呼ぶが、構わず進んでいく。
機関銃の銃口がリリスに向いた。
「リリスしゃがむっ!!」
ウェザロの声とともにリリスの体が連動して動く。
タンタンタンタンタンッ!!!
機関銃が走るリリス目掛けて火を吹いた。
弾はリリスへ向かって飛んでいくが、間一髪、次のクレータに身を寄せた為、リリスには当たらなかった。
「いまよっ!」
メリーの掛け声とともにウェザロもベルヘンも無防備となった前線を駆ける。
機関銃がリリスに向いている間、三人は塹壕へとぐんぐん距離を詰めていった。
その刹那
パシュッっと風を切る音が響き、ガンッと鈍い音が聞こえた。
するとメリーが勢いよく倒れた。
「メリーっ!?メリーしっかりっ!」
ベルヘンが呼びかけるが反応は一切ない。
「う、嘘っ…メリーぃ…」
ベルヘンの顔に涙が浮かぶ。
「いやっ違う!ベルヘン、見て」
そういうとウェザロはメリーがつけていたシュッタールヘルムを指さした。
「見てっメリーのヘルメット、穴が空いてない。
メリーはヘルメットに弾丸が当たった衝撃で気を失ってるだけだ…」
「そ、そうなのね…なら良かったんだけど…」
するとルナッカー少尉が駆け寄ってきた。
「なんだ、また死者か?」
「あ、いえ気絶しているだけです」
「そうか、ならこの場においていけ」
「「えっ!?」」
「当たり前だろ、肉の荷物背負って進む気か?その荷物は生きているんだぞ、休ませてやれ」
「わかりました少尉…」
少尉はキョロキョロとあたりを見渡す。
「あのお人好しは?」
「もしかさて、リリスさんのことです?」
「あぁそうだ、誰かをかばって死んだのか?」
「いいえ、機関銃の放火をひきつけてくれていますわ、自分から…」
「ふんっ、そうか、やっぱり相当なお人好しだな」
少尉は呆れながら目先の塹壕を指さした。
「お人好しのおかげ化かは知らんが、いま塹壕の防御が手薄になっている。
歩兵銃に気をつけならが俺の笛の合図で一気に突撃する。
俺はこのことを他の奴らにも伝えてくるからしばらく待機していろ」
少尉はそう告げると中腰でどこかに走っていった。
いよいよ銃先につけた銃剣で敵を刺殺する。
銃弾で殺すよりずっと精神に負担がかかる。
ウェザロとベルヘンは気絶したメリーを尻目に歩兵銃をしっかり握った。
「リグニンっ!右から二人っ…!」
「了解っ!」
ズダダダダダダダダダッ!
弾丸の発射とともに空薬莢が次々と音を鳴らしながら排出される。
撃たれた少女兵は悲鳴とともに血柱をあげてその場に倒れ込む。
「よしっ!エロイスっ!弾薬持ってきて!」
「うん、わかった!」
テニーニャの塹壕内は大忙しだった。
先程の榴散弾の砲撃により人員が全然足りていなかった。
重機関銃の運用は普通、六、七人で扱うものだが、人手が足りず、リグニンは射手、エロイスはまだ人を殺すことに抵抗があるため装填手として働いていた。
想定外の自体にオーカ准尉にも焦りが見え始める。
「動けるやつは全員動けっ!貴様らが壁になるのだ!私を守れーっ!」
焦りのあまり支離滅裂な指示をし始めた。
この塹壕が突破されればロディーヤの侵攻を許すことになり、オーカ准尉にも多少なりの責任が迫られる。
徐々に挺身隊が塹壕に迫る。
「やばいっ!砲撃でできたクレータに隠れていて銃撃が当たらないっ!」
銃撃を加えるも、挺身隊の勢いは衰えることを知らない。
するとレイパスが走り込んできた。
「みんな大丈夫!?」
「レイパス!どこにいたの!?」
「リグニン来てるっ…!」
ダダダダダダッ!
「…良しレイパス、人手が足りないんだ、エロイスは装填手として働いている。
レイパスは歩兵銃で銃座のウチを補佐して!」
「任せて」
レイパスは歩兵銃を塹壕上に銃を置き、狙いを定める。
「…来たっ!あの白髪の女の子」
レイパスは白髪でストレートの女の子、メリーの頭に標準を合わせる。
「………っ」
レイパスが引き金を低く。
タァンッ!
弾丸は空気を切り裂きメリーのヘルメットに命中した。
「貫通したかな?」
倒れ込んだ少女兵を見届け思案する。
「エロイス、急いで装填を頼む」
「うん…わかった」
エロイスは弾薬箱から弾帯を取り出し給弾口に差し込む。
「来いっ!ロディーヤ!全員蜂の巣だ」
ダダダダダダダダダッ!
大口径の銃機が火を吹く。
リグニンの銃撃がロディーヤ少女兵の動きを鈍らせる。
「貴様らいいなーーっ!ここが突破されればハッペルまで押されるかもしれないっ!祖国と私を救いたければ命を賭して戦えーーっ!」
オーカ准尉の怒号が響く。
塹壕内は巣に水を注ぎ込まれたときの働きアリたちのような慌ただしさを醸している。
その時。
「ロディーヤ少女挺身隊っ!突撃ぃーーーーーっ!!!」
誰か掛け声と笛の音とともに少女兵たち姿を表した。
鬼のような形相で銃剣を突き出し迫ってくる。
あまりの気迫に国防軍の少女たちも狼狽える。
「なに立ち止まっている!?貴様ら司令を忘れたのかっ!?全員撃ち殺せっーーーー!」
准尉の掛け声と同時に塹壕の少女兵たちも気力を振り絞って対抗する。
「だめだ、数が多い…」
リグニンの重機関銃の撃つ手が止まる。
「リグニンっ…もう弾がない!」
リグニン自身の身に着々と死が差し迫っていることが感じ取れた。
「…っ!」
リグニンは銃座から離れ、准尉に駆け寄る。
「准尉っ!撤退しましょう!このままでは全滅しますっ!」
准尉がリグニンの頬をぶつ。
「黙れっ!突破されればハッペルに危険が迫るっ!ハッペルは私の管轄だ!ハッペルはどうでもいいが私の身が危ないだろ!」
リグニンはぶたれた頬を触りながら准尉の言い分を聞いていた。
「…っ撤退です…降参ではありません、このまま全滅すればそれこそハッペル陥落が早まります。
准尉の身を助くためにも、撤退を考案したんです」
「だが私のプライドがっ!この塹壕を突破されれば私のプライドがっ…!」
「准尉っ!そんなものにこだわっていては隊と身を滅ぼします!気づいてくださいっ!
そして、撤退命令をっ!」
「くっ…!」
准尉とリグニンが睨み合ったまま立ち尽くす。
「リグニンっ!もうだめ!早く撤退しないと背後から撃たれるっ!」
レイパスが呼びかける。
「准尉…」
「……っ!撤退だーーーっ!全員退避ーーーーっ!」
すぐさま国防軍たちは持ち場を離れず塹壕内で撤退する。
「准尉…ありがとうございます…!」
「黙れっ、後で私に背いた罪でぶってやる」
エロイスとレイパスもオーカ准尉とリグニンに続き撤退する。
(同じ少女兵相手に撤退……悔しいけど…生きててよかった…)
エロイスは生を確認し安堵する、
と同時に
(見張りのときの失敗…みんなにもう一度謝らないと…)
失態の罪を拭うため、エロイスは無事撤退できたあと謝罪することを決めたのだった。